第二十八話 たすく思いのその先は 後編
その日の夕方に環がやってきた。
やってきてそうそうイザベラからお叱りの言葉を受けている。
「丞、なかなか来れなくてごめんね。」
少しやつれた顔の環が言う。
持ってきた鞄からいろいろ紙を取り出しながら話をする。
「変な声が聞こえたんだって?」
「うん。頭の中に聞こえた。ねえさんが話してるかと思ったけどちがったの。」
「うーん。」
少し書類を見ながら何かを考える環。
(そういえばなんであたしの名前知ってたんだろう?)
両親と何か話したのだろうか、それとも自分が覚えないないうちに話したのかなど考えながら環が話し始めるのを待つ。
「7歳だったよね。」
「うん。」
「じゃあ今僕の考えてること当てて。」
「え。」
いきなり無茶振りをされて戸惑うがとりあえずやってみる。
どうすればいいか分からないので体に力を入れ念じる。
(頭の中見せてください!)
『こんにちは。』
「こんにちは!」
「おお、本当に心が読めてるね。」
「あってた?」
「あってるよ。」
ほっとした丞を見た環は紙に何かを書いて行く。
「丞は祈りの結晶だね。」
「いのりのけっしょう?」
「そう、神様が祈りから君のことを作ったんだ。」
「じゃあ特別ってこと?」
「そうだね、君は特別だね。」
丞は嬉しくなった。両親に褒めてもらえるかもしれない。それだけのことだったが、丞には嬉しくて仕方なかった。
「母さんと父さん、褒めてくれるかな?」
「あ、親御さんには言わないでくれる?」
「ダメなの?」
「これは普通の人には秘密のことなんだ。秘密にできる?」
「うん…わかった。」
その答えを聞いた環は笑って、部屋から出ていってしまった。
その後、両親と会う日まではイザベラが身の回りの世話をしてくれた。
そして待ちに待った面会の日が来た。
「もう直ぐですわね。」
「うん。楽しみ。」
「髪を結いますわね。何かご注文は?」
「前がみの半分をかみどめで止めてほしい。うしろは両がわのかみをちょっとだけとって、頭のまんなかでくくってほしいです。」
「二つ括りでいいのかしら?」
「おねがいします。」
慣れた手つきでイザベラは髪を結っていく。あっという間にいつもの丞の髪型になった。
「可愛らしいですわ。」
「これ、母さんがいつもしてくれるやつなんだ。かわいいって言ってくれるんだ。」
そう言って丞は笑う。イザベラは少し顔が曇ったと思ったら直ぐに笑顔に変わった。
「きっとお母様も喜んでくれますわ。」
「だよね。」
その後少し話をした後、丞はやってきた男の人に連れられ部屋から出た。
しばらく歩いていくと環の姿が見えた。
「環!」
そう言って丞は環の下へ走った。
「元気だね。」
「母さんと父さんに会えるからね。
「…じゃあ行こうか。」
環に手を引かれ丞はさらに廊下を歩く。
「こっちであってる?」
「あってるよ。心配しないでね。」
明るかった廊下はいつの間にか薄暗い階段となっていた。
先がよく見えず、天井から水が落ちてくるからか階段は少し湿っている。薄気味悪い風が丞と環を撫でていく。
(本当にこっちであってる?)
環はそんな心配など露知らずずんずんと進んでいく。
だいぶ降った時、階段の横に扉が見え始めた。中からは物音と何かの声が聞こえてくる。
恐ろしくなった丞は環の手を強く握る。それに気づいた環が少し速度を落とす。
「大丈夫、もう直ぐ着くからね。」
そう言って少し降った先にあった扉の前で止まる。
「ここ?」
不安になりながら丞は環の顔を見る。懐から鍵を取り出しながら環は頷く。
がちゃりと重苦しい音が響き、扉が開く。
中は一つの椅子だけ置かれた、真っ白な部屋が広がっていた。
丞が辺りを見渡している間、環は部屋にあった紐を引く。
「丞、おいで。」
環が置いてある椅子のところで手招きする。丞は椅子に座らされる。
「これからお母さんとお父さんに会えるからね。」
そう言って環は椅子の背もたれを持つ。
「居てくれるの?」
「もちろん。」
丞は少し安心した。
カタッと物音がして壁が動く。
驚いて椅子ごと倒れそうになるが背もたれが抑えられてるおかげで倒れはしなかった。
壁が移動した後にあったのは硝子で白い部屋と区切られた薄暗い部屋だった。
薄暗い部屋の明かりがつき人が二人入ってきた。
丞の両親だった。
「丞ちゃん!無事だったのね!」
「よかった。こっちにおいで。」
「母さん!父さん!」
二人に近づこうと椅子から降りようとするが環が止める。
「だめ?」
「ダメだね。」
しっかり肩を掴まれていて立ち上がることができない。
(なんでダメなんだよ。)
不貞腐れた顔をする丞を困ったような笑みを浮かべて環がみる。
「丞ちゃん悪かったわ。あの日はお母さん起こりすぎちゃったわよね。」
「お父さんも悪かった。どうか許してくれないか?」
「あたしもだめだったから。母さんと父さんは悪くない。」
「丞ちゃん。ありがとう。」
「さすが父さんたちの子だな。」
丞は仲直りができたことが嬉しくて笑顔になる。
『許してくれたのかしら?』
『丞は元気そうだな。』
頭の中に声が聞こえてきた。
(二人の心の声?)
少しワクワクしながら聞き耳を立てる。
『なんとかしてここから出してくれるように口添えしてくれないかしら。』
『容量が悪いが、こう言うところぐらいは使えてくれよ。』
『こんなボンクラのせいで経歴に傷がつくなんてごめんよ。』
『あの日、もう少し夜遅くに外に出せばよかったな。』
『周りからチヤホヤされるための道具だったのに、こういうところで足手纏いになるのね。』
『もう少し我慢強いガキにすればよかったな。』
「…く、丞。」
「あ…。環。」
頬を温かいものが流れる。
「丞大丈夫か?」
『何泣いてんだこのガキは。』
「お母さんはここにいるわよ。」
『早くここから出すように言いなさいよ。』
心配そうに顔をみる環を無視して丞は立ち上がる。
「丞、近づいちゃ」
「環、帰ろ。」
「丞ちゃん?」
「おい、どうしてだ?」
「あたし、聞こえちゃった。」
「そうか。じゃあ帰ろうか。」
喚く両親を置いて二人は扉の外へ出た。
「わがまま言ってごめんなさい。」
「大丈夫だよ。さっき言ってたけど聞こえちゃった?」
「うん。何も、何も、あたしのこと考えてなかった。」
「会わせなかったらよかったね。ごめんね。」
「環は悪くない。あたしが悪いんだ。」
ボロボロと涙が溢れる。薄暗い階段の中に二人分の足音が響いた。
部屋に戻るとイザベラがいた。
「何がありましたの?」
泣き腫らした丞をみてイザベラが環を問い詰める。
事情を話している間、用意されてたお茶をこっそり飲む。
(苦い。)
丞の口には合わなかった。
「大変でしたわね…。」
丞の頭を撫でながらイザベラは話す。
「この後丞はどうしますの?」
「本人に聞かないとわからないね。」
「環と一緒にいる。」
「僕?」
「過労死しますわよ。」
「むずかしすぎることは分からないけど、基礎教育は全部終わったよ。」
基礎教育はコウの国で13歳か14歳で終了する国民が義務付けられている勉強だ。
「7歳だよね?」
「逸材ですわ。」
「どう?雇ってみない?」
「うーん。いろいろ相談してからかな。」
「そうですわね。」
「役にたつよ。」
「頼もしいね。」
「そうですわね。」
そうしてその後3人でお茶を飲んだ。
「丞、丞。」
「あれ?」
「よくねてらしたわね。」
「夢見てたんだね。」
「楽しい夢?」
「どうだろうね。」
丞は窓の外をみる。木々が風でゆったりと揺れるのが見えた。
「でも、大好きな人との思い出だったんだね。」
丞の瞳が一瞬橙色に光った。




