第3話「そのうわさ、聞いてません」
昼休みの中庭。
パンをかじってたら、風がふわりと吹いた。
「ねえ、聞いた? あの子だよ、“精霊の加護”で選ばれたっていう……」
「えっ、まじ? 王子の婚約者候補だったってやつ?」
「でも、あの王子、もう別の貴族令嬢に鞍替えしたらしいよ」
ぱり、とパンの耳が割れた。
……あー、やっぱり。
この学園にも、噂ってあるんだ。
「──そういや、アラン殿下の“捨てた平民”って、あの子?」
そのとき、すぐ横にいた子の声が少し大きくなって、思わず立ち上がってしまった。
「ち、ちがいますっ! そういうんじゃ──」
がつん。
「……あ」
振り返ると、背中に何かぶつかった。
そしてその“なにか”は、氷点下のような声で言った。
「おまえら──食事中にくだらないこと喋ってる暇があるなら、詩文のひとつでも覚えろ」
──ガブリエル=アーデルハイト殿下。
一発で場を凍らせるこの人が、ちょうど通りかかって、私を文字通り“壁”から引き離してくれた。
「す、すみません……って、ちがっ、あの、助け──?」
「……うるさい」
それだけ言い残して、行ってしまった。
でも──
ほんの一瞬、わたしの手首を掴んだその手は、妙に、あったかかった。