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01.とある騒動のはじまり

宜しくお願いします。

今日は、『幸運をもたらすスズランの日』。


街では祭りが行われ、王宮では舞踏会が開かれる特別な日だった。




「エフィー、エフィー! 」


ギャラリー席へと向かっていた令嬢は、聞き覚えのある声に足を止め振り向く。


「エフィー、ここよ! 」


声の主を探して瞳を動かすエフィーに気づいて貰うため、彼女の名を連呼する令嬢は、はしたなくも手を挙げて握ったハンカチを振った。


「イザラ」


一人であることに気が張りつめていたのか、着飾った人波の向こうに友人を見つけたエフィーの体からは力が抜け、白磁のような頬は緩んで穏やかな微笑みさえ浮かぶ。


「遅刻するなんて、聞いていないわ」


メインホールを行き交う人を掻き分けるようにしてエフィーの前までやって来たイザラは、大袈裟に頬を膨らませて拗ねた顔を見せた。


ワンサイドにまとめられた巻髪は赤いミニチュアローズの髪留めと緑色のリボンで飾られ、派手な色使いで有りながらスッキリとした印象を与える。

淡いミモザ色のドレスは、イザラの夕空色の鮮やかな髪にとても似合っていて、彼女の幼い行動も愛くるしいと許してしまう気持ちにさせた。


「ごめんなさい。ちょっと色々あって……」


言葉を濁すエフィーに何かを察したらしいイザラは、瞳を悪戯っ子のように輝かせ意地悪そうな笑みと共に一歩エフィーとの距離を縮める。


「さては、また婚約者様ね」

「え、ええ。まぁ、そうなんだけど」

「もう、どうなっているの。役目、役割とはいえ、人がよろしすぎるわ。ちゃんと抗議すべきよ」


婚約者との間の事を聞き出そうとするイザラに困り、薄く頬を染めたエフィーが彼女から視線を外すとイザラの後ろに控えている男性と目が合った。


「イザラ、あの……彼は? 」

「え? 」


エフィーが視線で指し示す方向を振り返ったイザラは、「忘れてた」と声を上げると後ろに立つ青年の腕に自らのそれを絡めエフィーの前へと引っ張り出す。

余りの早業に、パチパチと音が出そうな勢いでエフィーの睫毛が上下した。


「私の婚約者様よ」

「初めまして、ダリル・パウエルです。ダリルとお呼びください」


イザラを傍らに、少しの緊張と照れ臭さではにかんだ笑みを浮かべた青年は、涼やかな目許が印象的な美丈夫だった。

常々イザラから話は聞いていたが、本人を目前にするとその迫力に息を呑んでしまう。小柄なイザラと並ぶと尚更恵まれた体躯がしっかりと見えて、絵本に出てくる花の妖精姫と深緑の騎士様のようだと二人が寄り添う姿にエフィーはときめいてしまった。


「宮廷から移動され、今はマイスト伯領の城郭に詰められていると」

「ええ。今もそうなのですが、休みをとりました。スズランの祭りは婚姻を祝うものですから」


実直そうな角張った顔が朱を掃く。マイスト伯領からこのヴァローナ伯領まで馬車で二〇日はかかる。長期休暇を取ってまでイザラと過ごす事を選んだ彼に、なんて素敵な殿方なのだろうとイザラの幸せが約束された気がして、エフィーの顔にも自然と笑みが浮かんだ。


「素敵ですわ、ダリル様。申し遅れました。わたくしエ」

「エフィー! エフィー・ウルザリン! 」


ホールに響いた声に、エフィーの名乗りは阻まれてしまった。







今日は、幸運をもたらすスズランの日だ。


古来より定められた春の始まりの日であり、豊穣を祈る大切な日である。

市中では『スズランの祭り』が行われ、王宮では『スズランの舞踏会』が開かれる国をあげての一大イベントの日だ。


スズランの祭りでは、光の乙女と黒の王子に扮した子供たちが街を練り歩く。光の乙女は春の訪れを人々に報せる為に花を渡して周り、黒の王子は人々から花を譲り受けながら光の乙女を探して街を歩く。

最後は、街の中心となる広場で二人は出逢い王子は集めた花を乙女に捧げ求婚する。


『貴女の献身に、私は誠実でありたい』


乙女が花束を受けとることで婚姻が成立し、豊穣を祈る祭りは最高潮に達するという流れだ。


市井での盛り上がりとは別に、貴族たちも春の訪れを祝い感謝し、社交の場で語らう日でもあった。







「どうなってますの? 」


エフィーにだけ聞こえる小声でイザラが耳打つ。


「わかりませんわ」


扇で口許を隠しながらエフィーはイザラに答えた。


イザラとダリル、エフィーは向かい合って話していたのだが、そこにエフィーの背後から男の声が聞こえた。


何事かと体ごと振り返れば彼女たちから少し離れたところに、この国の王子であるリシャール・“リック”・マコーレ・ユーグが立っていたのである。


「エフィー・ウルザリン。私は、貴女との婚約を解消したい」


真剣な眼差しだった。誠実な人柄と噂の王子は、融通がきかないとも言われていた。その悪い面が出てしまったのだろう。貴人が集うこのような場所で話すような内容ではない。し、そもそもが間違っている。


「殿下、それはどういった……」


エフィーは大いに困惑していた。エフィーだけではない。イザラ、ダリル、そしてリシャールの声が届く範囲に居合わせた全員が困惑し、事のなり行きを見てからでないと判断できないと口をつぐむ。


事の中心地からさざ波のように広がった静けさは、楽団の演奏すらもかき消して、ただただ静かな空間だけを残した。


「そのままだ」


戸惑いに揺れるエフィーの瞳を射抜かんばかりの眼力で見つめた後、リシャールはフッと視線を外し遠巻きにしていた人々の方へと瞳を向け、そして、それを追うように手を伸ばした。


「クリスティーナ」


名を呼ばれた令嬢が、集まる視線をものともせず進み出ると優雅な足取りで王子の傍らへとやって来た。イザラがミモザの精ならば、彼女はマグノリアの精だろうか。真珠が縫い付けられた薄紅のドレスは可憐で気品も漂う。ハーフアップに結い上げられたフラクスンの髪は、リボンとレースで飾られ無垢の中に色香を忍ばせていた。


クリスティーナ・アムリ。

この半年ばかりで、時の人となった女性である。


一代で頭角を表したベルーシャ帝国ディールマン伯領出身の商人の娘。優れた容姿と親譲りの明晰思考。気配りの人でもあり、すべてに公平であろうと心を尽くす。理不尽な要求に相手が貴人だからと無闇に膝を折ることもしない至公の人でもある。


彼女が宮廷学校の初級生となってからリシャール王子の目に留まるまで然程時間はかからなかった。


令嬢が王子の手を取れば、流れるような美しさで彼女を引き寄せ腰に手を回し自分の胸へと閉じ込める。


「リック様」

「クリス……」


鼻先が触れあわんばかりの距離で互いの名を囁きあう二人は、本当に互いしか見えていないのだろう。


クリスティーナが控えている時から彼女の周りは王子の側仕え達に守られていたのか、彼女の歩みに合わせて進み出て、二人が寄り添いあっても顔色ひとつ変えず、そそと王子達の後方へと控える。


その内の一人の顔にエフィーの眉が微かに動いた。


「見ての通りだ」


リシャールは、熱い視線の抱擁をたっぷり楽しんだあと表情を消し、お前には一片の恋情もないと言わんばかりの冷めた視線をエフィーに向ける。


「え。あ、……はい」


しかし、どれ程冷めた瞳で見られた所でエフィーには響いてくるものなど何もない。


困惑しきりのエフィーの様子を背後から窺うイザラは、そろりと視線を王子の側仕え達に向けた。


王子の側仕えについては、宮廷学校に通うイザラも顔を覚えている。しかし、今、彼の後ろに控える者共についてはどの顔も覚えがない。ちらと彼女は隣のダリルを見た。

イザラの視線に気付いた彼も首を横に振るだけだ。


「あら? 」


側仕えのうちの一人が、今にも倒れそうなくらい白い顔をして怯えた瞳をエフィーに向けている。それに目敏く気付いたイザラは、この茶番を実行するために旧来の股肱の臣たちを遠退け、側仕え達を刷新したのだと目を細めた。

更に、この行動は新しい側仕え達ですら知らされていなかった可能性もある。


何やら芳ばしい香りが漂ってきましたこと。


イザラは、本来ならここに居るべき男を探して、瞳をさ迷わせた。


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