第二十二話 お仕事
徹は退屈していた。
「環先輩はいつもこうなんですか?」
「そうだよ。」
そう言って環先輩はニコニコと笑う。
イザベラ先輩はずっと石と話しているし、丞とその他の石守はイザベラ先輩の指示に従って部屋の温度や湿度などの変更を行っている。
まあ便利に温度や湿度を上げ下げできるような装置はないので全て手動だ。
対して環先輩と徹は隅の椅子でその光景を見ているだけだ。
(女性ばっかりだ。)
作業している人は全員女性だ。
「環先輩はやらないんですか?」
「うん、僕は石に触れないからね。」
「じゃあいつも何してるんですか?」
「ここで警備だよ。」
(触れない。か。)
何だかますます信頼性が増してきた。
「警備って先輩がやるようなものなんですか?」
非常に失礼な質問をしてしまった、と言ってから気づいた。
でも、恵先生や幸先輩にもバレずに気配も音も消して後ろに忍び寄れるくらいの実力がある人だ。こんなところで警備をさせるのは豚に真珠のようなものだろう。
(禁忌を知る人物だし。)
環先輩には絶対に何かあると徹は確信していた。
「う〜ん。普通はやらないかな。」
そう言って環先輩は少し困ったような顔で笑った。
「君は管理について知ってる?」
「大まかには。」
「なるほどね。じゃあ管理される対象については?」
「結晶じゃないんですか?」
「正確には人型結晶以外だね。」
人型結晶。俺や来火たちのことだろう。
「それは知りませんでした。」
「そして人型結晶を管理できるのは黄泉路の家系の人だけなんだ。」
「へえ。」
「それ以外が管理することは禁忌となっている。」
「へえ…。」
雲行きが怪しくなってきた。
背中に嫌な汗が流れる。
「僕はそれを犯してしまったんだよ。」
そう言って環先輩は笑ったが、目は笑っていなかった。
鳥肌が立つのがわかる。
さっきまでの退屈ゆえの眠気が吹き飛ぶ。
「それは…。」
「ふふ。怖がらなくてもいいよ。こんなことは基本できないからさ。」
環先輩が手を伸ばす。
それを払いのけようかどうしようか迷っていると
『ビイイイイイイイイイ』
いきなり室内に大きな音が鳴り響いた。
「何の音!?」
「何かがここの施設内に近づいてる。」
周りを見るとイザベラ先輩は残っている石守を集めて逃している。
「丞、おいで。」
「了解だね。」
「徹くんもついてきて。」
「わかりました。」
丞が環先輩に飛び乗り、徹と環先輩は走り出した。
「丞、見えたら言ってね。」
「了解だね。」
「俺は何をすればいいですか?」
「いざとなったらツノで頭突きしといて。」
「うぉぅ、わかりました。」
なんだか1人だけ雑な気がするがとにかく走る。
廊下に2人分の足跡が響く。
進むごとに外から何かの音がする。
「猿。」
「どれくらい?」
「三匹。」
丞は橙色の瞳で遠くを見つめて言う。
入り口についてドアを開ける。
外には何もいない。
「環、いないんだね。」
「姿は見えないね。」
いや姿が見えないだけだ。
「環先輩構えてください。きます。」
気がザワザワと揺れて地上に影を作る。
その中に風とは関係なく動く影があった。
『ギギャッ』
耳障りな鳴き声がする。
そこには三匹の猿がいた。
「…気持ち悪いんだね。」
丞の言ったことに徹も頷く。
それぞれ目がない猿、耳がない猿、口がない猿だった。
「大丈夫。僕がすぐに祈りの石にするからね。」
そうして環先輩は猿に近づく。
猿たちは鳴き声をあげて飛びかかってくる。
その瞬間環先輩は片手を空に掲げた。
「おやすみなさい。」
強い風が吹く。砂が巻き上がり徹と丞は目を瞑る。
風が治って目を開けるとさっきまでの猿たちは灰となって消えていた。
「戻ろうか。」
「さっきの奴らは…。」
「ああ、ここだよ。」
そう言って環先輩は手に持っていた石を見せる。
(今の一瞬で?)
いろいろな疑問を持ちながら徹は環先輩の後について作業場まで戻った。
作業場に戻るとさっきまでの状態が嘘のように、作業が続けられていた。
「環くんが帰ってきたよぉ。」
1人の若い女性が全体に声をかける。
「環くんいつもありがとうね。」
「夜ご飯はご馳走にするよ!」
「丞ちゃんも頑張ったんだね〜。」
「こっちは任しときな!」
それぞれ思い思いのことを口に出す。
(みんな仲良いな。)
そんな事を思っていると1人の女性が徹に話しかける。
「環くんすごかっただろ?」
「はい。とても強いんですね。」
「今日は徹くんが大活躍したんだよ。」
「へえ、あんたすごいじゃない。」
「いえ、そんな。」
女性から軽く肘で小突かれる。
「あ、もうこんな時間じゃないか。」
「何かあるんですか?」
「今日はあたしが食事係なんだよ。」
そうして手を振りながら女性は部屋から出ていった。
「今日はご馳走だって。楽しみだね。」
「そうですね。」
環先輩は一瞬考えたような顔をしたが、納得いったのか笑顔で話す。
「今日の夜いくらでも質問してくれていいからね。」
「!?」
心を見透かしたかのようなことを言った環先輩はいつも以上に無邪気な顔をしていた。




