平兵衛と蛙
『平兵衛と蛙』
むかーしむかしのことじゃった。
とある村に平兵衛という大層な悪たれ小僧がおったそうな。
平兵衛は弱い者いじめが大好きでなぁ。自分より弱そうだったら、人だろうが虫だろうが何でもいじめたという。
中でも一番好きないじめ相手が田んぼにおる『蛙』じゃった。
「鳴けー! 鳴けー! くそガエルー!」
「ゲロゲロ」
「これならどうだーい!」
「グェー! グェー!」
「ギャハハハハ!」
平兵衛は蛙をさんざ追い回した挙句、足で踏んづけて苦しむ様子を楽しんでおったんじゃ。苦しむ元気もなくなった蛙は最後には踏みつぶされてペッチャンコ。
うー残酷残酷。子供は怖いのぉ……
ある日、平兵衛はいつものように蛙を踏んづけて、いじめておった。
「どうだー! どうだー! くそガエルー!」
「グェー! グェー!」
でもな、その日はいつもと様子が違ったんじゃ。
苦しみ果ててぐったりした蛙をいつも通り踏みつぶそうとした時じゃ。
「もうおしまいか。それならこうじゃ!」
「呪ってやる」
平兵衛はギョッとしたよ。何せ、蛙が急に野太い声で人間の言葉を話したもんだからなぁ。でも足の勢いは止められんくて、結局、その蛙を踏みつぶして殺してしまったんじゃ。
流石の平兵衛も気味が悪くなってのぉ。その日はもう何かをいじめる気なんぞ起きなくて、そのまま自分の家に戻っていった。
「おっとう、おっかあ、おら今日はもう寝るから飯いらん」
家に戻るなり、あの乱暴者の息子が青い顔でそう言うもんだから、両親はびっくり顔を見合わせてな。あれやこれやと聞くんじゃが、平兵衛は碌に答えずに寝床に潜りこんじまった。
蛙の言葉が相当堪えたみたいじゃのぉ。
『呪ってやる』
そんなことを蛙から言われちまったら、何が起こるかわからんで、不安で恐ろしいからのぉ。
それでな。その夜。本当に起きちまったんだ。奇怪なことが。
皆寝静まった頃にな。ゲロゲロ。ゲロゲロ。と蛙の鳴き声が聞こえてきて、平兵衛は目を覚ましたんじゃ。まぁ家の中にでも蛙が迷い込んだか、とかそれくらいにしか最初は思わんかった。
だがな、時間が経つに連れ、その鳴き声はだんだんと増えていくんじゃ。しかも鳴き声が妙に近くから聞こえる。もう10匹はいそうなほどの大合唱。だのに目を凝らしても、どこにも蛙は見当たらん。満月の光が窓から入っておったから、見えんということは無いはずなのに。
ゲロゲロ。ゲロゲロ。
ゲロゲロ。ゲロゲロ。
ゲロゲロ。ゲロゲロ。
平兵衛はおっかなくなって、布団を頭から被ってガタガタ震えた。
それで妙なことに気付いたんじゃ。
今度は布団の中から蛙の鳴き声が聞こえる、とな。
それも、足元。自分の足元から。恐る恐る布団をめくって、そこを確認すると……
「うぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
平兵衛はおったまげて悲鳴を上げてもうた!
そんで、すぐに隣で寝ている両親の体を揺すって起こそうとしたんじゃ!
なぜならな、なんせな、なんせな。
「おっとう、おっかあ、おらの足が、おらの足が蛙になっちまったよー!」
平兵衛の足の指一本ずつが、全部蛙になってしもうとったからじゃ!!
正確に言うなら、足の指があるべきところに、蛙の顔だけがにょきっと生えとった。その蛙の顔が大合唱をしとったというわけじゃ。
平兵衛の意志に関係なく、ぷくぷくと喉の部分を膨らませる様子は大層気味が悪い。しかしのぉ……恐怖はこれで終わりでは無かった。
「うぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
寝返りを打った両親の顔を見て、またも平兵衛は悲鳴を上げたんじゃ。
もう分かっているかもしれんのぉ。
そう。両親の顔も、ぬらぬらとした蛙に変化しちまっとった!!
平兵衛はもう無我夢中じゃ。
着の身着のままで家を飛び出し、裸足で夜の村を駆けた。
「グェー! グェー!」
一歩踏み出す度に、足から生えた蛙達が苦しみの鳴き声を上げる。
今まで散々面白がってきた鳴き声が、もう怖くて怖くて仕方なかった。
「ごめんよぉ、ごめんよぉ! もうしねぇ、もうしねぇよぉ!!」
平兵衛は泣き叫びながら走る。
「グェー! グェー!」
「ごめんよぉ! もうしねぇよぉ!!」
走りながら、いつの間にか蛙達をいじめておった田んぼにまで来ておった。
「な、なしておら、こんな」
立ち止まろうとしたがの。足が勝手に進むんじゃ。田んぼ脇にある……ため池に向かってのぉ。
「グェー! グェー!」
「グェー! グェー!」
「グェー! グェー!」
踏み出すごとに苦しむ足の蛙達。しかし、これは、平兵衛の意志とは違う。
平兵衛は泣いて、泣いて、謝り続ける。
それでも足は止まらない。蛙達は自分が苦しむのも厭わずにため池へと平兵衛を運ぶ。
そして、遂に。
「うわぁぁぁぁっ!」
ため池に落ちた。
そう思った。
でもな。気付けば、平兵衛は布団の中におった。
がばっと起きて辺りを見回すと、両親が、ちゃんと両親の姿で、寝息を立てとる。
……そう。さっきまでのは全部夢じゃったんじゃ。
いや、違うのぉ。平兵衛の体はまるで水に落ちたかのように、ぐっしょりと濡れておったからのぉ。
これは警告じゃったんじゃろうて。
まだ続けるようなら、本当に……というな。
その後の平兵衛といえば、すっかりと大人しくなってな。もう弱い者いじめなどせんくなった。それどころか、自分が殺した蛙なんかの動物達の供養のために、小さな御社を作って、毎日お供え物をして拝んどったそうじゃよ。
もう妙な夢は見なくて済んだかは、はてさて、わからんがのぉ。
めでたしめでたし。
【平兵衛と蛙 おわり】