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02.騒動は加速する

「私は、クリスティーナを愛してしまった」

「リック様」


愛していると言われたクリスティーナは、小さく喜びの声を上げ、リシャールの胸へとしなだれかかる。それに気を好くしたのか、一瞬頬が緩むもすぐに厳しい表情に戻ってリシャールはエフィーを睨め付けた。


「偽らざる愛。クリスティーナの献身に、私は誠実でありたい。故にエフィー・ウルザリン、私は汝との婚約を破棄する! 」


堂々たる言の葉に、ホールにいた半数が息をのむ。それはもう突然始まった三文芝居の着地点を固唾を呑んで見守るに等しい状態であった。


「お、お待ち下さい」


これは多大な勘違いが発生している。エフィーは自らの身に降りかかった火の粉を払うべく口を開くが、それもすぐに王子に遮られてしまった。


「抗言するか」

「ですが」

「君が何も言わず、受け入れてくれる事を願っていたのに」


ここへ持て。と、クリスティーナを抱いていない方の手を出せば、側近の一人が抱えていた書類箱から一枚紙を取りだしリシャールへと渡す。


「汝が罪をここに暴こう」

「わ、わたくしの罪ですか? 」

「宮廷学校内で行われた数々の嫌がらせについて、ここに記してある」


宮廷学校内で嫌がらせなんて起こっていたかしら。と、エフィーは記憶を探ろうとしたが、次にリシャールから発せられた言葉にそんな思考は吹き飛んでしまった。


「すべて、君がクリスティーナに対し行ったことだ」

「わたくしがですか?! 」


エフィーはアカデミー生であり、クリスティーナは初級生である。全く接点がない。


常軌を逸しているとはまさにこの事と、エフィーの瞳が驚愕に見開かれた。




エフィーは、宮廷学校のアカデミー生だ。

臣民は、それぞれに必要な身に付けるべき教養を授けてくれる学校へと進む。街に住むなら都市学校へ、都市学校がない農山漁村なら教会学校へ。聖職者を目指すなら聖主座学、貴人なら城郭学校や宮廷学校といった具合だ。諸侯の息女なら一五から十七までの二年間、修道院へ行儀見習いに行くのも一般的である。

女性の大半は、十八で成人すると即結婚となるからだ。


とはいえ。

イザラのように幼き頃から家庭教師に学び、嫁ぎ先となるケイデンのマナーを学ぶためロシュウォール王国から居を移しケイデン王国宮廷学校の初級生になった者もいれば、エフィーのように都市学校へ通い修道院を経て宮廷学校のアカデミー生という遍歴を辿る者もいる。


エフィーの場合は、『生きる学堂』や『光に照された人』などとあだ名されているのでかなり稀有な人材で学歴かもしれないが。


話は逸れたが、現在のアカデミー生は三十三人であり、うちエフィーと同じように国王陛下により身分不問で集められた詩歌を究める十四人は、陛下の教えを受けるべく常に陛下と共に国中を移動している。


そもそも王宮に滞在すること自体が稀で、お名前は存じております。程度の相手に嫌がらせとはなかなか豪快な主張ではないか。


「殿下。わたくしは、詩歌のアカデミー生です。同じく宮廷学校に籍を置くものとしても、クリスティーナ様は初級生。お噂を耳にすることはございましても、お会いする機会は御座いません」

「そこもだ! 」


(そこもだ?? )


口には出さずとも、脳内でリシャールの言葉を反芻する人間は多かったことだろう。


「エフィー・ウルザリンは、成人するまで血縁であるアウーロの王宮で暮らすと聞いていた」

「え、ええ。有名な話です」

「毎年送られて来ていた絵姿は三年前が最後だ。その時、これより二年は教管区の修道院にて過ごすため絵姿を送ることは出来ないと添えてあった」

「そ……う、なのですね。それはまたお寂しい……」


言いながらエフィーは首を傾げた。


(寂しかったからといって、浮気は許されることなのかしら?)

(いや、許されないわよ。許してはいけないわ)


「なのに、だ。何故、君は宮廷学校にいるのだ」

「え……ええぇぇぇぇ」


エフィーの口から淑女らしからぬ声が漏れてしまった事は、多目に見てあげたい。


「エフィーと呼ぶ声を聞いた。まさかと思い声の主を探せば、労働階級と談笑に耽る貴女を見た」

「そ、それはとんだお目汚し、を? 」


クリスティーナに比べて、エフィーの見目は華々しくはない。しかし、凛とした美しさがあるものであった。


一目見れば忘れられない黒水晶のような雅やかな髪色は、この国には少なくそれだけで人目を惹く。


艶やかな黒髪に、鴨頭草(つきくさ)色の瞳、雪白の肌。頬は花貝を埋めたかのように淡く色付き、唇は朱を含んだかのように紅い。眉と目の間が開き気味で、低めの鼻と幼くみえる丸顔でなければ完璧な造形であったが、そこは致し方あるまい。


リシャールの手元に残る五枚の絵姿。そこに描かれたエフィーは、黒檀の艶髪に体格はもう少し貴族好みにふくよかで、露草の花のような薄青色のつぶらな瞳をしていた。細い鼻筋に高い鼻と目の前のエフィーとは幾つか解離していたが、絵姿は多少の修整は行われて当然の風潮もありリシャールが気にすることはなかった。


美しくも愛らしい。そんな言葉が似合う容姿は、きっと万民が好意を抱いて受け入れる。そして、なによりアカデミーに学ぶ才女だ。


彼女が宮殿にいると知った時のリシャールの舞い上がり方は尋常ではなかった。しかし、彼女に対して自ら行動を起こすことはプライドが許さず、自身は口を閉ざしエフィーの存在など知らぬ存ぜぬで彼女から挨拶に来るのを今か今かと待ちわびる。しかし、彼女はリシャールの事を忘れたように日々を過ごし、滞在期限が過ぎれば国王陛下と共に宮殿を去った。


いくらウルザリン公領がケイデンの三分の一を占めるとはいえ、このような振る舞いが許されていいのか。


自分より学びを優先された事実にリシャールは打ちのめされ、荒む彼の心をクリスティーナの優しさが癒すこととなる。


急速に親密になる二人を諌めるものは、股肱の臣であっても徹底的に排除した。


そんな頃、クリスティーナの表情に翳りが差すことがあった。なかなか事情を話そうとはしない彼女を宥め透かし理由を聞き出せば、それまでリシャールの存在を無いもののように扱っていたエフィーがクリスティーナに嫌がらせを始めたのだという。リシャールは憤慨した。


「王宮にいるのならば、なぜ私に挨拶に来ない」

「……そ」


のように言われましても。というエフィーの呟きは空気に溶けるだけで音にはならなかった。


「挙げ句、私が心を寄せるクリスティーナに嫉妬し、王宮に戻った時には必ず彼女に無用な嫌がらせを繰り返しているときく」

「しておりません」

「エフィー! 」


強い瞳でキッパリと言い切ったエフィーにリシャールは鼻白む。


「まぁまぁまぁ。ケイデンのスズランの舞踏会は、このようにお静かですの? 」


ほほほ。と、その場に似つかわしくない優美な笑い声が響いた。


「随分と面白みのない余興ですこと」


ホールにいたほぼ全員が声の主を探す。人垣が割れ、姿を表した光華の花嫁を目にするや、数人の貴人が男女問わず卒倒した。


倒れる際、ホールを飾る花が生けてある花瓶を倒したのか、なかなかの惨事が起こっている場所もある。


「ユーフォリア・オブ・アーサリング……! 」


三年ぶりに姿を見せた天敵に、リシャールは苦虫を噛み潰したような顔を向けた。


彼の動揺は、クリスティーナにも伝わる。


「リック様……! 」


エフィーに対しては何処か勝ち誇ったような笑みを見せていたクリスティーナだったが、突然登場したユーフィニアには純粋な恐怖を感じているようだった。


高貴なる身の上。生まれ落ちた瞬間から女主人となることを約束された貴人は、佇んでいるだけで平伏したい衝動にかられるのだろう。怯えた表情で自分の腰を抱く王子を見る。


「大丈夫だ。問題はない」


怯えるクリスティーナのこめかみに唇を寄せると、リシャールは手にしていたエフィーを糾弾するための紙を側仕えに戻す。


「久しいな、ユーフォリア」

「三年ぶりですわね」


ケイデン王国の継嗣と美貌の女領主。互いに穏やかな表情で微笑みすら浮かべているが、事態は最悪な方向へ向かっているとエフィーは身震いした。


「ユーフィニア様は、何時からいらしたのかしら」


背後から耳打つイザラにエフィーは薄く唇を噛む。


「判らないけど……」


ユーフィニアに付き従い彼女と一緒に現れた見知った護衛騎士の顔色をみて、エフィーは天を仰がずにはいられない。


「最初からのような気がするわ」

「やっぱり」

「倒れていいかしら」

「今は止めておきなさい。ここから楽しくなりそうだから」


亡国の危機を娯楽にしないでほしい。そんなエフィーの嘆きが天に届くこともなく、この勘違いの悲喜劇は終幕に向けて疾走していく。


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