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闇小説鍋  作者: 熱湯ピエロ
次元超越世紀末激闘編
8/19

森谷の事件

『森谷の事件』


 森谷もりや 座一ざいち。32歳。

 わかっているだけで18もの犯罪について起訴され、少なくとも3名の尊い人命を奪っている。

 8年前に逮捕。死刑判決を5年前に受けている。

 今はただ刑が執行されるのを待っているだけの死刑囚。

 それが森谷という男の……表の顔。


 森谷には裏の顔がある。

 世間には知られてはいけない裏の顔が。


 ある日、牢の中で森谷は差し入れられた新聞を広げて読んでいた。

 そして、ふいに看守を呼び、新聞のある記事を指しながら言ニヤニヤした笑みを浮かべて言った。


「この事件は解決したのか」


 森谷が指していたのは、新聞の一面を飾るほど世間を賑わせている殺人事件だった。

 事件はとある住宅街で男が深夜に殺された事件。男は三人家族の父親であった。

 幸か不幸か、子供と母親は実家に戻っており難を逃れた。

 家の中がかなり荒らされていたことから、金目当ての空き巣による強盗殺人とみて捜査がされている。

 概要はそんなところだ。

 看守は顔をしかめ、「知るか」とだけ言って相手にしなかった。

 しかし、森谷は気にせずに一人で勝手にべらべらと話す。


「これは恨みだ」「殺された奴が若すぎる」「空き巣だって馬鹿じゃない」「子供がいる若夫婦の一軒家なんて絶対狙わん」「金目当ては有り得ない」「家を荒らしたのは目くらまし」「母親の人間関係を調べた方がいい」


 最初は聞き流していた看守も、妙に説得力のある森谷の言葉に耳を傾けるようになる。「まさか」とは思いつつも、看守は念のため事件の捜査本部へと一報を入れた。

 そして、この一報がきっかけとなり、犯人の逮捕につながった。

 犯人は母親の不倫相手であった。

 それからも森谷はニヤニヤとした笑みを浮かべ、看守を呼び、新聞を指さす。


「この事件は解決したのか?」


 そして、ことごとく、事件の核心に迫る情報を提供した。

 いつからか、警察は特別参考人として、森谷に事件の意見を聞くようになった。

 森谷は「俺の話が事件解決に繋がったら、一カ月だけ死刑を伸ばしてくれ」と取引を持ち掛け、警察はそれを受諾した。


 そう、森谷の裏の顔。

 それはアドバイザー。警察のアドバイザーである。

 森谷の死刑執行は、既に二年と三カ月先延ばしにされることが決定している。



 鬼島おにじま かおるは刑事である。

 鬼島刑事! なんていうと敏腕のベテラン刑事が浮かぶが、『彼女』は卸したてのスーツが似合うピカピカの新米だ。だが、心はベテランにも負けない熱さがあると自負している! 早く担当の事件を持って、バリバリ刑事として働きたいと常に思っていた。

 今日も今日とて、その熱さを上司の野中のなか刑事課長にぶつけにきたのだ。


「課長! 何かいい事件ありませんか! 私にやらせて下さい!」

「あのねぇ、鬼島くん……」


 コーヒーを飲みながら野中は呆れ顔を浮かべる。


「いい事件って、きみ。事件にいいものなんてないよ、きみ」

「言葉の綾でアリマス! いいといっても『丁度いい』の『いい』で」

「それもどうかと思うなぁ」


 野中はため息をついた。

 そして、ふと思い立ったように、手を叩く。


「そうだ。アレ、あったね」

「え! もしかしてあるんですか!?」

「うんうん。今日はあの日だったねぇ。丁度いい。鬼島くん。11時頃に、署の窓口の方、行ってみなさい。そこに来るご婦人の事件、君担当していいよ。一人でいいなら、だけどね」

「ご婦人? あの、猫探しとかなら」

「いやいや、とんでもなくデカいヤマだよ!」

「本当に!? くぅぅ、やったぁぁ! やりまぁす!!」


 薫は跳び上がらんばかりに喜んだ!

 これで私もいっぱしの刑事の仲間入り!

 だが、不思議なことに、周囲の同僚たちは何故か憐れみの視線をこちらに向けていた。

 戸惑う彼女の肩を野中がポンと叩く。その顔には小憎らしい笑みを浮かべていた。


「ま、好きにやってみたらいいよ。初担当、頑張ってね」



「本当に、本当にまた調べて下さるのですか?」


 皆が何故、憐れみの目で自分を見たのか、わかった。

 薫は元気づけるように頷く。


「えぇ! 私に出来る精一杯、やらせて頂きます!」


 署に11時に現れた初老の女性。彼女はある『10年前の殺人事件』の関係者。

 そして、10年間ずっと、週に一度のペースで捜査の進捗が無いかを署に確認しにきていたらしい。


 つまり、『その事件』は……未だ解決していない。しかも、もう担当すらいないということは、所謂『迷宮入り事件』。

 確かにデカいヤマ。デカすぎて誰も手を出そうとしないほどの。

 薫はあの狸課長(クソ野中)に体よくあしらわれたのだ、と理解した。


「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」


 でも、薫には、痩せ細り目が落ち窪んだ疲れ切った様子のこの女性を、涙を浮かべ何度も感謝をする彼女を、見捨てることなど出来なかった。力になりたいと心から思った。

 何故なら薫は……正義の刑事なのだから!



 署の資料室に来た薫は、とりあえず『10年前の殺人事件』について一から調べることにした。

 関係のありそうなファイルを引っ張り出しては、大きな作業机の上にせっせと広げて並べていく。


「児童殺傷事件……通称『トオルくん殺害事件』か」


 薫は自身の手帳を開き、メモを取りながら一人呟いた。

 10年前といえば、自分はまだブリブリの中学生……でも、この事件についてはよく覚えている。

薫は当時を思い出す。

 この事件は、センセーショナルにテレビで連日報道されていたものだ。


 (200X年)10月23日(日)の20時30分、母親からの通報により発覚。

 被害者は『水島みずしま とおる』、10歳。

 現場は自宅1階の居間。

 腹部を『果物ナイフ』で刺さされたことによる失血死。

 死亡推定時刻は同日の16時から17時。

 通報者は「17時ごろに帰宅した直後に何者かに襲われ気絶していた」と証言。額に外傷有。


 事件概要はざっとこんなところか。子供が殺害された、というだけでもかなりインパクトはあるが、話題の焦点はそこではない。

 きっと、どっかの馬鹿が捜査情報を洩らしたのだろう。

 なんと、ある週刊誌によって、警察が『被害者の母親』を被疑者としていることがスッパ抜かれてしまったのだ!

 その注目度、世間が受けたショック、計り知れないものがある。

 それからは『疑惑の母親』の特集が連日のように組まれ、お茶の間を大いに賑わせた……というわけだ。


「『疑惑の母親』……『水島みずしま 裕子ゆうこ』」


 薫は呟く。

 裕子。署に来ていた女性と同じ名前……

 そう、10年もの間『トオルくん殺害事件』の進捗確認を続けている彼女……彼女こそ、その『疑惑の母親』本人なのだ……


 息子を殺され、世間に食い物にされた彼女が、まともな人生を歩めなくなったことは容易に想像できる。

 どれだけの苦労があっただろう。

 どれだけ悔しい思いをしただろう。

 それを思うだけで薫の胸は張り裂けそうになる。

 もちろん、当時逮捕には至らなかっただけで実は本当に、という可能性について薫は否定しない。

 だが、薫は裕子を信じることにした。

 理由は目だ。

 彼女の目は、ただただ事件の真相を明らかにしてほしい、そう訴えていた。

 後ろめたい気持ちは一切感じられなかった。そんな人が犯人であるわけがない。


「……よぉし、好きにやってやろうじゃないの!」


 薫は肩を回し、目の前のファイルを舐めるように睨みつけた。



 数時間後。


「はぁぁぁ……」


 薫は頭を抱え、深いため息をついていた。


 気絶させられた母親。自宅へと戻った直後に襲われた、というが、額の傷は『居間に置かれたテーブルの角』によるものと断定されている。

 凶器の果物ナイフ。被害者のすぐ傍に落ちており、ナイフ自体は水島家に元々あったものと確認が取れている。指紋は母親のものしか発見されていない。

 キッチンのフライパンの上で『何かが燃やされた』痕跡有。燃え滓の分析から布の繊維などが発見されており、『食べ物ではない』ことは分かっている。

 被害者に争ったような形跡や室内が荒らされた形跡は無し。金品類も特に盗まれてはいない。

 家屋内には家族や水島家と交友のある者ら以外の毛髪等は落ちていなかった。不審な指紋も特に無し。

 1階窓の鍵が開いていたことから、犯人の侵入経路はここかと思われるが、特に目立つ痕跡無し。

 家の周囲には不審な足跡等は無し。

 特に有効な目撃情報は無し。


「はぁぁぁ……」


 薫は再度深いため息をついた。

 この事件は『犯行の痕跡』は至るところにある。間違いなく、殺人だ。だが、『犯人の痕跡』がまるで無い。

 今となっては、母親が捜査線上に上がった理由も分かる。『全ては外部からの犯行に見せかけるための偽装工作』と言われれば、納得できてしまうのだ……

 いやいや、と彼女は首を振った。

 信じると決めた、自分の刑事のカンを信じる!

 薫は立ち上がると、小さく「よしっ」と気合を入れる。


「情報は足で稼がなきゃね! 事件のことも大体分かったし、裕子さんに話を聞きにいこっと!」


 彼女は己を鼓舞するように明るく言うと、作業机の脇に置いておいた肩掛けバッグを掴み、資料室を後にした。



「ようこそおいで下さいました……」


 裕子は疲れた笑顔を浮かべ、そう言った。現在、彼女は六畳一間の安アパートで一人暮らしをしていた。

 息子を失ってからというもの、家族仲が上手くいかなくなって離婚してしまったそうだ。そのため、事件当時の水島姓から旧姓の青山に戻った、と彼女は説明してくれた。

 ちゃぶ台に置かれたお茶をすすりながら、薫は視線だけ動かしてそっと部屋の様子を窺う。


「何もないでしょう?」

「えっいや!」


 裕子の言葉に薫はドキリとして居住まいを正した。

 ただ、本当に何も無かった。その何も無さにびっくりしていたのは事実であった。

 ちゃぶ台、布団、いくつかの調理器具に、冷蔵庫。

 多分、これくらいしかない。一人の大人が暮らすには、あまりにも寂しい。

 裕子はちゃぶ台におかれた写真立てを愛おしそうに撫でた。そこには笑顔の男の子の色褪せた写真が入っている。


「この子が死んでしまった時の家財道具を全て、倉庫に保管しているんです。その維持にお金がかかって、自分のものはあまり買えなくて……」

「へ? 全て!?」


 薫は驚く。


「な、何故、と聞いても?」

「カガク捜査というものは、日々進歩していると聞いています。今日分からないことが、明日分かるようになる。だから、押収品以外も全て事件当時のまま、保管することにしました。何が証拠になるのか、私には分からないので。ただ、どうしても家を出なければならなかったことだけが、本当に心残りです」


 薫は裕子の執念に呆然とした。10年……自分だったら、出来ただろうか。

 そんな薫に、裕子は真剣な眼差しを向ける。


「刑事さん。必要なものがあれば喜んでお渡しします。どんな質問にも、お答えします。だから、どうか、どうか、よろしくお願いします」


 そう言って、裕子は深々と頭を下げた。



 すっかり暗くなった夜道を薫はトボトボと肩を落として歩く。

 裕子の話も、倉庫にあるものも、一通りは確認したが、やはりピンと来るものは無い。10年前の迷宮入り事件……普通に考えて、新米刑事一人に何とか出来るものではない。

 でも、何とかしたい。何とかしてあげたい。

 その思いは一層強くなっていた。例え、どんな手段を使ったとしても。


「……どんな手段でも?」


 薫はハッと顔を上げた。

 前に先輩刑事から聞いた話を思い出したのだ。

 世間には公表していないが、警察には『死刑囚の事件アドバイザー』がいる。そいつは一カ月の死刑執行を伸ばすことを条件に、どんな難事件でも解決に導く。という眉唾ものの話。

 聞いた当時は、本当のこととは思えなかったし、何より警察が犯罪者の手を借りるなど己の正義に反していた。

 でも、今はもう自分のちっぽけなプライドなどどうでもいい。少しでも事件解決に繋がる可能性があるならば……

 薫は決意を固め唇をギュッと結ぶと、小走りで署に向かった。



 翌日、薫は『死刑囚アドバイザー』の『森谷もりや座一ざいち』と面会することになった。

 野中課長に面会の申し出をしたところ、意外なことに実にあっさり許可が下りたのだ。というのも、森谷は『どんな難事件でも』というのは語弊があって、『森谷が興味をもった事件ならば』が正しいらしい。10年前の事件など恐らく興味など無いだろう、というのが狸課長の考えだ。まぁ『好きにしろ』と言った手前もあるのか、表向きは協力してくれるようだった。


「特別面会時間、1時間になります」


 若い男の警察官がそう告げると、彼は部屋から出て行った。

 本来は被疑者の背後で睨みを利かせるのが彼の役割であるが、『刑事』と『事件』を扱う性質上、この『特別面会』には機密保持のため監視役はついていないのだ。

 彼との入れ替わりで、スラックス姿の男が、のそり、と面会室に入ってくる。彼はニタニタとした気色の悪い笑みを浮かべながら、ガラス仕切りの向こう側にあるパイプ椅子にドカリと腰を下ろした。手には手錠がついているが、他は特に拘束されている様子は無い。

 これが『森谷座一』……見た目は、小奇麗な中肉中背男だが、信用ならない目をしている。


「これはこれは、また可愛い子がきたもんだ。何歳? 名前教えてよ。彼氏とかいる?」


 森谷は横柄な態度でいきなりそう言った。

 馬鹿にしてんのか!

 頭にカッと血が上りそうになるのを押さえ、薫は冷静に答えた。


鬼島おにじまかおる。刑事です。今日は10年前の『トオルくん殺害事件』についてお話をお聞きしたく、時間を取りました」

「つれないねぇ。でも薫か、うん。じゃこれからは薫ちゃんって呼ぶね」

「……っこのっ!」

「『トオルくん殺害事件』は覚えてる。テレビで見たなぁ。シャバが懐かしいね。いいよ、話聞いたげる」

「な」


 薫は展開の早さに一瞬戸惑った。最初の一時間は捜査に協力するよう説得するだけで潰れてしまうだろう、と覚悟していたからだ。

 それがもう話を聞くという。何を考えているのか、この男。

 薫は戸惑いつつも、自分が見聞きしてきた情報を30分かけて森谷へと伝えた。

 正直、この情報で分かることなどないと思うが……

 黙って話を聞いていた森谷は、話が終わると、嬉しそうに笑いながら手を叩いた。


「ぎゃははっ! いいねぇ、薫ちゃん、正解! それ、母親関係無いよ!」

「それは、どういう」

「犯人も運が良ければ分かるかもね。聞きたい?」

「もったいぶらずに、教えなさい!」

「もう、俺とケーサツはウィンウィンなんだからさぁ、もうちょい愛想よくしてよ」

「早く!」


 薫の胸の鼓動は早まっていた。あの話から何を掴んだというのか。

 森谷はニヤニヤと笑みを浮かべながら顎を摩る。


「まず、犯人は相当手慣れてるね。犯罪経歴があるか、今既に捕まっているか……こういう奴は繰り返さずにはいられないタイプだから、何にせよどっかでは捕まってると思うよ」

「根拠は?」

「凶器のナイフ。犯罪初心者ってのはそういうの、持ち帰りたがるし、なんなら自前で用意すんだよねぇ。でもそれってさ、単純に自分に繋がるショーコ増やすだけなんだよ。だから、慣れた奴は『現場にあるもの』を使って『現場に残す』。これならほぼ確実に自分には繋がらない。手ぶらで入って手ぶらで出るのが犯罪の鉄則ってやつ」

「確かに、そうかも……」


 鉄則どうのは置いておいて、薫は森谷の理屈に納得する。そんな考え、自分には思いつきもしなかった。犯罪については、何十倍も森谷の方が造詣深い。このやりとりだけで、それを思い知らされた。態度は舐めているが。


「あなた、最初に母親は関係ない、と言いましたよね。それにも根拠が?」

「あれ? 分かってなかったの? もしかして女のカン? 駄目だよぉ、ケーサツなんだからショーコで語らなきゃさぁ」


 イラっとする言い方だが、痛いところを突かれている。薫は反論せず、話の続きを促した。


「薫ちゃん、自分の部屋にさ、見覚えの無い髪が落ちてたことって無い?」

「そりゃ、ありますけど……あっ」


 薫はハッとする。それに気付いた森谷がニヤリと笑った。


「そ。普通はそうなんだよ。でも薫ちゃんの話だと、『現場に不審なものは一切無かった』。ありえないんだよね。事件とは関係なくても、不審なものって一つや二つ出てくんの。この『何も無さ』が何か手が加わっているショーコだし、家族、母親が犯人ならこんなショーコの消し方は意味が無い。母親の額の傷とかも、後でつけられたんだろね。母親に不審な点を残して、目を向けさせるために」

「なんてこと……でもどうやって証拠を」

「簡単でしょ」


 森谷は立ち上がると、仕切りとなっているガラスをベロンと舐めた。


「犯人が舐めるように掃除した。掃除をした上で、選別してある程度元に戻した。そんだけ」

「嘘……」


 薫は森谷の異常行動も相まって、絶句して顔を青ざめるしかない。

 殺した現場で、そんな悠長なことを……冷静すぎる。狂気を感じるほどに。

 その心を見透かしたように森谷は続ける。


「そこまで難しい話じゃない。サイクロン掃除機ならパックとか使わないから、ゴミ集めも選別もラクチンさ。一時間もあれば出来るんじゃない? で、最後は自分に関わりそうなゴミは燃やして終わり。キッチンの燃えカスはそれの残骸っしょ」

「あれは、そういう……じゃあ、押収されたフライパンを調べれば犯人の痕跡が!」

「おいおい、薫ちゃん本当に刑事?」

「んなんですって!?」


 いきり立つ薫に、森谷は肩を竦めた。


「DNAとかってさ、熱に弱いの。『そっち』調べても、意味ないよ。現に何も出てきてないじゃん」

「そ、そんなこと知ってます! でも、なら……そうか!」

「そ。残っているものがあるとすれば、掃除機の方。すごいねぇ、10年も保存してたんだって? 執念の勝利だね」

「私もう行きます!」


 掃除機からDNAが分かるような髪や皮膚片が見つかれば、犯罪者データベースと照合して犯人に辿り着けるかもしれない。

 薫は席を立ちあがると、急いで面会室のドアへと向かった。

 その背中に声がかけられる。


「いてらぁ。なんか見つかるといいねぇ」


 薫は振り向くと、軽く頭を下げた。


「正直、あなたのこと、嫌いです。でも、ご協力には感謝します」

「いいっていいって。俺は自分のためにやってんだから」


 森谷はヒラヒラと両手を振る。

 その態度に薫は少し顔をしかめた後、黙って面会室から出て行った。



 面会が終わった足そのままに、薫は裕子のところに向かう。

 そして、倉庫を探し、見つけた。ビニールで包まれたサイクロン掃除機を。

 それを受け取り、課長のツテを使って、鑑識へとその掃除機を回した。

 後は結果を待つばかり……


 だが、薫には違和感があった。

 その違和感の正体に気付いたのは、数日経ってからのことであった。



 面会室。

 薫と森谷がガラスの仕切りを挟み、向き合って座っている。

 森谷は相変わらずニヤニヤと笑っていた。


「どう? 薫ちゃん、進捗は? なぁんちゃって」

「それより、聞きたいことがあります」


 薫の表情は暗い。

 森谷はそんな彼女へとニヤつく顔を近づけた。


「なになに? 俺のスリーサイズ?」


 自分を馬鹿にしている。

 薫は森谷に初めて会った時、そう思った。

 それは当たっていたのだ。

 そう、森谷はずっと、自分を馬鹿にしていた。

 彼女は声を震わせて尋ねる。


「どうして……『サイクロン掃除機』だって分かったの?」


 紙パックを使わないサイクロン掃除機。それは200X年ではまだ全盛ではない。にも関わらず、この男は確信していた。水島家にそれはあったと。そして、そのことは当時のニュースにも、自分が伝えたことにも、一切出てこなかった情報なのだ。

 その言葉を聞いた森谷は……悪魔のような笑みを浮かべた。


「おめでとう。真相に辿り着いたみたいだね」


 薫は絶望の表情で、森谷を見る。

 正義とは一体、何なのだろう。

 何も言えなくなってしまった彼女に、森谷は淡々と言い放った。


「じゃ、一カ月の死刑執行延期手続きよろしく。薫ちゃん」


【森谷の事件 終わり】

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