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第四話

  ジュリと話した事で少し気持ちが楽になっていた。とにかく、生きていると分かってホッとしたのだ。

「おはようございます」

「おはようございます。昨夜は、夜遅くまでお掃除をしていただいて、まことに申し訳ありません」

 いやいや。謝るのはこっちだ。

「三井さん、朝食は、あたし、自分で作りますね」

 食パンを取り出してトースターで焼こうとしていると朱里が現れた。

「おい。強めに焼いてくれ。それと、生暖かい感じのホットミルクをくれ。猫舌なんだ」

 俺様系のオーラ全開。これは猫のジュリではなくて人間の朱里で間違いない。

「はいはい。分かりましたよ」

 由布子は、三井に言われた通り、ミルクをカップに注いだミルクの温度を測ってから手渡していく。

「猫舌なんですか。へーえ、可愛いですね」

「おまえ、いちいち生意気だな」

 二人のやりとりを三井はニコニコしながら見守っている。

「それでは、お言葉に甘えて由布子様にお任せ致します。わたしは洗濯物を干しますね。あっ、そうだ。坊ちゃま、例のイベントを覚えておられますか。今夜でございますよ」

「覚えてるよ」

 ブスッとした顔で呟いている。

「おい、由布子。朝飯、食ったら、すぐに出かけるぞ。ついて来い。今日は、オレの指示通りに動いてくれ」

「えっ?」

 由布子が目玉焼きを作っていると、朱里が何やら話し始めた。電話の相手はお抱えの外商さんのようである。

「ドレスと靴を頼む。身長は百五十四。体重、四十五。靴のサイズ、二十三。髪の色は黒。目の色も黒。顔はクールで可愛い系。写真と動画を送るから、よろしく。この娘に合うものを三着ほど用意してくれ。ぜんぶ任せる」

「夏目さん、何を買ったの?」

「おまえのドレスだ」

「何なのよ。どういうことよ」

「いいから来れば分かるさ。まだ授業も始まってないし、どうせ暇だろう。ついて来い」

 朱里は雇い主だ。俺様な態度には逆らえないので従うが、これからどこに行くのだろう。


      ☆


 柴田の車で移動して着いた先は、新宿の片隅にある小汚い雑居ビルの最上階の一室である。

「ここはエリカの知り合いの店なんだよ。ドラァグクイーンのカリスマ美容師が店主だ。彼女が、おまえの髪を切ってくれる」

「あたし、今の髪型でいいと思うんだけど」

 肩甲骨の辺りまで伸びたストレートの髪はシャンプーのコマーシャルに出られそうなぐらいにサラサラだ。前髪などは自分でカットしている。ちなみに、体育の時は一つに束ねていたりする。

「オレの恋人になるからには、誰よりも垢抜けてもらわないと困る」

「いつ、あたしが恋人になるって言ったの?」

 朱里は年上なのだが、いつのまにか由布子はタメ口を叩いている。しかし、それに対して朱里も気にしていないらしい。

「今朝。オレが決めた。心配するな。おまえへの愛はない。しかし、これからは愛し合う二人になるぞ」

「いや、言ってる意味、わかんないんな」

「今、流行りの契約彼氏って事だよ。うまく行ったら、おまえの大学の学費を一括で払ってやるぞ」

 朱里が手慣れた様子で扉を開けると、ガタイのいいおネェが現れた。スパンコールのついたワンピースが目に眩しい。

「あーら、いらっしゃーい」

 その美容師は朱里と同じぐらい背が高かった。筋肉質で声がザラザラしている。

 その人はハイテンションな様子で自己紹介してくれた。

「普段は経理の仕事をしてるの。副業で美容師をやってんのよ。ここではマリアンヌと呼んでね。もちろん、あたし、こう見えて、ちゃーんと美容師の免許を持ってるわよ。金曜の夜と土日はマリアンヌになるのよ。うふん」

「兼業ですか? それは大変ですね」

 この店舗も一人でやっているという。

「実家の母親にこの姿を見せられないから仕方ないのよ。ここにいる時だけは女の子として羽を伸ばせるわ」

「マリアンヌはスタイリストとしても優秀なんだぜ」

 心は乙女のマリアンヌは朱里との付き合いが長いようである。

「あっらーー。こちらのお嬢さん、お肌ツルツルじゃないの。別に磨かなくても、このままでもいいんじゃない?」

「今日の夕刻にパーティーが開かれる。清楚系のメイクを頼む」

「オーケーよ。あらあら、今年も乙姫の誕生日パーティーに行くのね」

 言いながら、マリアンヌは苦笑している。朱里に対して、気の毒な人を見るような顔つきなになっている。どんなパーティーなのだろう。

「はいはい、それじゃ、切るわよ」

 鏡の前の椅子に座った由布子は鏡越しに背後の朱里に向けて尋ねる。ちなみに、朱里が座っている椅子はエマニエル夫人の椅子と同じものである。

「ちょっと、夏目さん、どういうつもりですか?」

「おまえ、マイ・フェア・レディーっていう映画を知ってるか?」

「知らないな」

 すると、マリアンヌが呆れたように呟いた。

「あらーー。素敵な映画よ。貧しい娘がリッチな人と出会って、色んな物を買い与えられて垢抜けていくのよ。きゃーーー。あたしも貢がれてみたいわぁ」

「それ、パパ活の話ですか?」

「あんたーー、何てこと言うのよ! 純愛よ。ロマンチックな物語よ!」

 優雅に鋏を操るマリアンヌはうっとりと身をよじっている。

「昔のイギリスを舞台にしたストーリーなのよ。町娘のイライザは花を売って生計を立てていたけれど、教授から正しい発音を教わり、真の淑女へと成長すの。女王陛下の前で喋っても庶民だとバレないほどに磨き抜かれていたのよ」

「へーえ、そうなんですか。ある種のシンデレラストーリーなんですね」

「男は金や手間隙をかけて女を磨くのよ。そうやってレディになるのね。だけど、男だって、彼女と過ごす事で成長するのよ。恋って人を変えるものなのよ」

「別に、オレはおまえと恋するつもりはない。おまえにはオレの援護をしてもらう。目標達成の為にバディになってもらうって事だ」

「どういうこと?」

「オレは乙姫との婚約をなかった事にしたいんだよ」

「そんなの、夏目さんがハッキリと婚約しませんって断ればいいだけの話じゃないの」

「それが出来ないから、こっちは苦労してんだよ。乙姫は方子さんの親友の娘なんだ。オレには拒否権がないのさ」

「えーーー。なんで?」

「一年前に亡くなった祖父が遺言している。綾小路家と夏目家の二代財閥が手を組めば、アジア随一の巨大企業に成長することも可能なんだ。政略結婚によって両家は栄えるが、オレの心は滅びること間違いなしだ」

「恋人がいれば破談になるの?」

「いや、オレに何人の恋人がいようと、綾小路家の人達はビクともしないさ。夏目家の男は愛人がいて当たり前だからな。英雄、色を好むって奴だ」

 ならば、恋人のフリをしても無駄じゃないのか?

「綾小路家の人達の前で馬鹿猫野郎になるのさ。名付けて、マイ・フェア・キャット大作戦だ」

 ポカンとしていると、朱里は身体をクネらせて由布子にスリスリしてきた。

「由布子ーーー。僕、いい子だニャン☆ 由布子にお尻ペンペンしてもらいたいニャン☆」

 本物のジュリは自分の事をおいらと言う。つまり、これは演技である。

「今、カットしているんだから、そういう悪ふざけはやめて下さいよ!」

「僕、甘えたいニャン☆」

「おだまり」

 咄嗟に、由布子は、その額をパーで張り倒していた。

「おう、その調子だ。バシバシ叩けばいいさ。昨日の夜の画像だ」

「うっ……。いつのまに撮ったの?」

「オレ自身の記憶がない間、何があるのか知りたいので自室にカメラを設置してる。オレ、おまえに叩かれて喜んでるようだな」

「その事なんだけど、叩かれて喜んでいるのは、うちの猫なの。荒唐無稽に思えるだろうけど、うちの子が、あなたに憑依しているの」

 信じてもらえないかと想っていたのに彼は頷いている。

「おう、どうやら、そのようだな。オレは自分が豹変した時の記憶がない。別の生き物の仕業なんだと思うと逆にホッとしたぜ。自分で言うのも何だが、おまえに叩かれて喜ぶ様子はひでぇよな。こんなの、生で見たら百年の恋も醒めるぞ。だから、それを乙姫に見せつけてやるのさ」

「昨日、桜が満開の公園で乙姫さんに会ったけど、あなたと結婚するつもりみたいだったよ」

 あの時の朱里の様子は奇怪そのものだというのに、乙姫は由布子へと嫉妬心を滾らせていたのである。

「そうだろうな。あの子が好きなのはオレの中味じゃなくて顔なんだ。だが、綾小路家の人達はそうじゃない。馬鹿なお婿さんなどいらないのさ」

  そうこうするうちに由布子の髪は少し短くなっていた。この後、ゆるくパーマをかけるという。

 由布子は髪型にごわりがないので、どんな髪型になろうが構わないのだが、そんなことより、ジュリだ。由布子は切々と訴えた。

「ジュリは、どこかの家に匿われているわ。早く見つけないと」

「ペット探偵に連絡しておくよ。その代わり、おまえも協力してくれ。オレが乙姫の前でニャンニャン言い出したら遠慮なくケツを叩くんだぞ。いいな、分かったな」

「うっ……」

 ハイと即答すべきなのか。いや、しかし、このミッションはあまりにもハードだ。躊躇していると朱里が脅してきた。

「エリザベスの餌代とジュリの捜索費用、いくらかかると思ってんだ?」

「そんなもの、あたしの自宅への侵入の罪を訴えたらどうなると思いますか。慰謝料とれますよ。未成年の女子の家で全裸になったんですからね! 指紋とか体毛とか落ちてるに決まってるし、証拠はバッチリだわ」

「おまえ、夏目家の怖さが分かってないな。消毒済みだよ。おまえが留守の間にオレの痕跡なんて消し去ってるさ」

 何だと! 

 清掃業者が勝手に寝室に入ったのか。それは酷いぞ。

「ほんと、夏目家ってムカつくーー」

 マリアンヌが、由布子の肩についた髪を落としながら鷹揚に微笑んでいる。

「あらあら、協力してあげてよ。イケメンのお尻をペンペン出来るなんて贅沢だわぁ。あたしなら、考えただけでヨダレが垂れちゃうわ。悶えちゃうわ」

 しかし、乙姫を怒らせたら暗殺されそうで怖い。

「夏目さん、そんなに嫌われたいなら、全裸になって高価なソファに向けてオシッコすればいいのに。あれを見たら、さすがの乙姫さんも結婚したくなくなるよ」

「猥褻罪や器物損壊で捕まる訳にはいかないんだよ。夏目家の男としてギリギリ許されるスキャンダルが、お尻ペンペン萌えなんだよ」

「でも、みんなスマホを持ってるから、やめといた方がいいと思うけどな~」

「いいんだよ。思いっきりやってくれ」

 朱里は婚約破棄の大芝居を打とうとしているようだ。



         ☆

 

 とまぁ、そんんな風な事を言い合いながら、由布子が美容院で髪を切り終えた頃、事件が起きようとしていた。

 午後六時。岸辺老人の廃屋へと忍び寄る人物がいた。キョロキョロと周囲を見回しながら、町内会長が岸辺の家へと入り込んでいく。後ろめたいのか、その人は薄い眉をハの字に下げていた。この町の町内会長の笹倉は一大決心をしてここまで来たのだ。

「おまえ達、すまないが、街から出て行ってもらうよ」

 会長はタマとホームズを捕まえると、よっこらしょと周囲を見回した。

「それにしても、ゴミだけらけじゃないか。困ったもんだね」

 薄暗くて物で溢れた部屋を電灯で照らす。

「おやおや、ここにもいるのかね」

 ゲージの中にいるのはジュリである。会長はジュリの鼻先にまたたびを嗅がせる。それから、そっと抱き上げてからダンボールに詰め込むと情けない顔のまま単車を飛ばした。

(わたしの妻の米子は花壇を荒らされるとヒステリーを起こすんだよ。どうか、どこか遠くで暮らしておくれ)

 半時間ほど走った後、会長はダンホールを河原に置いて逃げた。哀れなジュリは海からも近い河川敷で放り出されていたのである。ちなみに、他の猫はダンボールから脱出してどこかに逃亡している。

 ジュリは車酔いをしておりグッタリしていた。

(ここはどこなんだ? 風の音と水の音がするニャ。遠くで、子供達が笑う声が聞こえるニャ)

 河川敷の野球場からの声である。

(この箱から出たいニャ、困ったニャ。脚が痛くて乗り越えられないニャ。どうしたらいいのかニャ。由布子、おいら、とんでもないところに来たみたいだぞ)

 ニャーニャーと声の限り叫ぶ。ミィーーーー。必死にアピールしたが、草むらに置かれたダンボールに気付く者などいない。ここを通るのはホームレスぐらいなものだ。

 どんどん日が暮れていき、心細くて震えていると、サッカー帰りの少年が気まぐれにダンボールを蹴っ飛ばした。

 チャップン……。ダンボールに詰められたままジュリは川に落とされたのだ。


      ☆


 ジュリが川に落ちた頃。近隣の物から竜宮城と呼ばれている乙姫の自宅ではパーティーの準備に追われており、スタッフが走り回っていた。

 乙姫の父方の祖先は明治維新に深く関わったとされている。

 電気会社、鉄鋼、および商社。あらゆる業種に深く関わっている綾小路家の資産は莫大だ。今でこそ、夏目グループに差をつけられているものの、戦前、世間では、西の綾小路、東の夏目と呼ばれていたのである。

 乙姫の曽祖父が文学青年だったので中堅どころの出版社も保有している。それもあってか、綾小路家はマスコミにも顔が利く。

 元々、乙姫の祖母は京都の公家の血を引いているので京都市内からは出たくない。ということで、引退した祖父母は京都の一等地に住んでいる。

 乙姫の大学生の兄はワシントン。乙姫の社会人の兄はドイツの支店で働いている。今、リゾートホテルの建設に力を入れている乙姫の父は海外を点々としている。綾小路家にいるのは、乙姫と、その母と、メイド達のみ。

 ちなみに、乙姫の母の百合は、本日、政治家のパーティーに出席している。

 乙姫の侍女であり教育係りである女の名は西川美音子。四十九歳。独身。西川が乙姫のパーティーをセッティングしたのだ。

「皆様、本日は、乙姫様のお誕生日に集まっていただき、誠にありがとうございます」

 綾小路家の広いリビングには男七人女七人の美男美女。全員が雇われた人達、つまりサクラだ。

 艶やかなワンピース姿の声優事務所に所属している女Aがアニメで呟いている。

「はぁーー。相変わらず、竜宮城は豪華ね。また今年も、この季節が来たわね~」

「オレは楽しみだぜ。レンタル彼氏のバイトよりはラクでいいよ。うまいもん食って、面白い手品や寸劇を見て楽しく二時間ほど過ごすだけでニ万だ」

 そう言ったのは、大学のサークルで劇をしながら、時々、執事喫茶で働いている男Bである。

「それは分かってるけどさ、あのブスの婚約者が超イケメンってのが腑に落ちないのよね」

「金持ちってのは、案外、不自由なんだな。結婚相手を自由に選べないのなら、オレは庶民でいいや」

 すると、ヒラヒラとお洋服の裾をなびかせながら乙姫が現れた。

 タレント養成所に通いながら女優を夢見ている女Bが言う、 

「うわーー。今日もイタイ服装してるわぁ」

 しかし、副業としてレンタル彼氏をしているサラリーマンの男Cが言う。

「あの子、普通にしてたら、ぽっちゃりして可愛いのにな」

「おまえ、そういう趣味なのか。まぁ、好みは人それぞれだな。問題があるのは性格だよ。なんだよ、これ」

 皆に手渡されているのは台本である。

 台詞の内容がイタイ。

『乙姫様って本当に可愛らしくて羨ましいです。あたしも乙姫様のような女子になりたかっです』と、言いながら女一号がプレゼントを手渡すというト書き入りである。

『乙姫さんみたいな清楚なお嬢様が婚約者だなんて、おまえは幸せ者だな』と言って、夏目朱里の肩を肘で小突く。

 料理の小皿を持ってたまま乙姫のことを崇めるように微笑むという指示が出ている。

 もはや、お誕生日会という名の茶番劇。

「オレなんて役者の卵だから、こういうのは逆に嬉しいけどね」

「あたしも声優の端くれだから頑張るわよ。だけど、こんなことやってて、あの娘、虚しくないのかな。新しく雇われた子達は台本を覚えようと必死だわ。あたし達は余裕ね。台詞を忘れたら乙姫を褒めておけばいいんだもん。美辞麗句を並べときゃ安泰よ」

 そんな会話をする男女のキャスト達だったが……。

「お嬢様、夏目様がおいでになられました」

 司会進行役は侍女の西川だ。乙姫は声を荒らげた。

「ちょっと、何なの。あたし、こんな女、呼んでいませんわよ」

 完璧に着飾った朱里の隣には由布子がいる。正確に言うと、朱里が由布子の腕にしがみつくようにしてベッタリとくつついたままスリスリしている。

「お誕生日、おめでとうだニャン」

「な、夏目様……。その女は何ですの」

 それには化粧っ気のない西川が答える。

「三井様からの伝言です。この娘はヘルパーだそうです。容態が悪化した時には助けになるそうです。例えるなら、生きた杖のようなものですわね。道具と同じですので、お気になさらないで下さい」

 気にするなと言われても、朱里の様子はどう見ても妙だ。

「うーれしいなっ。由布子といつも一緒だニャン。僕の由布子は世界で一番綺麗で可愛い人間だニャン☆ 広瀬すずよりも可愛いニャン☆」

 スリスリ。スリスリ。

 朱里は由布子にべったりへばりついているが、由布子としては何とも複雑である。

(あたしが広瀬すずより可愛い訳がないだろう! マジでムカつくわ。夏目さんの悪ふざけに付き合いきれないわ~)

 スリスリ。猫になりきっている朱里の馬鹿面を見た古参のキャスト達は青褪めている。

「どうなってんの。夏目様、ぶっこわれてるわよ」

 もちろん、新しいキャストもコソコソと囁き合っている。

『乙姫様の彼氏、おつむ、やばくない?』

 ザワザワ。文字通り波紋が広がっていくのは無理もなかろう。由布子は、周囲のざわめきを敏感に感じ取りドキドキしてしまう。

 マイクを握る西川が言う。

「み、皆様、婚約者の夏目様は、事故に遭われまして、すこーし、記憶が曖昧になっておられますが、気にしないで下さいませ」

「うおっ、夏目の坊ちゃんの連れの女、すげぇ美人。オレの好みだわ」

「アイドルとか女優さんの卵なのかな」

「いいなぁ。僕も、ああいうヘルパーさんが欲しいな」

 売れない声優の女Aは乙姫を観察していたのである。そして、意地悪く笑っている。

(乙姫のあの顔……。おおっ、こわっ)

 夏目が御乱心のハプニングがあろうとも、台本通りに誕生日のプレゼントは、みんなから手渡されていくのである。

 ちなみに、これらのブレゼントは、乙姫の侍女の西川が事前に買ったものである。それを、キャスト達が乙姫を囲んで美辞麗句と共に渡していくというのが、お約束なのだ。シナリオを書いたのは西川だ。

『乙姫ちゃんみたいな子とお友達になれて、あたしは三国一の果報者です』

『乙姫様の美しさには、ダイヤモンドも薔薇の花束も負けてしまいます』

 最後に朱里の番になったので、豪華なラッピングを施された箱を手に乙姫の元へと進む。

「お誕生日、おめでとう。僕からのプレゼントだニャン」

「あら、何かしら」

「僕の好きなものだニャン」

 去年はダイヤモンドのペンダントで、その前の年は真珠の髪飾り。そして、今年は何なのかと乙姫は期待も込めて箱を開いていく……。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 乙姫の悲鳴が隅々まで轟いた。彼女が驚くのも当然だ。

 プレゼントの箱の中には生きた鼠がいる。しかも三匹が飛び出してきたので、由布子の腰が抜けそうになった。ラットではなくて正真正銘のドブ鼠である。新宿二丁目の路地裏にいた大きな野良鼠をペット探偵が捕まえてくれたのだ。

「は、早く捕まえなさい。捕まえたら賞金を出しますよ」

 西川は素早くこの緊急事態に対応している。鼠がいるなど言語道断。早く片付けねばならない。幸い、金ならばいくらでもある。

『賞金』

 その言葉に、みんな、顔色を変えて動き出した。ドタバタッ。御屋敷は大騒ぎになり、そのコミカルな光景はトムとジェリーの実写版のように騒がしい。チャップリンの映画のようなドタバタが続いている

「あはは。みんな、鼠を捕まえろーー。僕も頑張るぞーーー。あはは」

 無邪気に飛び跳ねるようにして朱里が走り回る。鼠を追うフリをしながら、テーブルの上に置かれてる白い豪華なケーキに突進していく。バコンと顔からケーキに突っ込み、朱里の顔が馬鹿殿状態になっている。

(夏目さん、やり過ぎだわ)

 ジャグリングや手品を披露する為に控えていた人達も、何が起きたのかと言いたげに目をパチクリさせている。

「ちょっと、何するのよ」

 鼠に飛び掛ろうとした男Bに押し倒された女Aがムッとなる。そして、男Bを突き飛ばすと、彼は、よろけて、ビュッフェ形式の料理が置かれたテーブルに背中から倒れ込む。

 グァッシャン。料理も皿も床に落下している。

「あーーーっ、そこに鼠がいるぞーー。ニャニャニャーーー。突撃ーーーっ」

 朱里は、落下している骨付きチキンを振り回して鼠を叩こうとする。

「いやいや、そんなんじゃ駄目っスよ。オレ、ゲーセンで鍛えているから、こういうの慣れてます」

 男Cは、ガッと鼠に飛び掛ると自分の胸の下で押さえ込み、生きのいい鼠を取り押さえたのだ。朱里が子供のように叫び、称えている。

「おまえは狩りが上手いニャーーン。猫の鑑だニャーーーン」

「いやぁ、それほどでもないっス。賞金はオレのものっスね。えへへ」

 男Cは、まんざらでもない様子で笑っている。

 しかし、女性陣は鼠を見る度に逃げようとする。てんやわんやの大騒ぎだ。床に落ちたチキンの油に滑って転ぶ者や、ケーキの生クリームを踏んで転ぶ者が続出している。

(お誕生会の会場がカオスだわ……)

 いつもなら、朱里は王子様のように優しく微笑みながら乙姫の手を握って楽しいショーを鑑賞していたらしい。それが、今年は、こんな悲惨な結果になっている。

 乙姫はこの惨劇に言葉を失くしていた。由布子は、どこか虚しさのようなものを覚えていた。

(こういうやり方って卑怯な気がする。結婚したくないのなら、自分の言葉で口にするべきだと思うんたけど……)

 朱里の悪ふざけがヒートアップしていき、会場は熱を帯びている。

「ほうら、水鉄砲だニャーーーーン。マシンガンだぞーー。ドドドッ」

 はしゃぐようにして、未成年の乙姫用のノンアルコールの甘いシャンパンを部屋にぶちまけている。おかげで、そこにいる人達は水に濡れてしまい、キャーキャーと騒いでいる。

 乙姫は、この悪夢を睨みつけるようにして眺めている。その目には涙が浮かんでいる。由布子の胸がズキッと痛んだ。

(何か、こういうのってよくないよな)

 馬鹿騒ぎを満喫している朱里に近寄るとパシッと頬を打っていた。

「もう、やめなさい! 食べ物を粗末にしたら罰が当たるよ! お母さんから教わらなかったの!」

「……ぐっ」

 朱里はぶたれた頬を押さえると下唇を噛み締めた。

「ママは、そんなこと教えてくれなかったニャン。しょーがないだろう。僕にはママなんて最初からいないんだよ!」

 まるで泣いているような切羽詰まった顔つきで訴えている。由布子は、その言葉に哀しみを感じとりながらも、ズンと踏み込む。

「それなら、あたしが教えてあげる。言いたいことがあるなら、相手の目を見て話すの。もう、こんな馬鹿な事はやめな。ちゃんとしようよ」

「やだやだ、もっと遊びたいニャーン」

 崩れ落ちているケーキの残骸を由布子の顔にぶつけてきた。これには由布子はカチンとなる。

「あたし、食べ物を粗末にするなって言ってるよね!」

 バコッ。由布子のグーパンチが朱里の腹部に炸裂している。

「ぐっ……」

「な、なんて暴力的な女ですの……」

 どんぐり眼を最大限に開いて乙姫が絶句している。

 腹を押さえ込むようにして腰を落としている朱里が、にまっと笑った。

「気持ちいいニャーン。由布子のパンチは最高だニャン。もっと、激しくペンペンして欲しいニャーン」

 デレデレしながら由布子にスリスリしている。

 スリスリ。ゴロニャン。誰もが、その光景に呑み込まれてドン引きしている。まさしくカオス。

「だから、もうそういうのはやめなさいって言ってるでしょう」

 こうなったら、朱里が猿芝居をしている事を暴露するしかない。

 忌々し気に由布子が朱里の頭をスコーンと平手打ちした時、背後から、エリカのハスキーな声が聞えてきた。

「あっらーーー。今夜のパーティーはいつもと趣向が違うのね。遅れてごめんさいね」

 プレゼントの入った袋を乙姫に差し出そうとした時、目の前を灰色の巨大な鼠が横切った。

「いやーーーん。何なのよ」

 キャスト達の顔や身体は、いつのまにかケーキやシャンペンにまみれて汚れている。

 食べ物が床に零れており、さすがに、この状態でのバーティーは無理と判断した西川が、皆に向かって険しい顔で告げている。

「さて、皆様、今夜は、これでお開きといたします」

 パンッ。西川の指令によってメイド達が片付け始めた。

 西川は、別室にてスタンバイしていた大道芸人達に向けて、あなた達も退出するようにと促がしている。

「はい、皆様、お疲れ様でした」

 有能な西川は報酬を手渡している。問答無用の強制終了だ。お誕生会は打ち切りとなった。

『早く終わったわね。拘束時間、二時間は覚悟してたのに』

『西川さん、口止め料として余分に一万円、くれたわよ』

『いやいや、何にしても、今日は色んな意味で楽しかったぜ』

『それにしても、夏目さん、どうなってんの?』

『おい、それ、Xとかインスタとかで呟くと殺されるぞ』

『言う訳ないじゃん。事故って怖いわね。あんなにカッコいい夏目様が、あんなことになるなんて……』

『今年も、クリスマスパーティーをやるのかな。その日、空けとこうっと。久しぶりに笑ったわ』

 そこにいた全員が、また来たいと思うほどにエキサイティングな夜だった。


       ☆



 帰宅途中の車内で朱里は自分の腹のあたりを摩っていた。不機嫌そうに由布子をガン見している。

「てめぇ、先刻は、よくも思いっきり腹と頭を殴ってくれたな」

「教育的指導だよ……」

「嘘つけ。あれは鉄拳だぞ」

「それを言うなら、夏目さんこそ、こんな事に付き合わせたりしてパワハラだよ。ていうか、乙姫と向き合わないと失礼だよ。自分が逆の立場ならどう思うの? 夏目さんは、自分が抱えている問題と向き合うのが怖いんだね」

「おまえにオレの何が分かる?」

 その声は低く掠れている。由布子は臆する事なく言った。

「でも、自分の将来のことは自分で決断するしかないんだよ。乙姫さんと結婚したくないなら、それを相手に言うしかないよ」

「できねぇから困ってんだろう!」

「夏目さんって臆病だね。年齢の割に子供っぽいよね」

「そういう問題じゃねぇんだよ。もうこれ以上、方子さんに迷惑をかける訳にはいかねぇんだよ!」

「どいうこと?」

 由布子が尋ねようとした時、朱里のスマホが鳴った。それは、朱里が雇っているペット探偵の仁科からの電話だ。

「大変です。夕刻、入院中の猫じぃの許可を得て廃屋を捜索しましたが、どこにもジュリはいません。ゲージは空でした。付近に設置していたカメラを見たところ、町内会長が中からミカン箱を持って出てくる映像が残っていました」

 朱里が少し苛立ったように言う。

「いいから結論を先に言え」

「町内会長がジュリと思われる猫を河川敷の草むらに遺棄したのです。今、その河原に到着しましたが、ミカン箱がみつかりません」

 隣で聞いていた由布子は一気に青褪めた。

(そんな……。嘘よ。それじゃ、ジュリはどこにいるのよ?)

 まだまだ仁科の報告は続いている。

「その時、ちょうど、土手をジョギングしていた人に話を聞いたところ、ミカン箱を河に投げ込んだ中学生がいたそうなんです。おそらく、猫は箱に詰められたまま水の中で溺れたものかと……」

 たまらなくなって由布子は叫んだ。

「嘘よ。そんなの信じない! ジュリは生きてる。あたし、ジュリを探しに行くわ」


      ☆

 

 乙姫の邸宅の大ホールではパーティーの残骸を片付けるメイド達が仕事に追われていた。

 乙姫は、天涯つきのベッドの枕に顔を伏せて号泣している。

「何なのよ。あの女、でしゃばって!」

 あんな楽しそうにはしゃぐ夏目を見たのは初めてだ。

「あの女に叩かれて幸せそうにしてたけど、わたしだって、その気になれば叩けますわ。それなのに、どうして、あの女だけに叩かせるのかしら。ほんと、ムカつきますわ」

 当り散らしていた。ピンク色の向けて壁にお気に入りのアニメのフィギアを投げつけていく。そこに乙姫の母の百合が入ってきのである。

「乙姫ちゃん、どうかしましたか?」

「ママ、聞いてよ。パーティーは散々だったの。夏目様、わたしの許可なく変な女を連れてきたのよ」

 今夜の惨劇について話すと、ふくよかな顔で微笑んだ。

「御病気なんだもの。仕方ないでしよう? 夏目家では妻以外の女を囲うのが伝統なのよ。あなたも、それを理解しなくてはいけませんわよ」

「でも、あの女、すっごく偉そうなの。脚が綺麗なのを自慢するようなミニスカートのドレスで現れたのよ。わたしへの対抗意識をむき出しにするの。ほんと、すごーく嫌な女なの」

「それは困りましたね。リベンジすればいいのよ。ママに任せなさい」

 一週間後。百合の四十三歳の誕生日のパーティーが五つ星ホテルで行なわれる。

「今年は夏目君も呼ぶことにするわ。スイートルームを用意してあげる。二人で泊まるといいわ」

 百合は我が子の為なら何でもするつもりである。

 乙姫の兄達は先妻の息子。乙姫だけが後妻の百合の実の娘なのだ。百合のルックスは女優の山村紅葉さんに酷似している。

「あらあら、泣かないのよ」

 百合はイタリア製のレースのハンカチを娘の頬に添えている。

(こうなったら、方子さんにも協力してもらうしかないわね。あそこの息子は継母の言いなりだものね)

 よしよしと乙姫をなだめながら囁いている。

「それじゃママと作戦を練りましょうね。あなたが快適に過ごせるように、邪魔な者を取り除いてあげますよ」

 乙姫の父親はポッチャリ愛好家だ。ふくよかで濃い顔立ちの女の人が何よりも好きだ。乃木坂やAKBなど、乙姫の家庭では不憫な干物女である。

 そんな乙姫は、私立の名門の女子高に入るまで、自分は世界で一番の美人なのだと思っていた。母も父も、乙姫のことを誰よりも綺麗と褒め続けていたからだ。

 本気で娘を世界で最も可愛いと思っている百合は心の中で呟く。

(魚の骨と取り除くのと何も変わらないわ。母の愛は海よりも深いのよ)

 だが、百合が去った後も乙姫の涙は止まらない。最近の乙姫は自分が可愛くないことを自覚していた。可愛いと思いたくても、クラスの女の子達か乙姫に現実を突きつけてくる。

 でも、お誕生日の日だけは自分が主役になれる。それなのに……。何なのよと、怒りを炸裂させるとクッションやぬいぐるみを壁に投げつけた。沈黙が痛々しい。ミッキーマウスが不自然な体勢で床に落ちている。

 乙姫はタラコのように分厚い唇をきつく噛み締めた。

(あの女、サラサラの髪なのに、わざわざパーマをかけるなんてどうかしてるわ。あの女、きっと頭がおかしいのよ! 正気とは思えないわ)

 色んな意味で由布子は乙姫のコンプレックスを刺激する。


             ☆


 深夜の河べりには簡易のテントのようなホームレスの家が建っている。

 四月はまだまだ寒い。ましてや水に濡れたとなると、ヒューッと風が吹くだけで身体が縮みあがりそうになる。

『寒いニャ。ここはどこなんだよう。おいら、寒くてたまらんニャ。由布子、おいら、おまえに会いたいニャーーーー。うえーーーん。お腹、空いたニャーー』

 ジュリは満身創痍だった。鼻水と目脂を出してブルブルと震えている。ジュリは汚い布に包まれていた。側にいるのは赤木という優しい雰囲気の初老のホームレスだ。焚き火の前で服を乾かしながら言う。

「河に捨てられて漂流して泣いてるこいつを拾ったのはいいが、その日暮らしの俺に猫の餌を買う甲斐性はない。可哀想に。こいつは脚が折れてやがる。飼い主は、医者に連れて行くのが面倒で河に投げたようだな。ひでぇことしやがるぜ」

 赤木の友人のホームレスが焚き木をくべながら言う。

「保護猫を助けている猫カフェに連れて行けばいいじゃねぇのか」

「そこまでの電車賃が惜しいし、身分証とか見せろと言われても困る」

「ほんじゃ、歩いていける範囲で猫を囲ってくれる場所に連れて行こうぜ。マダムの御屋敷がいいんじゃねぇのか」

 マダムと呼ばれている美しい婦人は大金持ちだ。

「オレ、マダムの家に行くよ」

「そうだな。その方がいいな」

 赤木は毛布にくるんだジュリを抱きかかえたまま歩き出す。そして、マダムの家のピンポンを鳴らすと、そのままそこにジュリとメモを置いて立ち去っていく。

『この猫は飼い主に虐待されて捨てられました。助けてやって下さい』

 すると、エレガントな装いのマダムが現れた。そっとジュリを抱きかかえると口元を綻ばせたのだ。

「新しい家族が訪れるという星のお告げは本当だったわね」

 マダムの豪華な自宅にはフカフカの毛並みの灰色の美人猫がいる。その目はブルー。まるで青い宝石のような美しい猫に向けてマダムが話しかけていく。

「サファイアちゃん、あなたの新しいお友達が来ましたよ」


          ☆

 ジュリは保護されている。しかし、そうとは知らない由布子は河川敷をくまなく捜索していた。周囲は暗い。ジュリを捨てたとされる現場の土手には雑草が生茂っている。

 懐中電灯を照らして丁寧に捜索するが見付からない。

「ジュリーーーーー。どこにいるの。返事してーーーーー」

「おい、おまえは帰れ。ペット探偵に任せろ。もういいだろう」

 朱里は由布子に付き添いながらもイラついている。仁科も河川敷の下流をくまなく捜索している真っ最中のようだ。

「その探偵の仕事が遅いからこうなったんだよ。ジュリは、あたしの家族なの。あたしの親友なの。弟なの。息子なの。あたしにとっては何よりも愛しいものなの。ジュリが死んだら、あたしも死ぬ!」

 川に投げ込んだのは誰だろう。なんで、そんなひどい事をするのだろう。

「もう、三時間も探してんだぞ。夕飯も食ってねぇだろう。ひとまず、帰れ」

 朱里と由布子の二人の豪華な衣服も靴も汚れており、どちらも疲れきっている。朱里は強引に由布子を肩に担ぐと河川敷をズンズン歩いて車が停まっているところへと歩き出す。

「探したいんだから邪魔しないで」

「このままだと、おまえが倒れるぞ」

「あなたには、あたしの気持ちなんて分からないよ」

「……」

 しかし、この瞬間、朱里の胸の中で色々な光景が浮かんだ。過去の哀しみの破片が朱里の胸に跳ね返る。

『ママーーー。ママ、どこなの?』 

 その時、朱里のママは石垣島にいた。お気に入りのホストとデートをしていたというのだ。

 その後、ママが自分の側からいなくなってしまう。寂しかった。でも、朱里には大切な猫がいた。夏目家の養子になる前から一緒だった。キキは大切な友達だ。

『キキー、どこにいるんだよ』

 しかし、ある夜、大好きな黒猫のキキがいなくなった。朱里は家から飛び出して、今の由布子のように狂ったように街中を歩き回っていたのだ。

 大好きな猫の不在に気が狂いそうになる気持ちなら朱里も知っている。

(不安で押し潰されそうな気持ちのまま無理をすると、こいつが潰れてしまう)

 由布子は気付いていないが、朱里の目には薄っすらと涙が滲んでいる。

「いいから命令だ。今夜の捜索はここまでだ。もう帰るぞ」

 暴れる由布子を担いでいた。有無を言わさぬ迫力で石段を上がりベンツへのある場所へと進んでいく。

 朱里の顔は、これまで見せたことがないほどに男らしいものになっている。強制的に運ばれてい状態の由布子はヒステリックに泣いていた。

「やだーーー。ジュリを探すんだってばぁーー」

 ベンツの運転席で運転手の柴田は待っていた。スマホ片手にゲームをして暇を潰していたのである。

(しっかし、よくやるね。もう三時間も猫を探し回るなんて御苦労なこった。オレは残業手当がつくので別にいいけどね)

 瀬戸由布子について気付いた事があれば、逐一、報告するようにと執事の坂元から指示されている。

 だから、こう記しておいたのだ。

『坊ちゃんは小娘に御執心。そして、瀬戸由布子のアキレス腱は猫のジュリ……』






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