いちごちゃん
「あたし、出来ちゃったみたいなの」
突然のいちごの報告に、周囲がにわかにざわめき立った。
「嘘だろ!?何でお前みたいな奴が…」
「あんなにガードが堅かったのに、一体何で?」
「ちくしょう!こんなにだらしのない奴だったなんて、あの男許せねぇ」
口々に叫び出す。
「ごめんなさい…私も必死で頑張ったんだけど、こんなに放置されるなんて思わなくて…」
「いちごは悪くないよ。悪いのはあの男。大丈夫、あなた一人じゃないわ、私がついてる。無理しなくて良いのよ、私が代わりにあの男にギャフンと言わせてやるんだから!」
そう慰めてくれるのは彼女の同郷の親友だ。故郷ではいつもそばに居てくれた。
しかしいちごは気づいていた。彼女はまだ手をつけられていない。余裕があるのだ。安全なところから好き勝手言っている彼女のことは信用出来なかった。
「もういいの…実は薄々気づいてたんだ…。最初は凄く可愛がってくれて、あんなに沢山使ってくれたのに、ある日突然そっぽむかれちゃって、こんなになるまで無視されるなんて。…私がもっと大きかったら、輝いていたら、今とは違う未来があったのかなぁ…」
つい涙が流れ出そうになる。しかし泣いてはいけない。既に手遅れではあるが、これ以上体を濡らすのは彼女のなけなしのプライドが許さなかった。
「いつまでもメソメソしたってしょうがないじゃないの!いい?もう過去は変わらないの。あなたはこの子と一緒に第二の人生を歩まなきゃいけないんだから。元気を出して。これからの事を一緒に考えましょう!」
親友は励ましの言葉を掛けてくれるが、やはりどこか他人事だ。
そんなに言うならあなたが代わりにこの子を育ててよ!と叫び出したい気持ちをグッと堪える。
私の中に出来た新たな命。この子はこれから一体どう生きていくのだろうか?
拭いきれない不安で胸が一杯になったところで突然、世界が明るくなった。
半年ぶりに実家から帰ってきた男は、不確かな記憶を頼りに冷蔵庫を開けた。
沢山の食品に埋もれていて気がつかなかった。食パンの消費期限が今日の日付を示していたのだ。
まあ3食全部パンで済ませれば使い切れるな、と思いながら冷蔵庫を漁る。
冷蔵庫の一番奥の隅にジャムが2個あるのを発見した。片方は未開封、もう片方は開封済みだ。
ジャムの賞味期限は長い。ちょっと手をつけた位じゃ腐らないだろうとタカを括った男は、開封済みの苺ジャムに手を伸ばした。
瓶の中ではジャムとカビの自由水を巡る永きに渡る戦争に終止符が打たれ、今まさにコロニーが形成されようとしていた。