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闇小説鍋  作者: 熱湯ピエロ
次元超越世紀末激闘編
7/19

コブとりじいさん

尾根弥七おねやひち、『コブじじい』を語る

は?

『コブの舞』を知ってるかって?

おい、アンタ、こっち来な。

……ここなら大丈夫か。

駄目だよ、アンタ。こんな『表』で『裏』の話しちゃあ。

岡っ引きに聞かれたらしょっぴかれちゃうよ、ほんと。

で、『コブの舞』だっけ? 知ってるよ。

『コブじじい』が使う無敗の技、だろ?

『コブじじい』の名前? 誰も知らないよ。『裏』だと名前出さない奴、多いしね。

片方のほっぺにさ、でっけぇコブを一つぶら下げたじじいだから『コブじじい』ってみんな呼んでるだけ。あんな、目立つ風貌なのに町じゃ全く見かけないからね。多分、どっかの山奥にでも住んでんじゃない?

……詳しいって? アンタも人が悪いな。わかってて話かけたんだろ?

そうだよ。俺も一応『裏』の人間さ。

ははっ。体のことなんか褒めなくていいよ。俺なんか『裏』じゃちゅうだしな。

でね、『コブの舞』。俺も一度やり合ったことがあんのさ。

ありゃすごいね。

目の前にいるのに『何をされてるかわからない』んだよ。

『コブじじい』っていうくらいだから、もうポックリいきそうなじじいなんだけどさ。

こっちの打撃は当たらないし、あっちにはいいようにされるし、何が何だかわからないうちに負けちまった。

悔しくてさ。『コブじじい』の試合を高い金積んで一回だけ観客として見たんだよ。

ま、ありゃ勝てないわ。って納得しちまった。

これはさ、実際に見た方が早いぜ。

そういやアンタ何者だよ? こんなこと聞いてどうすんの?

御伽草子書いてるの? 『コブじじい』題材にしたいんだ! へぇ!

ならよ、近々『コブじじい』の『裏』の試合が組まれるはずだから、金があるなら見て見ろよ。胴元には紹介してやるから。

……っと、アンタ話が上手いな。元からこれが狙い? ははっ。



『コブとりじいさん』


 光あるところに闇あり。

 平和あるところに乱世あり。


 徳川治める太平の世。それでも暴力によってしか生きれぬ者はどうするか。血を見ることでしか奮わぬ者はどうするか。

 ここだ。

 ここに行く。

 江戸城。地下。

 そこでは血みどろの拳と拳の戦いが、血を求める暇な大名や金持ち商人(クソ)共の前で夜ごと密かに行われていた。

 人はここをこう呼ぶ。

 『地下裏闘宴ちかうらとうえん』。



 行司がいる。

 しかし、ここは土俵ではない。

 粗末な板で囲まれた八角形の闘技場リング――


「にぃしぃ~ごぉりきぃむそぉ~」


 振り上げられる軍配。

 抑揚のある声に導かれ、八角形の一辺に設置された門を潜って毛深い大男がのそりと現れる。


「ひがぁしぃ~こぉぶじじぃ~」


 軍配が逆に振られる。

 大男が現れた逆側の辺にも同じ門がある。

 現れたのは、爺さん。左頬に握り拳ほどもありそうな巨大な『こぶ』を持ったしわくちゃのじじいであった。


「いよっコブじじい!」

「待ってましたぁ!」


 俄かに観客共が湧く。

 門から現れた二人は闘技場中央に並び立った。

 ――美味チョロい相手だ。

 毛深い大男……『剛力無双』は目の前の爺さんを見下ろした。

 無敗と聞いていたが、なんのこっちゃねぇ普通のじじい。

 掴んで、地面に叩きつけて、終い。

 こんなヨボヨボじじいをヒネるだけで、上手く行きゃ士分に取り立ててもらえる――美味チョロい。美味チョロすぎる。


「みあってぇ、みあってぇ~」


 行司の軍配が上がったら、速攻で掴みに行く。

 それだけ。

 じじいの攻撃なぞ、なにを食らおうがどうということはない。

 掴む。終わり。


「はじめぇ!!!!」

「ひゃぉっ!!!」


 行司の掛け声と同時に『剛力無双』は両手を広げ、爺さんに襲いかかる。

 確実に掴んだ。

 そう『錯覚』した。

 掴んでいなかった。何も。

 何が起きたのか。


「『コブの舞』……ゆうの型『幻燈げんとう』」


 !?

 背中から? どうして?

 振り向く。


「はぇ?」


 世界が90度傾いた。

 足元から地面が無くなる。

 ふわり。浮遊感。

 じじいの凄絶な笑み。

 世界が、暗くなった。



「こぉぶじじぃ~~」


 行司からの勝ち名乗りを受けながら、コブじじいは剛力無双を見下ろしていた。

 人を食い殺しそうな笑みは既に無い。


 足りん。まるで。


 じじいは無表情で小判の入った祝儀袋を掴むと、闘技場リングを背に去ろうとした。


 ざわめき。

 ちゅど。

 土埃。


 振り向く。

 鬼だった。

 鬼の面を被った男が闘技場中央にいた。

 乱入だ。


「き、きみ! 困るよ!」


 行司が乱入者を追い出そうとするのを、コブじじいは止めた。


「いいよ」

「えっ」

「いいよ」


 鬼の男を頭からつま先まで舐めるように見る。

 立ち姿、道着から見える胸板、そして、異形と化すまでに鍛えこまれた両腕りょうかいな

 ――強い。


「やろうか」


 凶暴性が疼く。

 コブじじいはしわくちゃの顔をしわくちゃにして凄絶に笑んだ。



 『コブの舞』。

 戦乱の世に暗躍した恐るべき暗殺拳。

 特徴は使い手の頬に垂れ下がるようにしてある巨大な『こぶ』である。

 瘤とは皮脂が溜まって出来る腫瘍を一般的には指すが、『コブの舞』の使い手が持つ瘤は別物となる。

 それは異常発達した表情筋の塊。

 狂気すら生ぬるいほどの部位鍛錬の賜物。

 よって本人の意志で、その瘤は神妙なる制御が可能となる。


 だからどうした――そう思う者がいても無理はない。

 だが、これが、これこそが、こと達人の領域において、無類の力を発揮するのだ。



 気を付けるべきは両腕――コブじじいは目を細めた。

 じりじりと鬼の男との距離をつめる。

 受けても、受けた部分ごと持っていかれる。それほどの圧が異形の両腕にはある。

 ならば。

 ならば、舞おう。

 血塗られた舞を。


 じり。


「!!!」


 あと半歩で間合い。そう思ったとき、鬼の男が一気に踏み込み、直突きを放ってきた。


 当たった。


 コブじじい以外は誰もがそう思っただろう。

 しかし、当たっていない。相手から見れば拳がじじいをすり抜けたようにしか見えぬ。

 これぞ『コブの舞』。


ゆうの型『幻燈げんとう』」



 人は予測をするものだ。

 相手の体が前に傾いたから、次には一踏み出すだろう。拳を引いたから、パンチをしてくるだろう。そうした予測を、誰しも知らず知らずにするものだ。

 それが『達人』ともなれば、視線や呼吸、表情など……揺らぎとも言えるようなほんの少しの『起こり』から恐るべき精度の予測を何手も先まで行うことが出来る。こうした予測があるからこそ、人の反応を遥かに超えたような信じられぬ高速の応酬が可能となるのだ。

 だが、『コブの舞』はその予測をほんの少し外せる。

 秘密は『重心』。

 神妙に制御した瘤により、己の『重心』をほんの少しだけ変える。

 『重心』の力をあなどってはならぬ。

 ほんの少しの違いで『崩れる』と『立つ』が分かれる。

 ほんの少しの違いで『減速』と『加速』が分かれる。

 ほんの少しでいい。

 ほんの少しの重心制御で、人間の予測を超える動きが可能となる。


 そして、確定していると思われた予測を外した相手の脳は混乱し、あたかも『当たったのに外れた』と錯覚してしまう。


 これが『コブの舞』。これが『幻燈』。


 だが、この舞は避けるだけに非ず。



うつつの型『轟嵐ごうらん』」


 恐るべき速度でコブじじいの体が回転する。

 神妙なる重心制御により可能となる人間の限界を超えた動き。

 その回転力を乗せた超速のハイキックが鬼の面に向けて放たれる。

 先の大男、剛力無双すら沈めた一撃。

 『轟嵐』。

 予測も出来ぬ。

 見てからでは避けれぬ。

 ゆえに、不可避。


 不可避のはずであった。


「!?」


 足が、すり抜けた。


 『幻燈』!?


 ただ、指の先だけは掠り、鬼の面を弾き飛ばす。

 ぶるり、と面の下から『瘤』が零れた。


 コブじじいの顔色が変わり、ざっと飛び退く。


 貴様は死んだはず。

 なぜなら、この手で、殺したのだから。


「いじわる爺さん……!?」



 違う。コブじじいは即座に否定した。

 目の前の男は『若すぎる』。

 面影はある。しかし、別人だ。

 ならば一体……


 コブじじいの疑問に答えるように、右頬に瘤を持つ男は口を開いた。


「それは俺の父だよ」

「そうか」


 いじわる爺さんに子供がいたか。


「ならば、仇討ちか」


 『コブの舞』の伝承者は常に一人。

 競い敗れた者には、死、あるのみ。師も、兄弟弟子も、子供も、区別はない。

 だから、仕方がなかったと弁明する気は無い。

 そも、いじわる爺さんが己の子供に『コブの舞』を秘密裏に伝えていたならば、それは重大な背信行為。

 だが、それを咎める気も無い。

 ただ、何のために男がここに立ったのか。それが知りたい。


「違うよ」


 男はあっさりと答えた。


「伝承者は二人もいらない。俺とあんた、どっちの技が上か確かめたいだけさ」


 そう言いながら男は腕をゆっくり持ちあげる。

 ビキビキと鋭く、腕の筋肉が尖った。


 仇討ちならば、殺されても良かった。

 殺しの螺旋の中で生きてきた自分にとっての上等すぎる最期。

 他人を暴力で捻じ伏せた時のみ快楽を得る己に、ほとほと呆れ果てていた。

 終わらせたかった。

 求めていた。

 自分を終わらせる相手を。


 だが、そういうことならば、手加減は出来ぬ。


 コブじじいは、あの凄絶な笑みを浮かべる。


「ならば、最高の技で応えよう」

「そうでなくては困る」


 男も凄絶な笑みで応える。

 二人の間の空間が、ぐにゃり、と曲がった。


「楽しいかい?」

「楽しいよ」


 短いやりとり。

 瞬間、二人が……ぴしゃっ、と落雷のごとく動いた。


「『コブの舞』現の型『極嵐ごくらん』」

「『コブの舞』現の型『天雷てんらい』」


 闘技場リング中央、蹴りと抜き手が交錯する。


 千切れ飛んだ『一つ』の瘤が、血をまき散らしながら、宙を舞った。


【コブとりじいさん 終わり】

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