8話 酔っ払いの登校
朝食の【リビングの席】に着くと澄ました顔の凛がいた。二日酔いになっている様子は見受けられなかった。
「兄さん、おはよう」
「おはよう」
家政婦さんが俺たち2人に無言で会釈する。【朝の食卓】にはパン、サラダ、スープに、殻をむいてあるゆで卵が並べてある。俺はそれを無視して、冷蔵庫から昨日の残りの焼き鳥を取り出して電子レンジで温めた。それから枝豆の残りもあったのでそれをテーブルに置く。
俺がそっちの【おつまみ】を食べていると、凛も【いやしんぼ】をして、【おつまみ】を食べ始める。微笑ましい。俺はふと何かを思いついたのかガラスケースから並べてあるジョッキを持ってくる。少しくらいはいいだろう。ビール瓶を取り出すと栓抜きで開ける。シュポッ…トクトクトクトク…。ジョッキになみなみと注いでいく。
「兄さん、朝からビールですか?何を考えているんです?今日、学校あるんですよね?」
凛は少し驚いた顔をした。そうだ。この顔が見たかったんだ。俺は“意外性”を持たせたいんだ。だってそうだろ?昨日は不意打ちだったんだぜ?今度はこっちが【驚かせる番】だ。朝からビールだなんて普通じゃあ考えられない事をやってみる。どうだ?凛、お前の兄ちゃんはイカれちまってるぞ。
「ふははは。凛。心配に及ばずさ。俺は【天才】だぞ。酔っぱらっていても馬鹿どもには負けんさ。たとえ酩酊していても高校レベルの勉強で遅れをとるはずもない」
「確かにそれはそうだな。私も飲もう。昨日はアルコール度数の高いワインであったがビールくらいなら大丈夫だろう」
凛はジョッキを取り出してきて負けじとビールをなみなみと注ぐ。そして飲み干した。あっという間だった。こいつも【負けず嫌い】だな。実際、酒に酔って正気を失ってテストを受けたところで同級生が俺達に勝てるとも思えん。凛は愛用の木刀を抜き出して言う。
「兄、それに私も【天才】だ。その私が二次関数や三角比の授業を受けてるアホらしさ。酒ごときでは到底、誤魔化しきれるものではないよ。私はすでに数学の先生ですら超えている。聞くところによると彼女は教育学部卒というではないか。少なくとも理学部数学科で修士、博士は出てもらわなければ師と呼ぶ事など敵わん。【c.無限大ベクトル束】と【底空間のチャート】を考えた場合、【全空間のチャート】になるが【極大アトラス】と両立するのかを聞いたのだが答えられなかった。【c.無限大は自明】だと思うのだが…まさか私より長く生きているだけで、私を超えているとでも思っているのか?お前が相手をしているのは【15歳の少女】かもしれないが、その頭脳は【曾祖父】の代から磨き上げられた【名刀】なのだ。この【切れ味】、凡人にはちと辛かろう」
「案外お酒に強いじゃないか。凛。昨日は少し驚いたぞ。あんな事をしてくるなんてな」
ゴクゴク…と飲む
「昨日、私が正常を失ったと思ったのか?完全に正常だ。酔ってなどいない。勘違いするな。馬鹿兄」
「俺にはそうは見えなかったがな」
俺達はビールジョッキをカチンと鳴らして乾杯する。そしてゴクゴクゴクと飲み干していく。平日の朝だぞ。こっちを見ている家政婦さんの顔がどんどん青ざめていく。
「ぷはぁ…。こいつはいいな。枝豆や焼き鳥とマッチしやがる」
「ビールと枝豆は美味しい。食が進む。苦いビールで痺れた舌に塩辛い枝豆をあててやるとうんめぇ。マッチポンプだって分かっていても。こりゃたまんない。こっちの焼き鳥も塩が効いていて……ぐびぐび…」
家政婦さんはオロオロしだすと母親を呼びに行こうとるも、もう1人の家政婦さんに止められる。どうやら酒に酔いつぶれて眠っているらしい。昼過ぎまで起きないだろう。起こしたらきっとブチ切れられるのは自明だ。困った家政婦さんは【俺達を車で送る事にした】らしい。【ワゴン車】に乗り込む俺達。そして【ミネラルウォーター】をたらふく飲むように渡される。席に乗りながら俺たちは飲んだ。そして車は【聖クリオネ学園】の校舎まで進んでいく。
聖クリオネ学園、ごくごく変哲のない鉄筋コンクリートの校舎が見えた。正門ではなく人通りが比較的少ない裏門に【ワゴン車】を止める家政婦。俺は車のドアを開けて、凛と一緒に降りる。吹奏楽部が練習している音が遠くから聞こえてくる。後ろから男子生徒や女子生徒が歩いてる姿が見える。「大丈夫ですか?」と運転手席から家政婦に聞かれるものの「大丈夫だ」と答える。少し心配そうにしていたものの、手を振って送り返す。
裏門から入ってすぐにある【木の陰】で一休みするべき腰を下ろした。傍らに鞄を置く。ヒックヒックと【しゃっくり】が止まらなくなり水をガブ飲み続ける。大丈夫じゃなかった。凛はその近くに立っていて、そんな兄の様子を見る。
「兄さん。酔っている事がバレるのはさすがにマズい。【冷静で的確な判断力】でいこう」
そう言ってその場から立ち去ろうとするがフラフラとした足取りで別の木にぶつかって、「すいません」と小声で謝った後、よろめきだして倒れた。しばらくそのまま倒れていたが…すぅっと立ち上がる。
「おっと…私もどうやら酔っているようだな。自分の状態を冷静に把握できた。酔いがさめるまでは【部室】で休んでいよう。というか眠い。部室で寝よう」
「マジか」
俺は鞄からビール缶を取り出してグビグビ飲みだした。木陰になっていて恐らく死角になっている。ここなら見られる事もないだろう。ビール缶を凛にも渡してやる。渡されたビール缶をごくごくと一気飲みする凛。ゴクゴクゴクゴク…。
「ぷはぁ…効くなあ。こりゃあ【おつまみ】も欲しいなあ。文芸部の部室にあったと思う」
その時だった。
「あっ!凛様だ!!」
3人の女子生徒が木陰にいた俺たちに気付く。
凛の知り合い。
急に顔をキリっとさせる凛。
「みんな、どうした?」
3人の女子生徒は急に色めきだした。
「今日はやけに色っぽいですね」
「そっちの美少年は彼氏ですか?」
「馬鹿。2年の航先輩じゃん。凛様のお兄様」
「えーっ素敵」
「そう…。今日は担任に遅刻すると伝えといて」
「は、はい」