狩人の日銭稼ぎ
―二年前
「依頼主が言ってた場所はここか?」
馬から降りて地図を広げた。辺りは森林だらけで鳥の囀りや虫の鳴き声だけ聞こえて魔物ですらいるかどうか怪しいというのにこんな場所に人がいるとは思えなかった。
「ここのはずだ。」
グレイソンがそう言いながら馬から降りる。馬のサドルバッグから弓矢を取り出して肩に背負うと腕を組んだ。
「本当にこんな所にいるのかよ。」
「こういうのは見つからない方が多い、だから賞金が高いんだろ?」
「まそれもそうだな、とにかく歩くか。」
そう俺たちは会話を交わしながら森林の奥へと向かった。しかし地面は草や落ち葉で覆われているため足跡が見つける事が困難だった。もう依頼の事なんか忘れて俺たちは他愛無い会話をし始めていた。
「そういえば今朝の新聞見てなかったがグレイソンお前何か知ってるか?」
今朝は、二日酔いのせいで新聞なんて見る余裕がなかった。最近は何かと物騒な話しか聞かないが俺が町で信じられるものは地元新聞とグレイソンだけだった。
「今朝の新聞か?いつも通りだ。作物は育たない、火山活動は激化して、アギト国では内戦状態、それに海は最近になって常に嵐が降り続けて渡航すらできない状況だ。」
「本当にいつも通りだな…なんか面白い話はないのか?」
「ないな、昨日シルヴィオが酔い潰れて女を口説こうとして殴られたぐらいしか―」
「幻覚でも見たんだろう。」
「いやあれは確かに―」
そうグレイソンが言葉を続けようとした時、俺は右手を小さく上げてグレイソンを止めた。
「どうした?」
俺は静かに木に指をさした。木には血痕がついていてその血は落ち葉や草に付着してどこかへ続いているようだった。
俺が静かに身を屈めて血痕の跡を追いグレイが俺の跡をついていく、その血痕はまだ明るい赤色をしていてそれ程時間が経っていない事がわかった。
「これが奴のだとしたら…」
グレイソンが囁くように言う。
「きっと魔物か…他の賞金稼ぎどもにやられたんだろうな。」
そう言いながら血の跡を辿っていくと池が見えた。その池はそこまでは大きくはなかったが周りに森林がないため日差しが池に反射して綺麗に見えた。
「ここで途絶えているな。」
血は池の中へと入っていくように途絶えていたが水はかなり濁っていて中の様子を見る事ができなかった。
「まさか死体がこの中に?」
そう言っていると背後から何者かが飛び出してきた。その何者かは剣を大きく振りかざしてグレイソンを襲おうとしていた。
「グレイソン後ろだ!」
グレイソンが慌てて後ろを振り返ろうとして身を交わそうとしたが何者かが振りかざした剣はグレイソンの足を掠ってしまった。
そして何者かは俺の方を凝視すると森林の方へと潜っていくように姿をくらまして行った。
「グレイソン!大丈夫か?」
彼の足から血が出ている事がわかった。
「俺の事はいいから奴を追え!あいつが標的だ!」
グレイソンは血が出てる足を押さえながら俺に向かって言った、俺は頷いてその標的が逃げた跡を追った。
「クソ、見つけ出してやる…!」
剣を取り出して跡を追いかける。目の前には奴の姿がはっきりと見えていた。しかしどうやら奴の逃げ足は早いようでいくら走っても追いつく事はなかった。疲れ果てて足の速度が落ちてきた時に後ろから馬の鳴き声が聞こえた。
「シルヴィオ!」
馬に乗ったグレイソンが俺の跡をついてきたようだ。好都合だと思った俺はすぐさまに馬に近づきグレイソンが手を伸ばすと俺はその手を掴んで後部に座った。
「お前がいなかったら見失ってた。」
「ああ、だろうな。」
グレイソンが馬の速度を速めていくと軽々と標的の背後に近づく事ができた。しかしその時、奴は魔法を放ってきた。炎の玉がグレイソンと俺の横を通り過ぎた。
「魔法か…!」
グレイソンは危険を感じて馬を減速させた。
「まずいな、グレイソン、弓を貸せ。」
「ああ。」
グレイソンは背中に背負っていた弓を俺に手渡すと俺はすぐさま矢を弓に添えて思いっきり引っ張った。その時に奴は後ろを振り向いていていたが一向に止まるそぶりを見せる事はなかった。
俺は矢を放つとちょうど標的の背中を射る事ができた。
「あぁ!」
という呻き声が聞こえ標的がその場で倒れると俺たちは馬から降りて剣を構えながら標的に近づいた。
「てめえよくも俺を斬りつけたな…」
グレイソンはそう言うと標的の足に剣を突き刺した。
「ぐあぁ!」
標的は呻き声をさらに大きくあげて苦しんだ。地図や似顔絵を見るとやはりこの人物で間違いないと確信すると俺は奴を拘束魔法で手足を縛った。
「クソぉ!タダで済むと思うなよ!」
「黙れバカが。」
俺はそう言いながら奴の頭にかかとを落として黙らせようとすると気絶したようで俯いたままになってしまった。
「よし、こいつを町に持ってくぞ。」
「ああ。」
標的を抱えて馬に乗せて町へと向かおうとした。その時に何と無くグレイソンの足を見た。
「足大丈夫か?」
グレイソンの足には包帯で応急処置が施されていていたが未だに血が止まる気配はなかった。
「大丈夫だって、それより報酬が入ったら何に使うんだ?」
「そうだな、少し旅をしてみようとは思ったが…」
「いいんじゃないか?俺もこの生活に飽き飽きしてるしな。」
グレイソンの言う通り、毎日狩猟をしていたり依頼を受けることしかしていない、そんな日々を過ごし続けているとある時、俺は旅人という存在を強く憧れたのだ。彼らの話では世界はとてつもなく広くて、海と呼ばれる大きな湖や辺り一面砂漠の国のアギト大国、燃え続ける山、話を聞くとそれだけ興味が湧いてきた。もし報酬が手に入れば全ての場所を巡らずとも気の赴くままに旅に出れるだろう。
しばらく馬を走らせていると森林の隙間から日光とともに町が見えてきた。
「もうすぐで町に着くぞ。」
指をさしながら俺はそう言った。グレイソンは相槌をうってどこか体をほぐすように姿勢を楽にした。
「よし、これがこれが終わったら―」
その瞬間、馬に振り落とされた。馬がなにかの障害物に当たったみたいだった、俺たちは受け身を取って立ち上がった。
「一体なんだ!?」
グレイソンがそう焦りながらそう言うと茂みから蛮族が姿を現してきた。
「クソ、ゴブリンどもだ!気をつけろ!」
剣を取り出してゴブリンに構えた。ゴブリンは人間には劣るがかなりの知性を持っている、少しでも隙を見つければ容易く攻撃されてしまう、俺たちは慎重に後ろ歩きした。
「Öwe venalķ ğũvåna!」
ゴブリンが何かをそう呟くと一人が襲ってきた。ゴブリンの持つ棍棒を振りかざすと俺は咄嗟に後ろへと回って剣を背中に突き刺した。グレイソンがそれに続いて待機しているゴブリンに炎魔法を放った。
「グアァア!」
ゴブリン特有の甲高い背筋が凍る叫び声とともに他のゴブリンどもも襲いかかってきた。ゴブリン二人がハイジャンプして俺の方へと棍棒を振り上げてきたため俺は素早く後ろへ回避した。ゴブリンが地面に叩きつけた棍棒を再び持ち上げようとする間に俺は咄嗟に剣を片方のゴブリンの首筋に突き刺した。もう片方のゴブリンが襲いかかってくる瞬間に剣を突き刺したゴブリンから横側にいるゴブリンに向けて剣を振った。突き刺した方のゴブリンは首が吹っ飛びもう片方のゴブリンは首から大量に出血した事がわかった。
「クソ…!」
グレイソンの方を見ると彼がゴブリンの攻撃を剣で防いでいた、長くは持たなそうだと思った俺は急いで彼の方へ行き加勢をした。裏へ回りゴブリンを斬りつけた。ゴブリンがグレイソンの方へと倒れていくのを彼は剣で払った。
「もういないか…」
俺は周囲を見渡しながらそう言った。
「ああ、もういないみたいだ。」
グレイソンが手の関節を鳴らしながらそう言った。ゴブリン族、奴らは森や山にある茂みに隠れて獲物がくる瞬間を見計らって奇襲をかける野蛮な種族だ。
「大丈夫か?」
「平気だ、それにしても罠を仕掛けたとはな。」
馬に振り落とされた時、馬が躓いた所には縄が張られていたようだった。幸いにも馬は無事な様子だったが、馬に積んでいた標的は怪我をしていたようだった。
「こいつまだ気絶してるのか?」
標的を担いで馬に再び積んだ。その後も蛮族の奇襲に気をつけながら町へと向かった。
―カロス町
町は市場を中心にして住人たちで溢れていた。俺たちは端綱をひきながら市場を歩いていた。
「ねえあれって…」
「おい…まさかあいつは―」
住民たちの視線が俺の馬に積んだ標的に向いていた。まるで伝染のように住民たちが次々と指をさして、罵倒をし始めた。
「クズ野郎め!捕まってせいせいしたぜ!」
「くだばれ!クソ野郎!」
「死ねぇ!」
どうやらこいつは相当ひどい事をしていたみたいだ、そう思いながらただ端綱を引いていた。その時、彼は目を覚ましたようで住民たちの視線を諸に受けていた。
「なんだ…ここは…!」
「目が覚めたか?嫌なタイミングで起きちまったな。」
彼は馬の上で暴れているが拘束魔法のせいでまるで打ち上げられた魚のようになっていた、周りの住民たちはついに石を投げるものまで現れた。
「まじか…」
そう呟くと石が馬に当たった。馬が鳴き声をあげていると顔を大きく動かして暴れそうになっていた。
「おいおい、俺たちのこと見えてないのか?」
グレイソンが住民にそう訴えかけるが、住民たちの憎悪は未だに収まなかった。
「急ぐぞ。」
「ああ。」
そして俺たちは馬にまたがり馬を走らせて市場を通り過ぎた。しばらくして市場を外れると留置所にたどり着いた。馬を止めて標的を担いで留置所の中へと入る。
「来たか。」
無性髭がやけに無性髭がやけに目立つ法執行官が椅子から立ち上がり俺が担いでいる標的の方へと向かってきた。
「マノルス、逃げちゃ駄目じゃないかぁ。」
「死ね!お前は絶対にぶっ殺してやる!」
「元気があるねぇ、その威勢もどこまで続くか見ものだな。そいつをぶち込んどけ。」
法執行官は標的の尻をひっぱ叩いて机に座り筆を持ってリストを記入した。それを横目に見ながら俺は独房に彼を入れた。
「おい貴様!顔は覚えたぞ!」
「ああそうかい。」
法執行官が机に金を置くのを見るとそっちの方へと向かい金を受け取った。
「ご苦労、よく死ななかったな。」
法執行官が言う。
「住民の奴らがあいつを罵倒しまくってたぞ、何をしたんだ?」
「言ってなかったか?マノルスは人を何人も殺したんだ。」
「それで住民を怒らせたのか?」
「いいや、それだけじゃない…奴はその死体で死姦してた。」
「おえ、気持ち悪いやつだ…」
グレイソンが片手で顔を伏せながらそう言う。だが、そういう奴ほど自然界では生き残れるということは知っていた。ましてやいきなり背後から人を斬りつけようなんて気はそうそう浮かばないはずだ。
「とにかく、お前たちは町を救った。感謝しよう。」
法執行官がそう言い放つと俺たちは留置所を出て煙草を吸った。手元の金を数えると二ヶ月は宿に泊まれるぐらいの量がある事がわかった。
「それにしても、ひでえ話だ。」
グレイソンが腕を組んで留置所の方を見ながら言う。
「ああ…」
彼の言うことを聞き流しながら金を数え続ける。それを見たグレイソンはどこか呆れているようだったが俺はあまり気にしてはいなかった、そんな事よりも俺は今すぐにでも旅に出たいと思っていたのだ。金を懐にしまい面をグレイソンの方へと向けた。
「とにかく金は手に入った、これで今日は飲み明かそうぜ。」
「そうだな、酒でも飲めばこの気も治るだろ。」
彼がそういうと俺とグレイソンは町の酒場へと向かった。
酒場は市場の路地裏にあるようで昼にも関わらず日差しが当たらずどこか暗い空気が漂っていたが店の周りにはかなりの旅人で賑わっていた。俺は扉を開けて中へ入る、酒場にはずっと飲み続けている人や何か怪しい取引をしている人たちも見受けられた。こういうのは日常茶飯事のようなものであり、特に俺たちは気にしてはいなかった。カウンターに座ると硬貨を置いてビールを頼んだ。
「旅でどこにいくんだ?」
グレイソンがいきなり質問をしてきたせいで俺は少し戸惑った、行き先もなにもただ旅がしたいというだけでどこへ行こうとかはまだ決まってはいなかった。
「あー…適当な所だ。」
「決まってないのか?」
「旅ってのは気の赴くままに行動するものだろ、だから―」
言葉をさらに紡がせようとしたがその瞬間に店主が俺たちの目の前にビールを置いた、それを俺は掴んで一気に喉へと流し込んだ。
「あぁ…」
ビールの一口が俺を誘惑するかのようにさらにビールを飲み続けた。喉へと冷たいものが流れ込んでく感覚は未だに飽きないものだ、飲み終わったジョッキをカウンターに叩きつけると―
「もう一杯。」
そう言って俺は硬貨をカウンターに叩きつけるように置いた。
「おいおいいきなり飛ばすなぁ。」
グレイソンが横目でそう言う。彼のジョッキにはまだまだビールが残っているようだった。
「飲むのが遅いぞ。」
「別に競ってねえし、俺はゆっくりと飲むのが流儀なんだよ。」
「相変わらずだな。」
そう話している間にビールがカウンターに置かれた。それをまるで餌のように思いっきり握りしめて口へと流し込む、この時の俺は既に悦に浸っていていた。
「もう一杯。」
「もう一杯頼む。」
「もう一杯!」
「おい!酒!」
「酒!」
まるで本性を現すかの如く口調が悪くなり始めていた。そのせいで酒場で俺は目立つ存在へとなってしまったのだ。酔ってはいるものの周りからの視線を感じ取る事ができた。そしてしばらく飲んでいると遠くで俺の事を見ていた男性が俺の隣に座ってきた。
「なああんたら。」
「あ?」
ジョッキを机に置いて声が聞こえた方へと顔を向ける、旅人かただの傭兵かは知らないがかなり良い身なりをした若い男性が酒を片手に俺に話しかけているようだった。
「見てたぞ、あのマノルスを捕まえたんだってな。」
「ああ…」
俺はそう言いながら酒を口に運ぶ。俺を見た男性は小銭を懐から出して机に置く。
「この人たちに一杯。」
親身になろうとしているのか男性は俺に酒を奢ろうとした、俺はそれに甘えて彼に対する信頼感が上がったような気がした。それを横目で見ているグレイソンはどこか不審な目をしていたような気がしていた。
「ヴィクトールだ、ヴィクと呼んでくれ。」
「ああ。」
ヴィクトールと名乗る男性は酒を口に含んで話を続けた。
「あんたらはかなり強いだろうな、誰も捕まえることができなかった凶悪犯をいとも容易く捕らえてくるなんてな。」
俺は話を聞き流して、ヴィクトールに奢ってもらった酒がカウンターに置かれたためそれを口に含んだ。
「それでな、あんたたちに頼みたい事があるんだ。」
「頼みたい事?」
ヴィクトールは懐から地図を取り出してカウンターに広げた。グレイソンは少しの間沈黙を保っていたがヴィクトールの言動を見て思わず声が出たかのようにそう聞き返した。それを見たヴィクトールはまるで罠にハマった獲物を見て微笑むように(そうでなくとも俺はそう見えた。)話を続けた。
「ゼピュロス廃神殿知ってるか?」
ゼピュロス廃神殿、風神ゼピュロスを祀られていると言われている神殿だ、しかし数十年前のミサナ教とサフィノ教との宗教戦争によってゼピュロス神殿は廃墟と化してしまった。神殿は風化してしまい建物は大破して苔が生えて神父はおろか人間がいるような気配は感じられない。
「知ってるが、それがどうした?」
「その廃神殿に神器があるんだ。その神器は―」
「未だに手付かずなんだろ。」
グレイソンが酒を飲みながら言う。
「ああそうだ、だからそれを手に入れてほしい。」
その話を聞いた途端にグレイソンは呆れていた、そもそもゼピュロス廃神殿はかなり大破していて建物に入る手段がまるでない。それに神殿の周辺には蛮族がたくさん住み着いているためただでさえ近づく事でさえ困難と言えるだろう、しかし俺は酔っているせいかその話を鵜呑みにして聞き続けていた。
「ああ!いいだろう!報酬をくれたらやってやろう!」
ジョッキをカウンターに叩きつけてヴィクトールの方を見て自信満々の笑みでそう答えた。
「よし、報酬はその神器を売った金の半分をやろう。」
その神器とやらの価値がいくらかは分からないが聞くだけではかなり割に合いそうな報酬だとその時に俺は解釈していたため俺はその報酬に同意した。
「交渉成立だ!」
俺は手を差し出してヴィクトールの手を掴むと力強く手を縦に振った。グレイソンは常に怪しい目でヴィクトールを見ていたがヴィクトールは笑顔で俺たちの方を見ていた。
その後、ヴィクトールが仕事の話をし終えた後に酒場を後にした。そしてカウンターにはグレイソンと俺だけになっていた。(店主は除く)グレイソンは呆れたように俺の方を見つめる。
「なあ、」
「あ?」
「明らかに怪しいって思わなかったか?」
「さあな…」
「お前はいつも酒に酔うとそうやって何でも引き受けちまう、そのうち――」
グレイソンが話を続けようとした瞬間、俺は口に酒を含ませようとするとそのまま床に倒れて込んでしまった。




