第十七話 手を引く少年 壱
あの日は夏の蒸し暑い日だった。
放課後の人の少なくなった昇降口を凪は水筒の水を飲みながら歩いていた。暑い日だったからかもう水がない。
急いで帰ろうと思って早足になった時後ろから手が伸びてきた。
「はい、ばっしゃーん!」
その手は凪の手に持っていた水筒を取って水を頭にかけようとしたらしい。
残念ながら中にあった水はもう全て飲み切ってしまっていたので、数滴の雫が凪の頭に落ちただけだった。
「チッ。なんだよつまんねー。」
そう言ってそいつは水筒を投げ捨てる。
急いで取りに行こうとした凪の前にもう一人大柄な子供が立ちはだかる。
「どいてよ。」
そう言うと大柄な子どもは凪を突き飛ばす。
尻もちをついた凪はその子供を睨みつけた。
「こいつ、イミゴのくせに反抗的だな。」
そう言って凪は髪を掴まれて頭を持ち上げられる。
「いっ。」
「顔はいいんだけどな。」
「それだけだろ。」
そう言ってまじまじと顔を見られて床に落とされる。
痛みに顔を歪ませながらなんとか水筒を取る。
「なんでいつも…。」
「イミゴのくせにナマイキだからだよ。」
「イミゴは殴ってもいいって父ちゃんが言ってたんだ。」
そう言って大柄な子供が拳を作り手を振り上げる。
殴られる。
そう思って凪はギュッと目を瞑る。
「何してんの?」
誰かがそう問いかけた。
全員が驚きそちらを見る。
そこにいたのは少し小柄な少年だった。興味深そうに近づいてきたその少年は凪をチラリと見る。
「君の髪の毛すごいな。空みたいだ。」
「え?」
「お、おまえだれだ!?」
「名乗る必要ある?こんな暴力振るってるやつに名前覚えられるなんてたまったもんじゃないよ。」
やれやれと言った動作をしながら少年は話す。
それにカッときた子どもは少年に向かって殴りかかる。
「わお。」
棒読みのような声をあげて少年は拳を避ける。
勢い余って子どもはそのまま顔から転けた。
「君たちみたいな喧嘩っ早いやつとは関わりたくもないね。」
そう言って鼻で笑った少年は凪の手を引く。
「君は面白そうだ。一緒に来てくれよ。」
「え、ええ。」
そう言われて凪と少年は昇降口を飛び出した。
学校から出て少ししたところの山の前で少年は立ち止まる。
「山道は歩ける?」
「歩いたことないよ。」
「じゃあやってみないと分からないな。」
そう言って少年はずんずん山の中に入っていく。慌てて凪もその後を追いかける。
一つ山を越えてしばらく歩くと廃れた街が現れた。
人っこ一人いないが、家の家具や店の看板などがそのままに残っていて妙に生活感がある。
「ここ来ていいの?」
「いいよ。俺ここに住んでるし。」
当たり前かのように言い放つ少年に凪はびっくりした。
人が住んでいるとは思えないこんな場所に住んでいるなんてよっぽどの訳ありとしか考えられなかったからだ。
「じゃあちょっとここで待ってて。」
「え?」
「家入っていいかどうか聞くだけだから。」
そう言って少年は凪を置いてどこかへ行ってしまった。
一人残された凪は街を少し見渡していた。
多くの看板が付いた建物が多くある。どうやら商店街のようだ。
看板は雨風に晒されていて文字はよく見えない。だが可愛らしい色味のものが多かった。
一つまだ綺麗な看板があったのでそこまで歩いてみる。
少し砂を払って看板を見てみると
『60分…………コウ』
などと分数と値段が書いてある。
その下には人の絵が書いてあるがあまりよく見えない。
気になってなんとか見ようとして看板を擦る。
「あ、変態じゃん。」
そう言って現れたのは先ほどまでどこかへ行っていた少年だった。
「変態?」
「その看板エッチなやつだよ。」
「!?」
慌てて看板から手を離す。
よく見ると描いてある人も裸かそれに近しい格好をしているように見えた。
ニヤニヤと笑う少年と真っ赤になる凪。
「そ、それで家の人は?」
「あ、なんか人に会いたくないから入れちゃダメだって。」
「じゃあどうするの?」
「ここ入ってもいいんだぞ?」
「入らない!」
少し揶揄われて大声を出してしまった。
ケタケタと笑う少年を見てまだ名前も聞いてないことを思い出した。
「あ、私氷室凪。君は?」
「えーっと、俺は桃瀬徹。よろしく。」
「なんで学校に来てたの?君もイミゴだよね?」
初等教育では制服が存在し男女それぞれ違う形のものを着る。しかし、忌み子には制服は支給されずそれぞれが個人で準備されなければならない。
徹は普段着で来ていたため、凪は忌み子だと思い込んでいた。
「忌み子?が何かはよく分からないけど、明日から学校に行くから制服をもらいに行ってた。」
仲間を見つけたと思った凪だったが、どうやらそうではないようで少しがっかりした。
「で、せっかくだから友達になってくれない?俺同年代の友達いないんだよね。」
「え、なんで私…?」
「なんでって、面白そうだから。」
そう言って笑う徹。面白いとはなかなか酷い言い草だが、不思議と凪の顔には笑顔が浮かんだ。
「じゃ、何したい?」
「ここの探検していい?住んでるなら案内してよ!」
「えーここもともと風俗街だぜ。」
「え?ふーぞく?」
よく分からない言葉に首を傾げていると徹はニヤニヤと笑う。
「まあいいや。ちょっとくらい説明してあげるよ。」
「あ、ありがとう?」
素直に喜んでいいのかがよく分からないがとりあえず感謝しておく。
「エッチな街を歩き回りたい凪のために俺が案内してやる。」
「そ、そんなんじゃない!」
そう言って普通の子どもらしい凪と少し変わった徹の声は少し寂れた街に少しの賑わいを与えた。
その日から凪の学校生活は少し変わった。
変わり者の少年が付き纏うようになった。最初こそ徹もいじめの標的になったものの、徹より強い子どもはなかなかいなく、次第にいじめはなくなっていった。
「あ、今日俺先生に呼ばれてたから先に帰ってて。」
「わかった。」
凪が一人でいてもいじめられなくなったある日。凪は久しぶりに一人で帰ることになった。
いつものように徹の家の近くまで歩いていく。
寂れた街に着いたが特にやることがないのでぶらぶらと街を歩く。
ふと何かの視線を感じた気がした。凪が振り返るとそこにはいつもの人気のない街があった。
気のせいかと思いまた歩き出す。
後ろから足跡がした。
きっといつものように徹が驚かせようとしているのだろう。
いつもの仕返しをしてやろうと思った。
急いで路地に走り角で待ち伏せをする。
足跡が近づいてくる。
ワッと目の前に出ると凪の顔は一気に引き攣った。
「こんにちは凪ちゃん。」
そこには両手を広げた男が立っていた。




