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第6話 私の名は

「そういや、この子はなんて名前なんです?」


ある日、商人がそう訊ねてきた。


「……名前?」


そういえば、賢者は出会ってからずっと「お前さん」としか私を呼んでいない事に気がついた。


「まさかとは思いますが、預かったのに名前を聞かなかったんですか?」

「あぁ、いやその…」

「何か名前の書かれたものは?」

「この子は、捨て子じゃったから…」

「は?捨て子なら賢者様が名前をつけてあげなきゃダメですよね!?」

「いやー、儂が名付けると魔法の契約がじゃな…」

「魔法の事はわかりませんがね。それにしたって、名前がなきゃこの先この子が困るでしょ!」


賢者が私に名前をつけなかったのは、私が精霊の混ざった子供だからだ。


この世界において『名付け』というのは特別な意味を持つ。特に魔法使いと魔法生物の間で交わされる『名付け』は、名前をつけた相手を支配できる一種の呪なのだ。


最も古い呪の一つで、声に魔力を乗せて相手の魂に名前を刻み込むと、名付けた相手の事を魂ごと支配できる。名付けられたモノは名付け親に逆らえず、命令に背けば魂が消滅してしまうという。


恐らく、賢者はそうして私が縛られてしまうのを懸念しているんだと思う。どれほど魔力を込めないよう気を付けても、絶対なんて事はないのだ。そして、最も古い呪であるが故に、何か起きるかもわからない。


森の賢者が名付けられないなら、自分から名乗れば良いじゃない。


なので、私は自分で自分に名前をつける事にした。


「あのね、わたし『マヤ』だよ」


そう口にした途端、身体の中のマナが変化したのが分かった。それまでは精霊と人間の間をユラユラとしているような感覚だったのが、一つに纏まったような不思議な感覚だ。それと共に、自分の精霊としての格のようなものが上がった気がした。


それに気づいたのか、賢者が驚きの表情をしている。商人は少しだけ目を見開くとすぐに笑顔になった。


「なんど、ちゃんと名前があるんじゃないですか!そうか、お嬢ちゃんはマヤというんだね〜。自分から名前を言えて偉いねぇ」


商人はニコニコと私の頭を撫でると、商品の中からお菓子の入った箱を渡してくれた。


「これはオジサンからマヤちゃんに贈り物だよ」

「わぁ!ありがと!」


『マヤ』というのは、私が前世で名乗ってたペンネームだ。本名よりもこちらの方がしっくりくるので、この世界でもそう名乗ることにした。融合した肉体には家名しかなかったし、どうせなら慣れた名前で呼ばれたかった。


「これはね、王都で大人気のお菓子なんだよ。買うためには沢山並んだり、何日も待たないといけないくらいなんだ」

「おうと?」

「そうだよ、この国の王様が住んでいる場所でね、お城があるのさ」

「おしろ?!すごい!みたい!」

「はははっ、そのうち賢者様に連れて行ってもらうと良いよ。その時はオジサンの所にも寄っておくれ」


商人はそう言って、帰っていった。


王都かぁ。ヒトの多い場所に行くのは不安だけど、いつかこの目で見てみたいな。


そう思いながら、商人のくれたお菓子の箱を開けてみる。中はクッキーの詰め合わせで、とても美味しそうだった。とはいえ、今日はすでにお菓子を食べているので蓋をして戸棚にしまっておく。明日が楽しみだ。


「お前さん、自分で名を付けたのか?」


森の賢者が、おもむろに訊ねてきた。一瞬何のことかわからなくてポカンとしたが、おそらく『マヤ』と名乗ったからだろう。


私は、賢者のところまでポテポテと走り寄ってそのまま足にしがみつく。そして、下から賢者を見上げた。困惑の表情を浮かべる賢者は、私の変化にも気づいているはず。


なので、私は心配させまいと精一杯の笑顔を作った。


「あのねー、『マヤ』ってなまえが、かわいいでしょ!だからねー、『マヤ』ってなまえになりたかったの!」

「お、む、ん、そ、そうか…可愛いか…」

「そうなの!だって、えほんのみんなは、かわいいでしょー?だからねー、オマエサンよりねー、かわいいなまえにしたの!」

「あ、いや『お前さん』というのは名ではなくてだな…」

「それでねー、わたしねー」

「わかったわかった!うむ、お前さんは今日から『マヤ』じゃな。魔力が安定せずに揺らいでおったのは名が無かったからか。ふむ、これなら人里にも…」


幼児言葉で会話するのに抵抗がないわけではないのだけど、何故か幼児言葉でしか話せない。肉体年齢が幼いから仕方ないのかもしれないけど、最初は本当に恥ずかしかった…。今はもう慣れたけどね。


とにかく、この世界に来て3年。ようやく自分の名前を手に入れたのだった。

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