第十七話 話2
「寝れない。」
時計の針は三時を指している。
明日から周りの環境が変わるのにこれはまずい。
徹は食堂へ水を飲みに行こうと思って静かに部屋をでる。
寮の住民は皆寝静まっており、人の姿はない。
食堂につきコップを水に注ぐ。くらい食堂にコップに水面だけが月明かりに照らされ光る。
それを見ながら徹はため息を吐く。
『僕は君を教師にしたくないんだよ〜。』
環先輩の言葉を頭で反芻する。
似た言葉を聞いた気がする。
いつかはわからない。徹に前世があるならその時かもしれない。
遠い昔、笑いかけて話をしてくれた。
目の前には広い草原が広がる。晴れたいい日だった。
『私はお前にこのまま生きて欲しくないんだよ。』
風が彼女の明るい茶髪を撫でる。
その顔はよく見えない。
どこか寂しそうにも見える。
『そんな顔をするんじゃない。私はきっと………お前に………。』
周りは静かなはずなのに、よく聞き取れない。
彼女は立ち上がる。
何を言われた気がした。そのまま走って行く。
だめだそっちは、そっちに行ったらあなたはもう…
「行かないで。」
徹はコップを握りしめていた。
周りを見渡す。いつもの食堂だ。
「これは何の記憶だ?あの人は…。」
窓の外の月を見る。何故か右の頬が湿っていた。
水を飲みほす。早く寝た方がいい気がして静かに自分の部屋への廊下を歩いた。
帰る途中に一つだけ煌々と灯りのついた部屋があった。中から話し声が聞こえる。
徹は悪いこととわかっていながら、気配を消して聞き耳を立てた。
「…じゃないですか。」
「しょうがないことですよ〜。そうじゃないと幸先輩も僕もどうなってたかわからないじゃないです。」
どうやら話しているのは幸先輩と環先輩のようだ。
(ああ、話があるって言ってたな。)
なんか申し訳なくなってその場を立ち去ろうとする。
「で、徹くんの話しましょうよ。」
(お。)
残念ながら徹といえども14の子ども。自分の話となれば話が違う。
先ほどよりも扉にぴったり耳をくっつけて話を聞き始めた。
「幸先輩はあの子を教師にしていいんですか?」
「正直教師として置いていくには勿体無い人材ですよ。でも……ですしね。」
重要そうなところが何も聞こえない。顔を顰めながら聞き耳を立ててると。
「お前何してんの?」
後ろを見るとだらしない格好をした来火がいた。
「しっ。」
人差し指を立てて警告する。
そうすると小声で聞いてきた。
「盗み聞き?」
「まあそうともいう。」
「じゃあおれもやっちゃお。」
ニヤッと笑った来火も徹と同じように扉にぴったり耳をつけた。
「本当に今年は豊作ですよね。」
「そうですね。」
「二人ともかなり身体能力が高いようで。」
「そうですね。」
「あの子たちの将来がはきっと安泰ですよ。」
そうしてカツカツをこっちに向かってくる音がする。
(これはまっずい。)
ただ時すでに遅し。
扉は開かれ、内開きのため二人は中に流れ込む。
「こんなこともしちゃうような子達ですけどね。」
環先輩はにっこり笑う。後ろで幸先輩がこめかみを抑えていた。
「早く寝なさい。」
それ以上何も言われることはなく二人は部屋に返されたのだが…
「何でお前は俺の部屋にいるんだ。」
「ん?」
部屋の真ん中では来火が大の字で寝転んでいる。
「だって、明日から会えなくなるじゃないか!」
「…。」
当たり前だ!とでも言うようにいそいそと寝る準備をしだす来火。
(たった数日だろ。)
あからさまに不機嫌な顔をして来火の足を掴む。
「早く帰れ。」
「お前にとってはたったかもしれないけどな、おれにとっては数日ってとんでもなくでかいからな。」
「別に変わんねえよ。」
「なんかあったらもう二度と会えなくなるんだぞ。」
追い出そうと足を掴んでいた徹の手が止まる。
(何かあったら。)
昼間の幸先輩の話を思い出す。管理の話だ。
「それは管理についてか?」
「え、何でお前がそれを…。」
驚いた顔をした来火の足を放り投げる。
「いってええ。何すんだ、この野郎!」
「寝るんだろ?早く準備しろ。」
それを聞いた瞬間来火の顔がパッと明るくなった。
いそいそと準備をして布団に入る。
「準備できた。」
「ほい、じゃあ電気消すぞ。」
電気が消えて部屋は闇に包まれた。
そして一瞬にして来火の寝息が聞こえてきた。
(おやすみとかもなしかよ。)
そう思った徹だが、来火の寝息を聞くと次第に睡魔が襲ってきた。
『お前名前は何だ?』
『とおるだ。』
『トオルか。チビのくせに態度はデカいな。』
そう言って彼女は徹も頭をワシワシ撫でる。
荒っぽく撫でるせいで頭が大きく揺れる。
『やめろ、くらくらする。』
『そうか。じゃあお前は兵士になれねえな。』
彼女がニカッと笑う。太陽を思わせる明るい笑みだった。
そして彼女は遠くを見つめる。
『なあトオル、お前は大きな国に住みたいか?』
『べつにどっちでもいい。』
『そうか。』
彼女は寂しそうに笑った。
『私はこれから遠くに行くんだ。ここよりずっと遠い海の向こうまで行くかもしれない。』
『ふうん。』
徹はそんなことに興味はなかった。どんなに大きな国に彼女がいっても自分はここに居続けると思っていたからだ。
『いつかえるの?』
『わからない。とんでもなくかかるかもしれない。』
『そうなんだ。はやくかえってこいよ。』
彼女は徹の方を見た。信じれないという顔をしていたと思う。
徹が首を傾げると、彼女は微笑んだ。
(へんなひと。)
風が二人の間を通り抜けて、草原の花を揺らした。