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闇小説鍋  作者: 熱湯ピエロ
心理と探求のブルース編
14/19

ケンセイ

 カーン。カーン。


 そのおとこ人里ひとざとはなれたやまにいた。


 カーン。カーン。


 男は一心不乱いっしんふらんつちるっていた。


 カーン。カーン。


 男はつるぎつくっていた。


 男のはグドウ。『まぼろし剣聖けんせい』としょうされるもの

 一昔前ひとむかしまえくにおそった凶悪きょうあく魔族まぞくがいた。あたまえたつの巨大きょだい体躯たいくひとかる剛力ごうりき。その魔族は御伽噺おとぎばなしあらわれる悪魔あくまなぞらえ、『おに』とばれた。

 グドウはその鬼(ども)おうをたった一人ひとり討伐とうばつしたのだ。

 甲冑かっちゅう強力きょうりょく武器ぶき武装ぶそうした強者つわものたち何百なんびゃくかえちにした『鬼王きおう』を。

 そのときかれ着のままでけん一本いっぽんたずさえただけだったという。


 カーン。カーン。


 槌にたれるたび赤熱せきねつしたはがね火花ひばならす。

 その火花がかみこうとはだを焼こうとグドウは一切いっさいにしない。

 血走ちばしらせ、ただ機械的きかいてきに鋼を打つ。


 その鬼気迫ききせまる、狂気きょうきすらかんじる様子ようすわたしつばみこんだ。


 カーン。カーン。


「……おれりたいと言ったか」


 グドウはやすめることなく、ポツリとった。


「ならば、昔話むかしばなしをしてやろう」



『ケンセイ』



 鬱蒼うっそうとするふかもりおおわれた山のなかれたいきととのえるために一度いちどあしめる。

ひたいかんだあせそでぬぐうと、私はおおきく息をいた。


「……本当ほんとうにこんな場所ばしょにいるのか?」


 あまりの人気ひとけさに、意味いみが無いとわかっていてもおもわずひとごとくちいてしまった。


 私の名前は『ヘンシル』。記者きしゃだ。

 あくたいして剣ではなくペンでたたか正義せいぎ敏腕びんわん記者、といいたいところだが、まだまだしの若輩者じゃくはいもの。ネタをさがして日々(ひび)東奔西走とうほんせいそうしている。

そんな私が何故なぜこんな山の中にいるのかといえば、無論むろんネタのためだ。

 私は独自どくじ調査ちょうさによって、ここに『鬼王』を討伐したという『幻の剣聖グドウ』がかくしているという情報じょうほうつかんだ。

グドウはなぞおおい男である。出身しゅっしんかっているのだが、どこでどうやって剣のうでにつけたのか、鬼王討伐()にどうして姿すがたしたのか、いままで一体いったいなにをしていたのか、まったくと言っていいほど分かっていない。幻と言われるのも納得なっとくである。


 そんな男の独占どくせん取材しゅざい出来できるかもしれない。成功せいこうすれば、大金星だいきんぼし特大とくだいネタだ。ちょっとやそっとであきらめるわけにはいかない。

 私は気合きあいれなおすと、ふたたあしまえした。



 しばらくあるくと、すこしばかりひらけた場所ばしょに出る。

 そのねこひたいほどの平地へいちに、山肌やまはだ沿うようにして粗雑そざつなあばら一軒いっけんポツンとっていた。あばら家には煙突えんとつそなけられ、いきおいよくけむり噴出ふきだしている。ぱっと廃墟はいきょにしかえないが、いまだれかが使つかっているのは間違まちがいない。


「……ここなのか?」


 私はいぶかしく思いながらも、そのあばら家のやさしくたたいた。


「……」


 反応はんのうはない。しかし、中からは何か金属きんぞくを打ちつけるようなおとがずっとひびいている。をかけてみた。かぎなどは無さそうだ。


失礼しつれいしま……っ!!」


 戸をけた私は思わずえずきそうになり、咄嗟とっさ口元くちもとを手で覆った。すぐにハンカチをり出してはなと口にてなおす。


 すさまじい熱気ねっき。そして、におい。これは……腐臭ふしゅう


 私のあたま危険信号きけんしんごうり響く。同時どうじに、とくダネの予感よかんも。


「……誰だ」


 おくからけものうなるようなひくこえが響いてきた。

声の方にけると、かりにやせほそった男の背中せなかがぼんやりとかんでいた。


 カーン。


 金属きんぞくを打ち付ける甲高かんだかおと火花ひばな

 男は……槌を振るっていた。さかまえで槌を振るい、はがねを打ち、剣を作っているようだった。

 家屋かおくには炉のほかに明かりとべるものはなく、あたりはとてもくらい。

 私は二歩にほ三歩さんほとそろりちかづき、ハンカチを口に当てたまま声をかける。


「わ、私は記者のヘンシルです。あなたは幻の剣聖と呼ばれるグドウさんですね?」

「……記者?」


 グドウの黒目くろめだけがギョロリとこちらを向いた。

 ほのおに照らされたその目は血走ちばしり、異様いようにギラギラとしていた。

 その目は、私に予感よかんさせた。

 私が恐怖きょうふ萎縮いしゅくしてつぎ言葉ことばげずにいると、グドウの視線しせんはすぐに剣の方へともどった。


「何をしにきた」

「しゅ、取材です!」


 けっして声をり上げた。最早もはやきてかえることが出来ない予感を私はヒシヒシと感じている。ならば、最後さいごまで記者として生きていたい。その思いだけが、何とか恐怖をおさめた。


「あなたのことがりたいのです! グドウさん!!」

「……」


 グドウはこたえず、しばらく槌を一心いっしんに振るう。

 しかし、やがて、ポツリポツリとかたり出した。


おれを知りたいと言ったか。ならば、昔話むかしばなしをしてやろう」


 私は固唾かたずんで、グドウの言葉ことばのがさまいとする。


「俺は、とある鍛冶職人かじしょくにん弟子でしであった」



 最強さいきょう武器ぶきとは何か。


 その鍛冶職人は俺によくそう言った。


 何者なにものをもく剣か。

 何よりも弓矢ゆみやか。

 すべてを破壊はかいするおのか。


 俺にはよくからなかった。どれもが最強と思えた。

 すると、鍛冶職人はこうつづけるのだ。


 ならば、何者をも切り裂く剣をった赤子あかごが、おもちゃの剣を持った屈強くっきょうな男にたおされたのなら、どちらがつよい武器なのだ?


 武器とは持ち手によって、発揮はっきできるちからちがう。その比較ひかく意味いみは無い。

 俺がそう言うと、鍛冶職人はいかりをにじませて、怒鳴どなるのだ。


 最強の武器とは、その武器を持った者が最強となるものでなければならぬ。たとえそれが赤子だろうと、持ったらならばどんな相手あいてにもけることはゆるされぬ。

 わしがこの手で作らんとほっすのは、そういうものだ。


 鍛冶職人のうで一流いちりゅうであったが、思想しそうがどこかいびつであった。

 俺には理解りかいできず、技術ぎじゅつだけまなべればかった。


 ある日、鍛冶職人が俺に一本いっぽんの剣をしだして、言った。


 したぞ、と。



「その剣を手に取った時、全てを理解した」


 グドウの槌を振る腕が止まった。


「それは呪剣じゅけんであった。つよき血を只管ひたすらもとめるかわきの剣」


 グドウがゆらりとがる。


「俺は鍛冶職人のくびね、強きものを求め彷徨さまよった。ころした。殺した。かぞれぬ」


 グドウが振り向く。その目は狂気きょうきよどんでいた。


「鬼の王は強かった。だが、殺した。どこにいるどこにいる。もっと強きものはどこに」


 グドウは手近てぢかにあったびてボロボロの剣をると、それをこちらに向かってするどげつけてきた。


「ひっ!」


 恐怖きょうふすくんでいた私はこしかし、しりもちをつく。私は無事ぶじであった。投げられた剣は足元あしもとゆかさったのだ。


「た、たすけ」

「強きものはどこに……俺は気付きづいた」


 グドウは私のことなど見ていなかった。ねつかれるようにしゃべつづけている。


さが必要ひつようなどない。俺が作ればいい」


 グドウが一歩いっぽみ出す。


をもえる、呪剣を」

「ま、まさか」

千人せんにんの血から鍛造たんぞうする『千血刃せんけつじん』。貴様きさまで千人目よ」


 私は部屋へやくらがりに目をらす。

 そこにあったのは、死体したい。死体のやま。腐臭の正体しょうたいはこれだったのか。


 あぁ……私はここで死ぬ。


 そう確信かくしんした時、不思議ふしぎふるえは止まった。


「さぁ、死ね。まだ見ぬ強者きょうじゃのために」


 グドウが痩せ細った腕を振り上げると、その手がバキバキと歪に変形へんけいし、ひじから先が異形いぎょうの剣となる。

 もの。この男は剣聖などではない。剣に寄生きせいされ、せい支配しはいされた化け物……わば『剣生けんせい』だ。

 私はこの男の正体しょうたいらしめなければならない。危険性きけんせい人々(ひとびと)つたえなければならない。あらがえ。たたかえ。戦ってここを脱出だっしゅつするんだ。


「うおぉぉぉぉ!!!!」


 私は雄叫おたけびを上げ、足元に刺さった剣のつかにぎりしめた。


 その時だった。


「手にしたな」


 グドウの口角こうかくが、醜悪しゅうあくゆがんだ。



「千血刃は既に完成しておる」


「貴様が手にとった、それよ」


「どちらが最強の武器か、いざ、死合しあおうぞ」



「はははぁ!! 俺は、俺は師を超えたのだ!!! 俺は」


 グシャッ。


 何やらわめいていたグドウのあたまを足でつぶす。四肢ししうしない、あたまくだかれれば流石さすがに死んだようだ。

 私はきびすかえし、ふらふらとあるす。


「強き者はどこだ……強きものはどこにいる……」


 この欲求よっきゅうのまま、私は殺戮さつりく永遠えいえんつづけることだろう。


 私は、人ではなく、血を欲するのろわれた剣とったのだ。


【ケンセイ 終わり】

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