山本くん
クラスの山本くんはちょっと変だ。
彼は人を寄せ付けない孤高の人だ。
しかもしばしば唐突にいなくなる。
授業中、トイレや保健室に行って帰ってこないことがザラにある。
でも成績がいいからかあまり怒られたりはしない。
むしろ先生方からの評価は高いと言えるだろう。
そんな山本くんをズルだなんだと憤慨するクラスメイトもいないわけではないが、なぜかその憤慨は長続きしない。
しばらくすると「誤解してた」とか「やっぱいい奴だった」とかそういう意見に変わるのだ。
ちょっと変で孤高で不思議な山本くん。
そんな彼が路地裏で片膝をついて呻いていた。
月曜日の午後四時。
下校中のことだった。
「だいじようぶ、山本くん?」
ボクは山本くんに尋ねた。
「っつ、お前は佐藤。お、俺から離れろ!」
いくら孤高の人だからといってずいぶんな言いぐさだった。
軽くあきれながらもボクは山本くんのまえにしゃがみ彼の顔色を確認した。
困っている人、苦しんでいる人がいたら助けなければならない。
ボクのモットーは一日一善。
そう心がけているのだけど、今日はまだ一善してない。
というかここ数日胸を張って善をなした言えるような行いをした覚えがない。
困っている人という存在は普通に暮らしているうちはなかなか遭遇しないものなのだ。
現代日本は個人の思いやりを不要とするくらいシステム的に熟成している、否、しすぎていると言えるかもしれない。
閑話休題。
顔色は悪くなかったが、山本くんの表情はなにかに耐えるようにしかめられていた。
「うんこか?」
「ちげーよ!」
ボクの軽口に勢いよくツッコミを入れる山本くん。うむ、それほど深刻な状態ではないようだ
「とにかく、ここから早く離れろ佐藤」
ツッコミを入れるときにちょっとゆるんだ眉を再びキリリとしかめて、またしても孤高発言をする。
まあそこまで言うのならその通りにしよう。
親切の押し売りは良くない。
いくつかの失敗を経て、ボクはその真理に到達していた。
「本当に大丈夫なんだね?」
「うん…あー、いやもうだめかもしれん。すまんな佐藤」
ボクが確認すると、山本くんは急に弱音をはきなぜか謝ってきた。
「漏れちゃったのか?」
「だから違うって」
苦笑しながら山本くんは立ち上がった。
つられて一緒に立ちあがる。
山本くんは諦観したような笑みを浮かべると、ボクの手をぎゅっと握った。
「山本くん?」
「俺の手を離すなよ佐藤」
次の瞬間、突然地面がなくなった。
ボクたちは足元に開いた真っ暗な空間に落ちていった。