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闇小説鍋  作者: 熱湯ピエロ
次元超越世紀末激闘編
2/19

どこにもいけない男

『どこにもいけない男』


 死のう。


 そう決意したのは先日のことだ。

 決意したのが先日というだけで、突然そう思ったわけではない。世界の理不尽さ、自分の情けなさ。ずっと迷ったり悩んだりした。それが、昨日、ある一線を越えた。ただ、それだけ。


「図体ばかりの役立たず」

「顔面お通夜ッスね」

「大無駄飯食らい」

「ちゃんと喋ってくれません?」

きたならしいタイプのデブ」

「椅子を壊す以外の仕事もしろよ」

「邪魔」


 違う違う。働いてからじゃない。

 小学生の時、父と母が離婚したこと。

 小、中学といじめられ続けたこと。

 高校受験に失敗したこと。

 高校でもやっぱりいじめられたこと。

 二年引きこもりをしたこと。

 無理矢理外に連れ出され、おじの会社に強制的に就職させられたこと。

 小さい頃からのそういった色々が積み重なって、会社でも嘲笑され疎まれ続けたから、そう決意したんだ。


 思えば、僕はどこにも行けなかった。

 新しい土地に行くのが怖くて、僕は母の手を取った。

 いじめから逃げるために一生懸命勉強しても、結局駄目だった。

 他人の目を避けるために引きこもっても、結局、人から疎まれ蔑まれる日々を送った。


 あの時、父の手を取れば。あの時、高校受験に成功してれば。あの時、おじの世話になるほど引きこもっていなければ。

 あの時、あの時、あの時。

 意味の無い考え。わかってる。

 だって、どうせ、『僕』だから。僕が『僕』である限り、どうせ、どこにも行くことなど出来ないんだ。


 だから、今日、僕は『僕』をやめる。


 死によって『僕』では無い何か……もういっそ、蟻んこでもミジンコでもいい。別の何かとして生まれ変わるんだ。僕は『僕』じゃなくなって、ようやくどこかに行けるんだ。


 目の前の輪になったロープをじっと見つめた後、それを首にそっとかける。

 実家のアパートには首を吊れるような梁が無くて、仕方なく近場にある夜の公園を選んだ。

 ここには立派な桜が植えてあって、横に飛び出た枝が首吊りには丁度いい。

 夜風が冷たくて気持ちよかった。

 人は居ない。虫の鳴き声がやたらと響く。いい夜だと思う。これで桜が咲いていれば最高だけど、残念ながら季節じゃない。

 誰か悲しむかな。ふと、そう思ったけど。いるわけない。

 母も。化粧が濃くなって、酒臭くなって。僕はそれからいないものなんだ。

 わかってる。だから遺書だって書いてない。残すものなんてない。僕には何も残っていない。

 むなしい。

 悲しむ人はいなくても、迷惑を被る人はいるかな。

 どうでもいいけど。

 死体が出たら公園って使えなくなるかな。

 心霊スポットとかになるかな。なったら嬉しいな。


 ……いけない。怖いからか、だらだらと取り留めないことばかり考えてしまう。

 こういうのは勢いが大事なんだ。思い切って。そうだ。人生最初で最後の思い切りだ。そう思えば、出来る。出来る。


 えいっ、と足元の小さい脚立を蹴り飛ばした。


 ずん、と首に全ての、痛い! 苦しい! 痛い痛い痛い!! 苦しい苦しい苦しい!!


 バキン!


 暴れたせいか、ロープをかけていた木の枝が折れ、僕はドシンと尻もちをついた。

 そのまま仰向けに倒れる。

 あの痛みと苦しさを知ってしまったら、もう首吊りなんて出来ないだろう。


 今日は満月だった。涙が溢れた。


 結局、僕は僕のまま。

 逝くこともできない、どこにもいけない男だった。


【どこにもいけない男 終わり】

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