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闇小説鍋  作者: 熱湯ピエロ
次元超越世紀末激闘編
4/19

異世界パンプアップ

 フィットネスクラブ『ゴールドメンジム』内は沸き立っていた!


「きた……!」

「きたぞ……!」


 何故ならば今日!


「おはよーございます! みなさん今日も汗がキラめいてますね!!」


 このジムに所属するボディビル界の若き新星ホープ

 『城山しろやま まつ』、愛称『マッチョ・マッツ』が!!


「マッツん! 準備、出来てるぜ!」


 ノーギア・ベンチプレスの『280kg』の記録を狙いにいくからだ!!!



『異世界パンプアップ』


 城山 松。24歳。身長179cm、体重106kg。現体脂肪率9.9%。

 ボディビル大会前ならば体脂肪率は4%未満にまで削り込むが、今日の狙いはベンチプレスの記録更新である。力をフルに発揮するためにはある程度の脂肪も重要だ。


 ベンチシートに寝転がり、松はバーベル台に乗せられている280kgのバーベルを見上げた。ウォームアップは既に終え、全身はしっとりと汗で濡れている。


「今日のバーベルはやたらとデカく見えますね」

「流石のマッツんも怖気づいたか?」

「まさか!」


 バーベル台の向こう側に立つタンクトップのトレーナーに松は輝く白い歯を見せた。


「俄然闘志が燃えてきましたよ! 脂肪と一緒にね!」


 彼の言葉にトレーナーは頷く。

 今の松のノーギア(ベンチシャツ無し)・ベンチプレス自己ベストは1RM272kg。これでも国内ならばトップレベルの記録ではあるが、280kgを持ち上げることが出来れば、今度は世界が見えてくる(国際大会優勝ラインは300kg前後)。ボディビルダーとして活躍しながらという前代未聞のこの偉業。例え非公式であろうが通っている『ゴールドメンジム』の大きな宣伝にもなるのだ。必然、ジム内では皆から注目されることになる。

 これは失敗出来ないな、と松は思いながらバーベルのバーをしっかり掴んだ。


 トレーナーとバーベルの横に立つサポーター二人、マッチョ三人がかりで台からバーベルが外され、松の胸の上にバーが来るように位置が調整される。

 しん、とジム内に静寂が訪れた。

 そして。


「プレス!」


 トレーナーの合図と共に、松の280kgベンチプレスは始まった!!


「んんんんんんん!!!!!」


 まずは280kgを下す! 松は腰が浮きそうになるのを必死に耐える!!

 ぷるぷると震える腕!

 しかし、しっかりと肘は曲がっていき、規定位置までバーベルが下りきる!

 ジム内が俄かにざわめき出す!

 松の額には幾筋もの血管が浮き出ていた!


「んんんんんんんぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 今度は渾身の力でバーベルを上げていく!

 騒ぎが大きくなるジム内!


「す、すげぇ」

「上がってる! いけるぞ松!」

「頑張れマッチョ・マッツ!!」


 周りからの声援!

 それに応えるべく、松は全身全霊を超えた力を振り絞る!!


「んんんんんんんんんんんんんぅぅぅぅっっ!!!!!」


 そして、遂に、バーベルを上げきることが出来たのだ!!

 絶頂! 至福の時である! セッ〇スより何倍も気持ちいい!!

 巻き起こる歓声!


 が。


 プツン。


 その時、松の耳奥に何かが千切れたような音が響いた。

 次の瞬間。電源の抜かれたテレビのように、彼の目の前は真っ暗になってしまった。



<シロヤマ マツよ。聞きなさい。貴方は280kgのバーベルを上げた直後、脳の血管が切れてバーベルを支えられなくなり、280kgのバーベルに挟まれて死亡しました>


…………


<驚いていますね。私は『転生の女神』。貴方はこのまま輪廻の輪に入るには惜しい魂……その魂の強さで、魔王が君臨し、恐怖と暴力で支配された異世界『ハルベルト』を救ってほしい>


…………


<えっもうちょっと鍛えればボディシルエットがもっと魅力的になる? ま、マジぃ? ならちょっと……じゃない! お前話させると面倒くさいタイプか! えぇい、もう強制だ、強制! こっちの話はあんたの知識に勝手に組み込ませてもらったから、何するかわかったでしょ! 転生ボーナスですごい能力授けてやるから、好きなモン頭に浮かべろ!>


…………


<は? いくらでもトレーニング出来る肉体? えっと、疲れない体がほしいってこと? まぁ、悪くないけど、なんか控えめね……それならもう一つくらいいけるわよ>


…………


<鶏のささみとブロッコリーが沢山欲しい? 変な願いね……じゃあ願ったら手から湧き出るようにしてあげるわ。あんたが知ってる単位で言えば1日20kgまでね。……まだいけるわね。あと一つくらい軽いの無いの?>


…………


<ささみをいつでもジューシーに茹で上げられる能力? ……はぁ。いいけど。何かもういいや。はい、それじゃ、いってらっしゃーい>


…………!!!!



 松が目覚めた場所は、草原だった。

 目を凝らせば遠くに民家の煙のようなものも見える。人は通っていないが、草原を掘って踏み均しただけの雑な土の道も近くを通っていた。

 だが、ここは地球ではない。

 頭上を飛ぶ、見たことも無い巨大生物がそれを証明していた。


「あのトレーニングが足りてない自称女神の話は現実だったのか……」


 松は茫然と呟く。

 ならば、自分は本当に死に、『ハルベルト』という世界に転生したのか……ここを救うのが自分の使命……そして、そのために与えられた力が……

 松は掌を上に向け、念じてみる。


 すると! ブリブリとブロッコリーが手から湧き出てくるではないか!!


「こ、これが神のパワー!! すごいッ!!!!」


 松は目を輝かせる! そして、出てきたブロッコリーをムシャムシャと食べた後、自重トレーニングを開始した。


 日が傾き始めた頃。松は己の体の異変に気付いた。

 疲れない。全く疲れないのだ。

 いくら器具不使用の自重トレとはいえ、こんな日が傾くほどやっていれば疲労困憊になるはず。だが、松は全く疲れを感じなかったのだ。

 (疲れない体がほしいってこと?)松は自称女神の言葉を思い出した。


 そして、深く絶望した。


 浅はかだった。いくらでもトレーニングが出来る。それはつまり、『どんなトレーニングでも筋肉が壊れることがない』ことを意味しているのだ。

 パンプアップ、ひいては筋肥大は筋肉が壊れることが全ての始まり。壊れなければ筋肉はシャープに強靭になっていくばかりで、一生『デカく』はならない。

 ボディビルダーの松にとって、この事実は『アイデンティティの崩壊』を意味していた。

 何故、あんなことを願ってしまったのか。


「死のう」


 松が速やかに死を決意した時、


「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」


 絹を裂くような悲鳴がどこからか響いた。



「オークックッ! お嬢さん、一人でこんな所を出歩いちゃいけないック!」

「オークックッ! これじゃあ何をされても文句は言えないブヒ!」

「お、オデは腹が減ったんだな」


 緑肌で豚顔で半裸の巨漢が三匹。一人の女性を囲んで笑っている。

 この笑い方からもお分かりだろう! この三匹、まごうこと無き『オーク』である!!

 オークに囲まれた女性は恐怖に顔を引きつらせ、悲鳴を上げた。


「だ、誰かぁ! 誰か助けてぇ!!」


 それを聞いたオークAがあざけり笑う。


「日も暮れたこんな時間に、こんなところ通りかかる奴なんていないック!!」


 オークAの言う通りだ。化け物跋扈するファンタジー世界で、一人外を出歩くとか何考えてんだこの女!?

 危機感無さすぎ。本当にこの世界の住人なのか。特別な力も持って無さそうだし。

 あーもう駄目。これは死んだわ。慰み者にされて凄惨に死ぬわ。


「まてぃ!!!!」

「な、なに奴ック!?」


 だが、予想外!!

 突如制止の声をかけられ、驚きに辺りを見回すオーク達!

 そう、今だけは『いる』のだ。

 こんな時間に、こんなところを通りかかる者が。


 その人物は、小高い丘の上に太い腕を組んで立っていた。



 女神から『ハルベルト』の知識は一通りもらっているため、目の前の人間離れした巨漢共が何なのか、松にはわかる。

 あれが、『オーク』という奴か……


「君達……」


 松は丘の上からオーク三匹を見下ろしている。

 オーク達は手に持った棍棒を振り上げて、そんな彼を威嚇した。


「誰だテメー! 邪魔する気ック!?」

「おーとっとぉ、ヒーロー気取りかぁブヒィ!?」

「お、オデは腹が減ったんだな」


 松は……ニコリと笑った。


「君達、いい体してるねぇ!」

「「はぁ!?」」


 戸惑うオーク達。

 松はズカズカと大股でオークAに歩み寄った。


「これだけデカくなれるのは素晴らしい才能だよ! 今はお腹が出てるけど気にしなくていい! ひと月もトレーニングすれば、私みたいな体になれる!」


 そして、ベタベタとオークの腹や腕を触りながら話しかける。

 オークAは顔を引きつらせ、松の手を振り払った!


「き、気味が悪い奴ック!」

「お、おい、これ下手に関わらん方がいいタイプじゃないブヒ?」

「そうみたいック。もう殴って分からせるック!!」


 オークA、Bが棍棒を再度振り上げる。

 その瞬間! 松はカッと目を見開いた!!


「ダブルバイセップス!!!!!!!」


 腕を上げ、大胸筋と二の腕を強調するポーズ!! 松の着ていたタンクトップがスパァンと弾け、彫刻のような上半身が露わとなる! これでも仕上がりは80%といったところ! やはり、人に見せるなら体脂肪率は4%未満まで削りたい!

 しかし、十分な仕上がりではなくとも、松の輝くスマイルと肉体美の迫力にオークA、Bはたじろいだ! ごくりと唾を飲み、思わず手が止まる。


「す、すごいんだな……」


 そんな松の体を羨望の眼差しで見ていたのが、オークCだ。


「ほ、本当にオデでもあんたのような体に、なれるの……?」


 オークCの言葉に、松はとびっきりのスマイルのまま頷く。


「約束しよう!」

「なら、オデ、あんたについてく!」

「お、おいC!? テメーふかしてんじゃねぇぞック!」

「嘘じゃない。ひと月後、もう一度ここに来るといい。仕上がった彼の肉体をお見せしよう」

「言ったなテメェ! 大したことなかったら今度こそブチ殺してやるブヒ!」

「どうとでもしてもらって構わない。では行こうか。そうだな、今日から君の名は『ハルク』だ! 行くぞ、ハルク! トレーニングはもう始まっている!」

「う、うん! オデ頑張る!」


 松はオークC……『ハルク』を連れて、その場から去ったのだった。



 一カ月後。

 因縁の場所で待つオークAとB。

 そこに約束通り、松とローブを羽織った何者かが現れた。


「どうやら逃げなかったみたいだなぁック」

「その後ろの奴がCブヒかぁ?」


 AとBは侮るように松達を見る。自分達のオーク体型は遺伝子レベルのもの。それがひと月そこらでどうこうなるとは思えなかったのだ。

 松はオーク達の問いには答えず、軽く手を挙げた。

 すると、後ろの者が、バッとローブをめくる。


 そこから、そこから現れたのは!!


「フシュルルルルゥ……」


 バッキバッキの肉体でポージングをするオーク! 出ていた腹はシックスパックに仕上がり顔つきは精悍になっているが、間違いなくCであった!!

 AとB驚愕! 信じらんねぇ! バリバリだ!!


「ほ、本当にCブヒ?」

「オデはもうCじゃない。ハルクと呼んでほしい」


 なんか口調まで変わってる!

 あの気弱で愚鈍なオークだったCが……。AとBはたじろぐ。そして、感じる、嫉妬。


 お、俺も……あんな…………!!!!


 その芽生えた嫉妬心を否定するように、AとBは棍棒を振り上げた!


「うわぁぁぁぁっック!! そんなもん暴力の前には何の意味も無いックゥ!!!」

「こんなの見掛け倒しブヒィ!! この世界じゃ『実力』こそ全てブヒィ!!!」


 しかし、ハルクは丸太のような腕を差し出し、穏やかに微笑んだ。


「オデの肉体は傷つけあうためにあるんじゃない。競い合うためにあるんだ。オデは師父から、そう教わった」


 AとBの手から、棍棒がすべり落ちる。


 デカい……体も、心も……

 一つ上の存在……ハルクは自分達よりも『高み』へと行ってしまった。


 それを、彼等は悟ったのであった。



 オークAとBは敗北を認め、森へと去って行った。

 ハルクは松の元に残っている。

 松はハルクを見た。


「仲間の元に戻らなくていいのかい?」

「いいんです……それより、オデは師父についていきたい」

「そうか……」


 松は考える。一度は死すら願ったが、ハルクを鍛えている時、そこには確かに言葉では言い表せぬほどの充実感があった。未知の筋肉に心躍った。きっと、これが……


「実は私はこの世界の人間じゃない。女神とやらに『世界を救え』と言われ、『ハルベルト』に転生させられたんだ」

「なんと、そうでしたか。素晴らしいトレーニング理論の数々に、『ニワトリささみ』と『ブロッコリー』なる珍妙で美味なる食物……納得しました」

「君のようにここの人々をパンプアップさせ、暴力で争う世界を筋肉で競い合う世界に変える……その平和を築くことが、私の使命なのかもしれないな」

「素晴らしい考えです。師父」

「待ち受ける苦難は想像もつかない。もしかしたら、夢半ばで倒れるかもしれない。それでも、一緒に来るかい?」

「はい! もちろん!」


 松とハルクの世界を救う旅は、こうして始まったのだ。

 そして……



 100年後。


 第56回『ハルベルト統一ボディビル大会』会場。

 そこでは、人間、エルフ、ドワーフ、魔族、魔獣、種族関係なく全てが入り混じって、例年以上に熱狂していた。

 出場すれば優勝確実だと言われていた『マッスル魔王』略して『マ王』の牙城を遂に崩そうという者が現れたからだ。

 その者とはヘカトンケイル族の『ブルシット・阿修羅丸』。多椀を武器に多彩なポージングを繰り出す、新進気鋭のボディビルダーである!!


「決まったぁー! 阿修羅丸の『大地に突き刺さるロンギヌスのポーズ』ぅぅぅ!!! 斜め45度の美しすぎる角度ぉぉぉ!!!」

「いいぞぉ! 阿修羅丸ぅぅ!!」

「背中にラファエル光臨ってる!!!」


 そんな熱狂を見守るのは、会場の入り口に飾られた二つの巨大な黄金像。


 一つは、第1回大会での優勝者。『伝説のハルク』。

 そして、もう一つはこの大会の創始者。『異界人マッチョ・マッツ』。


 この世界(ハルベルト)に血を流すことなく平和をもたらした……二人の英雄である。


【異世界パンプアップ 終わり】

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