第5話「わたしたち、そんな関係じゃ──」
「──あのさ、リリティスさんと王子って、付き合ってるの?」
その言葉が聞こえたとき、手に持ってたノートが落ちた。
「えっ、な、なに言って──」
「だって保健室で二人きりだったって聞いたし、しかも、手……」
「ち、違うからっ!!」
でも、その“違う”が余計に怪しまれることくらい、リリにもわかっていた。
そして放課後。
寮に戻る階段の途中で、壁に追い込まれた。
「……お前、何を騒がれてる」
エーレが無表情でそう言って、リリの前に立った。
「し、知らない! わたしは何も──ただ熱出して倒れただけで……」
「俺のせいにしてるのか?」
「え? ちがっ、そんな──」
「だったら……」
彼は、リリの前髪をそっとかきあげると、そのまま──
「……“お前が俺の女だ”ってことにしておけば、誰も何も言わないだろ」
──えっ。
「な、なに言って……っ、やだ、近い──!」
その唇が触れる寸前で、ふいに止まった。
「……冗談だ。顔真っ赤」
くるりと踵を返す。
その背中に、リリは崩れ落ちそうになりながら、ひとことだけ叫んだ。
「わ、わたしたち、そんな関係じゃありませんからっっ!!」
……たぶん、どこかの窓から見ていた誰かに届いたと思う。
でも、火のついた噂は、そんな叫びじゃ止まらない。