第一話 心霊研究部始動
「蓮太郎さんって、人より少し影が薄いですよね」
その言葉に、嘲りとも憐れみともつかぬ表情を浮かべて、彼女――露木霊は言った。昔から幾度となく聞かされてきた評価だった。今さら気にすることもない。ただ、聞き流すだけだった。
高校に入学して一ヶ月。俺はどの部にも所属せず、日々をただ惰性で過ごしていた。ある日、授業をさぼろうと校舎内を歩き回り、ひと気のない教室を探していると、一つの扉に手をかけた。それが、彼女が部長を務める“心霊研究部”の部室だった。
そんなこととは知らず、俺は中のソファに腰を沈め、眠りに落ちた。どれほどの時が経ったのか。耳を撫でるように透き通った声が、夢の底から俺を呼び戻した。
「……あの、すみません。起きていただけますか?」
その声に目を開け、上体を起こすと、そこには見知らぬ少女がいた。夕暮れの光が差し込む部室で、肩の少し下まで伸びた黒髪が静かに揺れている。その髪は光を受けてほのかに輝き、彼女の澄んだ瞳とともに、不思議な存在感をまとっていた。
「うわっ……!」
驚きに体が跳ね上がり、反射的に立ち上がった拍子に、膝を机に強くぶつける。鈍い痛みが足から全身に走る。
――たぶん、今月で一番痛かった。
「もしかして、入部希望……ですか?」
彼女は無邪気に顔を輝かせて言った。その言葉の意味を、俺はすぐには理解できなかった。
「いや、そんなつもりじゃ……」
「よかった……! これで、やっと一人じゃなくなります!」
ついさっきまで耳に心地よかったその声が、突然調子を変えてはしゃぎ出す。その明るさに、戸惑いを覚える。
完全に勘違いされている。俺は手を軽く上げて、それを否定した。
「いや、ちょっと待ってくれ。入部希望ってわけじゃない。ただ、空き教室だと思って、昼寝してただけなんだ。……ごめん」
「……そうでしたか」
彼女の笑顔が、一瞬で消えた。寂しさのようなものが、表情の端に滲んで見えた。
「……じゃあ、もう行くよ」
そう言って、部室の扉へと向かおうとしたその瞬間、背中にぐっと力がかかった。
「えっ――?」
引き戻された拍子に、思わずよろける。振り返ると、彼女がこちらを真剣な眼差しで見つめていた。
「お願いします。うちの部、部員が私ひとりしかいないんです」
「それで……」
その言葉の続きを、俺は予想していた。いや、確信していた。
「心霊研究部に……入部してくれませんか?」
静かな部室に、彼女の声がまっすぐに響いた。少しだけ、戸惑いを含んだ真剣な響きだった。
部活なんて、正直、面倒だと思っていた。でも、入学から一ヶ月。何もない日々を繰り返していた俺にとって、その申し出は、妙に鮮やかに思えた。
少しだけ考えて、俺は短く答えた。
「……わかった。構わないよ」
「ほんとに!? ありがとうございますっ!」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。さっきまでの寂しげな表情が、嘘のように消えていた。
「改めまして、私の名前は露木霊です。朝露の“つゆ”に、心霊の“れい”で、露木霊」
「俺は枋木蓮太郎えっと…」
漢字の説明が難しかったので、部室の黒板に「枋木蓮太郎」と書いた。
「こう書く。よろしく」
「はい。よろしくお願いします、蓮太郎さん」
そうして、部員二人だけの心霊研究部は、ささやかに始動した。




