第十一話 狐と鷹
「よし。」
「おい!いきなり何すんだ!」
「おい暴れんな。」
身を捩って大鷹の腕から抜け出すと、そのままドスンと地面に落ちた。
「いたっ」
「暴れんなっつてんだろ。」
「というか、ここは?」
「俺の職場だ。これからお前には俺の仕事に同行してもらう。」
「なんで…」
「試験の準備だな。」
来火は周りを見渡す。どうやらどこかの森の中のようだ。
「他の人は?」
「ああ、ここには俺一人だけだぞ。」
そう言って大鷹は鼻を高くする。一つの地域を任されるとはなかなかに出世しているのかもしれない。そう思った来火だが、大鷹の自慢げな顔が鼻につくので不機嫌な顔になる。
「おい、そんな顔するな。」
「はて?何のことデショーカ。」
「おい、敬語!」
大鷹が敬語についてやいやい言ってるが、無視をして来火は森の中を少し歩く。
ふと気になって鼻をすんすんと鳴らす。
「本物の狐だな。」
「でけえ鷹がなんか言ってるよ。」
「うるせえ。で、何かあったか?」
「祈りの匂いがする。」
来火は割と鼻が効くほうだ。
先生や自分で力を使う際、特有の匂いがする。
(誰かいるのか?)
「祈りの匂いってどんなんだ?」
「なんか、雨上がりの晴れた原っぱみたいな感じ。」
「おう、微塵もわからんな。」
(それ以外に言いようがないんだよ!)
渾身の例えを一蹴されて、来火は不機嫌顔になる。
「で、仕事内容は?」
「今日は結晶退治だ。」
「結晶って人の結晶か?」
「いんや、今日は熊だ。」
祈りの結晶は決して人だけじゃない。野生生物や無機物までもが祈りの結晶になりうる。
そんなことを先生が言っていたような気がする。
熊と聞いて少し嫌な予感がして大鷹に聞く。
「待つのか。」
「そうだ。熊側から来てもらわないと。」
「どれぐらいかかる?」
「早くて十分、遅くても数時間だが、まるでくる気配がない。」
野生生物なのだからこちらの希望通り来てくれるわけではない。
来火は面倒臭そうに近くの木に登る。
「あぶねえぞ。」
「大丈夫。高いとこから見たほうがいいだろ?」
大鷹が少し考える。そしてこちらを見ていった。
「チビ、少し話をしよう。降りてこい。」
「…わかった。」
そうして来火は渋々木から降りる。大鷹がどっしり座ってる隣に、来火も座った。
「熊は?」
「話し声に釣られてくるかもしれない。人喰い熊だからな。」
(囮にする気か?)
来火は気になっていたことを質問する。
「人を喰うから殺されるのか?」
「そうだ。一般人にとって危険だからな。」
「た、あ、あんたは」
「大鷹で頼む。」
「大鷹は、祈りの結晶を殺すが役目か?」
「まあそうだな。」
「それが、祈守の役目か?」
「そうだ。」
大鷹は顔色ひとつ変えず淡々と告げる。
初耳であった来火は少し驚く。だが、だいたい予想はついていたことなのでそこまで大きな驚きはない。
そして試験の内容がわかった気がした。
(祈りの結晶を殺すことか…。)
それができるかで適性を見るのだろう。そしてそれは表向きが管理と呼ばれる。
そこで来火には一つ疑問が生まれた。
「それは、人も同じだよな。」
「どういうことだ?」
「人型の結晶だって害を与えるかもしれない。そうなったら祈守が管理するのか?」
「いや、俺らは管理しない。いや、管理できない。」
「じゃあ一体誰が?」
「黄泉路の役名を持つものだ。」
黄泉路。それは先生の役名だ。
(名家と言われるわけだ。)
きっと大鷹の口ぶりからして、黄泉路は一族に代々受け継がれている役名なのだろう。そして黄泉路の役割は、人型の祈りの結晶の“管理”だ。
「無名の物語…」
「どうしたチビ?」
「いや、何でも。」
これ以上聞くのはきっと悪手だ。何とか話を変えるために、来火は頭を巡らす。
「大鷹は言語学得意?」
「お、大の苦手だ。」
「そっか…」
だめだ。何も話がない。
「何でいきなり?」
「いや、魔法の言葉教わったから、何か知ってるかなって。」
「ああ、俺も教わったわ。」
「ほんと!?なんて教わった?」
「覚えてねえって。俺は使ってねえし。」
「俺は?」
「坊とカスミは使ったんじゃねえか?」
「使う使わないがあるのか?」
「ああ、『摘み時』にいるかどうかだ。」
なんか知らないことが多くて頭がパンクしそうになる。
「まああんま詮索すんな。」
そうとだけ言って、大鷹は森の中を見つめた。