二人の道は違えども
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珍しく短めです。
王女エデンの前には、拘束されてボロボロの男が騎士によって押さえつけられていた。
「もういい」
エデンが合図をすると、彼女に忠実な騎士は男を押さえつけていた手を放す。
男はゆっくりと顔を上げた。そしてエデンを見てやっぱりとでも言いたげに穏やかに笑う。まとっている服はボロボロだが、端正な顔立ちは顔が汚れていても大して損なわれていない。
「久しぶりだ。エデン」
「久しぶりね、ラース」
「来るなら、君だと思っていた」
「そう」
「こんなことを言える立場じゃないが、王妃は助けてくれないか」
「夫婦は運命共同体でしょう? お前が死ぬのなら、あの女も死ぬのよ。神の前で式の時に誓ったでしょう」
「彼女とは政略上の結婚だ。全く愛していないし、白い結婚だった」
「関係ないわ。私を捨ててあの女と結婚したのならあの女も殺す」
「……そうか」
「せめて苦しまないようにすっぱり殺してあげる」
アンブロシオ王国の現国王であるラースは目を伏せると綺麗に笑った。
その陰のある笑い方はエデンの知る彼と寸分も変わっていない。王子から国王になっても。もっと偉そうな笑い方をしているのかと思っていた。
エデンとラースの出会いは、アンブロシオ王国の王子であるラースがカークライト王国に留学してきたのが始まりだ。
エデンはカークライト王国の第一王女だ。
勉強よりも剣を振り回すのが好きで騎士団に潜り込んでは国王と王妃を嘆かせていた。
しかし、ラースと出会って二人は恋に落ちた。
本当に恋に落ちるという表現がぴったりだった。何の理屈もなく、ここが好きだのあそこが好きだの批評する時間も要らなかった。
まるでもともと一つだったものに出会ったかのように、お互いがお互いのために存在すると分かったのだ。
しかし、二人の時間は長くは続かなかった。
ラースの父が急死し、ラースの弟たちが王位をめぐって争いを始めたのだ。アンブロシオ王国は荒れに荒れた。王太子を決めていなかったことも要因の一つだろう。もちろん、第一王子であるラースが王太子だと目されていたわけではあるが。
ラースは支持者たちに乞われ、留学を切り上げて母国の争いを終結させるために帰国した。エデンは今でも馬車の前で彼とした約束を鮮明に思い出せる。
「必ず、争いを終わらせて結婚のための使者を君に送る。その時は私と結婚して欲しい」
そう、彼と約束した。
アンブロシオ王国の王妃になるのなら剣の腕だけでは駄目だと、周囲が目を見張るほどエデンは勉強に目覚めた。
アンブロシオ王国の王位争いは予想よりも長引いた。三年経ってやっとラースが王位に就いた時にはアンブロシオはかなり疲弊していた。
それでも、エデンは祈って待っていた。
王位争いなのでいくら隣国でも介入できなかった。
争いはようやく終わりを迎えたが、公表されたのはラースとアンブロシオの公爵令嬢との結婚だった。かの公爵家は他の王子の支持者だったが、強大な公爵家がラース側に寝返ったことで争いは終結したのだ。つまり、公爵は娘と国王になるラースとの婚姻を見返りとして要求しラースは承諾したのだ。
エデンはずっと約束が果たされるのを待っていたが、ラースは裏切った。手紙も詫びも来なかった。
ラースと公爵令嬢の結婚式には王太子である兄が行った。
ラースからの手紙だと渡されたが、読まずに捨てた。
「お前は私を裏切った」
「君には……ずっと手紙を送っていた。争いの間もずっと欠かさずに」
「届いていないわ」
「おそらくケリガン公爵に邪魔されたな」
ケリガン公爵家とはラースの妻となった女の実家だ。他の王子からラース側に寝返った貴族。その公爵ももう殺した。
「そう、もうどうでもいい。お前が他の女と結婚した事実は変わらないから」
「あと二年で離婚して、君を迎えるつもりだった」
「一度、他の女と式で愛を誓っておいて? お前の愛は安いのね。側室だってその二年で政権安定のために入れるでしょうに。私は何度お前が他の女と愛を交わすのを見ればいいのかしらね」
アンブロシオの王位争いの爪痕は深かった。
死者は多数。物価は上がって民は飢え、さらに魔物の被害まで重なった。他王子の残党争いだって続いており、ラースの治世は安定しなかった。民が飢えて略奪があり、カークライトにまで被害が及んだのでエデンの父は腰を上げたのだ。
「お前を裏切り、わが国の民まで傷つけるあの男の国を取ってこい」
と、エデンは進軍を任された。
侵略は簡単だった。
民は疲れ果てていてカークライトの軍に次々と道を空ける。魔物を倒して食料を与えれば喜んで飛びついた。王都に近くなればラース国王に対してクーデターが起きており、民衆の味方も得てエデンは簡単に城に乗り込んだのだ。
「それでも、君だけを愛してる。エデン」
「愛よりも玉座を選んでおいてね」
「あの時は仕方がなかった。だが、王妃を愛したことはない。君に宛てた手紙にも何度も書いた」
「気持ちは分かるわ。私が王ならそうする。でも許すかどうかは別で、そもそも手紙は読んでいないわ」
エデンは騎士に合図をした。
すぐに騎士はエデンの愛用の剣を恭しく差し出してくれる。
「最期の言葉くらい聞いてあげる」
「ありがとう、エデン」
ラースはこれから殺されるというのに笑った。彼のグリーンの目が細められる様子は、エデンの最も好きな瞬間だった。
「これで、君だけを愛する男にやっとなれる」
「お前に王は向いていなかったようね」
「本当に君だけを愛していた」
エデンはラースに首の後ろを見せるように指示した。彼は抵抗もせずにその通りにする。
自分の愛用の剣の刃を確認してから、ラースの首に振り下ろした。
「私だって愛していた」
剣についた血を払い、落ちたラースの首を拾い上げる。彼の目はきちんと閉じられていてなぜか微笑んでいた。きっと彼も辛かったのだろう、治世が安定しなくて。ここまで乱れてしまえばもう他国が介入しないと駄目だ。
エデンは自分こそがこの国の王妃になるのだと思っていた。だからこそ、ラースのためにこれまであまり力を入れてこなかった勉強にも取り組んだ。
まさか、軍服を着て軍を率いて城に入るとは予想もしていなかったのだ。嫁入り道具と一緒に、彼が似合うと言ってくれたグリーンのドレスでラースの腕に飛び込むのだと思っていた。
彼にそっと口付ける。
約束を守らず、結婚の使者を送ってくれなかった男に。
そこで、エデンはやっと部屋の隅に影のようにひっそり佇む騎士の存在を思い出した。
「あぁ、そうだった。お前の願いを聞いてあげないとね」
ラース国王を捕らえた者には許される限り何でも褒美をやると伝え、軍の士気を高めていた。
結局、ラースを捕らえたのはエデンの腹心の騎士マリクだった。平民出の騎士マリクはエデンが騎士団の訓練中に見つけ出し、ワガママとごり押しで自分の腹心に据えた男だ。
「褒美は何がいい?」
「本当に何でもよろしいのですか」
マリクは膝をついてエデンに問う。
「この国を寄越せ、などではない限りね。何がいいかしら。金貨? 豪邸? 美女? 爵位や土地?」
「では、私をエデン王女殿下の夫にしてください」
意外な願いにマリクを凝視した。マリクは膝をつきながらも、赤い目でエデンを射抜いている。この赤い目と太々しい態度が気に入って、自分の側に置いたのだ。
「お前は無欲だと思っていたけれど、案外強欲なのね」
「何でもとおっしゃったのは殿下です」
「父と兄はきっとこのアンブロシオ王国を私にくれる。つまり、私はこの国の女王。私の夫はこの国では王配となる」
「存じております」
「お前が権力を欲していたなどとは知らなかった。王配とはなかなか強欲ね」
「私が欲するのはエデン王女殿下だけです。あなたの夫が王配という立場で呼ばれるだけのこと」
「そういえば、お前。祖父はアンブロシオ人だと言っていたわね」
「その通りでございます」
「ではちょうどいいわ。アンブロシオの血が入った男と結婚した方がいいと思っていたところよ。あぁ、これではお前への褒美にはならないかもしれないわね」
「殿下の夫になれることは私にとってこの上もない喜びです」
「お前、まさか私が好きなの?」
マリクはゆっくり首を縦に振った。
表情を変えない男だ。本当かどうか分からない。
「殿下に恋をしないことは難しいです。この国を落とすことよりも」
「お前、趣味が悪いと言われない? 私はさっき愛した男の首を落としたのに」
「あの男は殿下を手酷く裏切りました。私は裏切りません」
「それはどうだか。いくらお前でも信用できない」
あれほど運命を感じたラースでさえ、裏切ったのだから。
「私の一生をかけて証明させてください」
「まぁ、いいわ。お前なら私を殺せるだろうし」
「なぜ、私が殿下を殺す必要が?」
「私はラースを愛していなかったら、この手で殺さなかった」
マリクはエデンの答えにやや目を見開いてから、片手を恭しく取って口付けた。
「私は殿下と道を違えません」
「そう期待しているが、どうだか」
「殿下に永遠の愛と忠誠を誓います」
そんなものはない。
エデンはマリクの目に確かに走った熱から顔を背けた。
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