第十六話 話
「そんなに驚くことかな?」
「なんで俺なんですか?」
「それはね、僕は君を教師にしたくないのさ。」
そう言って環先輩は笑う。にこやかな顔だが瞳が笑っていないように見えるのは気のせいか、それとも...。
「環先輩付きになったら何をするんですか?」
「僕の仕事を一緒にしてもらうよ。」
「仕事?」
「そう、僕は石守だから主にその仕事かな。」
(石守?)
石の祈りの結晶でも守るのだろうか?
「石守って何する仕事なんですか?」
「石守は結晶が死んだ時に出る石を管理する仕事よ。」
「死んだら石になるんですか...?」
「ちょっと、説明がまだなところをポンポン言っていかないでください。」
幸先輩が不満そうな声で言う。
来火の方を見るとしれっとした顔をしているので、きっと大鷹先輩あたりに言われていたのだろう。
(石になる?)
そのほかの肉体が消えるのか?その石は何か力を持つのか?守るほどのものなのか?
いろんな考えが徹の頭の中をぐるぐる回る。
「私はお前の意思を尊敬したい。だから反対していた。」
「そうですか…」
「どうする?」
「一つ質問をいいですか?」
「うん、何でも聞いて。」
「それをすることで僕の職が決まることはないんですね?」
「ないない、あくまでお試しだよ。」
「ならやります。」
「即決…。」
恵先生は驚いた顔をしているが、体験することでしかわからないものもある。それを無償でやってくれるなんてありがたいことだ。
(それにその間は幸先輩の特訓からも逃れられそうだし…。)
これはついでではなくあくまでも追加の理由なのだ。
「じゃあ決まりだね。」
「ああ、じゃあ明日から頼む。」
「じゃあ僕の部屋においでよ。ちょっとここからじゃ遠いし。」
「え」
「そうだな。徹、泊めてもらえ。」
「え?」
(初対面で…?)
何故かどちらも乗り気なのが怖い。徹の意思と関係なしに話が進む。
(意思大切にしてくれるんじゃないのかよ!)
徹がうんうん唸っていると
「僕と一緒はだめ?」
「だめじゃないんですけど…。」
「けど?」
「いや…その…」
「ごめんなさいね。部屋がもうありませんの。」
「ないのに誘ってたんですか?」
環先輩は目を逸らす。本当に教師志望を変えるためだけに突っ走っていたようだ。
(なんかそこまで言われたらなぁ。)
どういう思惑があるのかはわからないが、そこまで思ってくれていることに悪い気はしなかった。
「じゃあ、部屋にお邪魔していいんですね?」
環先輩の顔が明るくなる。
「ほんとにいいの?」
「大丈夫ですよ。むしろそっちは大丈夫ですか?」
「うんうん、もちろん。」
ニコニコしながら環先輩は席を立つ。
イザベラ先輩の方に歩いて行く。
「僕はもう帰るよ〜。」
「迷惑だけかけて帰る気ですの?」
「だってもうできることないし。」
「じゃあ俺も帰るか。」
いつのまにか食事を終えていた大鷹先輩も席を立つ。
カスミ先生は少し名残惜しそうに3人を見る。
その時、何かを考えていた幸先輩は話だした。
「環くんは今日私と少しお話ししませんか?」
「僕ですか?」
「そうです。話したいことがありまして。」
そうして幸先輩は笑う。どこか無理をしているようなそんな笑みだった。
対して環先輩はよくわからない顔をしていた。
「まあ〜幸先輩がそういうなら。」
「じゃあ俺たちは帰るぞ。」
「それでは皆様さようなら。」
「ありがとうな。」
「ばいばーい。」
別れの挨拶を交わした後、大鷹先輩とイザベラ先輩は闇夜に消えていった。
「消えた…。」
「消えたな。」
「あの人たちって、帰るっていうより消えるだよね。」
来火と二人でいたはずがいつのまにかその間には環先輩がいた。
驚き後退りする二人。
「そんなに驚かなくてもいいのに。」
あからさまに悲しそうなそぶりをする環先輩。
「来火くん。目の色変わってるし。」
徹は来火の方を見る。
すぐに隠されてしまったが、金色の瞳が見えた。
「狐の目…。」
「やっぱり狐の目なんだね。」
「先生は教えてくれなかったんだよ。」
「ん?」
黙々と食事をしていた恵先生が反応する。
「狐の目は俺じゃわからない。」
「恵くんは目の色の変化とかはわかりませんね。」
「忘れてました。」
「そんなことあるんだ…。」
「ほへえ。」
来火が間抜けな声を出す。
(わからない…?色がわからないということか?)
それならあの無表情には納得だ。そんな世界なんてさぞつまらないだろう。
一人で納得していると来火が顔をのぞいてきた。
「お前、なんかわかったな?」
「さあ?」
「教えろよ!お前の方が頭いいんだし!」
「また今度な。」
来火が徹の前に立ちはだかる。
「教えるまでここ通しませーん。」
「困るんだが。」
「じゃあ教えろ。」
来火はニヤニヤしながらこちらを見てくる。
環先輩はニコニコしながらこちらを見ているだけなので、助けてはくれなさそうだ。
「はあ。」
「お、とうとう教える気になったか?」
徹は前に出て2歩目で高く飛び上がる。
来火の頭の上を軽々と飛び越え部屋に戻る。
「じゃ、おやすみ。」
「な!」
「お〜。」
驚く来火と感嘆する環先輩をおいて徹は部屋まで走った。
◻︎◼︎◻︎
「な、え、なんだあの運動神経。」
「身体能力高いんだね〜。」
「前までは全然...。幸先輩に教わったから...?」
「幸先輩か。あの人はすごいよ。」
「そうなんですか?」
「そうだね。恐ろしいぐらいだよ。」
環先輩は徹が走り去った方向を見た。
(ついこの前まで肩を並べてたはずなのに...。)
来火は拳を握り、唇を噛み締めた。
来火は背中の見えなくなった友がいた方向を睨みつけていた。