鷲掴身
手を握ると、ドキドキしてくる。
相手の体温、汗、脈のそれらが伝えてくれる。
そして、自分の気持ちも手から、ぎゅ~……っと、相手に送り込み。互いに伝えて、互いに温かくなる。
心が喜ぶ、そんな接触が、遠いようで近い。僕達の国で。
「握手会が近々あるんですよぉぉ。でゅふふふ」
お金を払い、時間とその足を使って現地に向かう。たったそれだけの事で、できること。
それだけか?その相手に愛という気持ち、好きという気持ちがなければ、できぬこと。
これこそが重大だ。
「それでねぇ、神様。拙者を生き返らせるだけじゃなく、拙者と握手をした人が拙者の事を好きになる的なものを寄越してくれんだろうか?」
『贅沢過ぎない?』
夜行の高速バスによって、握手会の会場まで向かう途中。運転手の居眠り運転による交通事故に巻き込まれ、死んでしまうところ。神様によって、運命と命を確保された彼等の1人はそうお願いしていた。
「助かった命と助からない体は別ぞっ!」
『分からなくもない』
「美由紀ちゃん(目当てのアイドル)と握手するために、拙者は生を受けたんですぞ!」
『成仏するかどうかは、次で決めればいいが……私としては、大事故なんてなく平和の日本であって欲しいと思ってだ』
なんとも個性的な人間だが、危害を与えるような感じはしない。悲しい事より、楽しい事を。そのアイドルさんには少し可哀想な彼の外見だが、望み通り
『”鷲掴身”、の能力を貸そう。これは君の言っていた……』
「マジかお!さぁ、早く!アイドル会場まで運んで、時間も進めるぉ!」
『あっ、ちょっと!効果はそうだけど、使い方が~……』
話しを聞かないまま、戻してくれた運命に乗って、現世の流れに乗ってしまう彼。
命も助かり、事実もなくなり、アイドルさんとの握手会へ。
使い方を間違えると、困ってしまうもので。やや神様が不安になる。
『……誰を呼ぼうかな。灯ちゃんがいいかな?』
◇ ◇
”鷲掴身”
古来の魔術の1つであり、その時代の使われ方は”毒”として使われていた。心を蝕ませる手と、揶揄され、多くの支配者の心を動かした。
互いの手を握るだけで、相手と自分の情報の共有を数百倍に交換される。その交換の数だけ、相手を良く知ることによって、相手は好意と呼べる気持ちを呼び起こす。
だが、その気持ちが爆発的に脹れ上がると、天国と錯覚させるような好意を見せてしまい、相手の人格を破綻させてしまう。加減が必要。
「そんな能力を馬鹿に与えるな、アシズム」
男勝りの発言をし、金髪に狐目みたいな細い目。アイドルっぽさより、暴力女と揶揄して構わないし、そうだと自負している女、山本灯と
「まぁ、いいじゃないか」
喫茶店にいる老店主みたいな格好の爺さん姿でいる、アシズム。その能力を持つ男のいるアイドル会場に乗り込んで、なんとか大混乱を避けたいところ。
アシズムは
「案ある?」
「あたしがそいつを殴り殺せばいい?」
「そーいうの止めて」
どっちがだよ……。
「アイドルをぶち殴って中止させんのもいいけど、渡した能力を回収できないのもヤバイでしょ?」
「そりゃあ、まぁね。一度はどうあれ使わせないと困るんだ」
「趣味悪いわねぇ」
灯は不満顔を作りつつも、仕方なく。
「死体の山ができる程度に、やってやるわよ」
「お?期待していい?」
灯の一計と同じ頃。
すでにアイドルさんと、”鷲掴身”を所有した男の握手機会となっていた。
「でゅふふふふ」
「いつも応援ありがとうございます!」
アイドルさんはもう疲れた顔をしているも、可愛い声を出して、ファンの皆様に応える。今日で30人目となる握手。
ギュゥッ
男の方は、授かった能力に自覚がないというのも厄介であったが。そんなの関係なしに強くはないが、自分の気持ちを伝え、相手の気持ちを吸い取るように握る。優しく握っている男らしく、ファンの鑑のような手だった。
その手が伝えてくれる情報量に
「!!っ」
疲れた顔がどこかに吹っ飛んでしまう。まるで、心臓マッサージをされているような高鳴りをし、喉がカラカラになってきて水の代わりに欲するのは、相手の成分だった。
紅潮な頬と自然な照れ。自分達との過去も握手の形を通して知り、
「孝之さん、いつも来てくださってありがとう」
「お、覚えててくれたんですかぉ!」
運命を感じさせる。彼の見た目は王子様とは到底思えない姿ではあるが、アイドルさんにとってはその人が神の如き、崇拝をするべき存在に感じてしまった。
強い反応が生まれてしまった。そして、男の方も
「なんだか美由紀ちゃんのことが凄く分かったぉ。恋してきた気分だぉ」
強い意識をもらってしまった。
翌週にはスピード結婚をしちゃいそうな、ヘブンな気持ちになった。
夜の逢瀬も夢じゃない、夢想もする。
◇ ◇
そんな日から2日後。アイドルさんは、とある取材に応じていた。
好きな人ができたとか、好きなタイプができたとか。カメラの手前、下手な事は言えないが
「実はこの前、握手会あったんですけど」
その時からアイドルさんの様子は変わっていた。
「最初は大変で嫌かなーって思ってたんですけど。握手をしてたら、相手の気持ちが分かるようになって。私、それで気付いたんです。お手手フェチだったんです!人の手を触ること、楽しい事に気付いたんですよー」
握手はもちろん、手相やら、形、柔らかさなどに興味が沸いてしまったようだ。
あれれ。あの男性との気持ちはどこへやら。
「男100人以上、一瞬だけ気絶させるの大変だったわ」
「君が気絶させた男達に、”鷲掴身”を貸したのも大変だったよ」
灯とアシズムの工作によって、”鷲掴身”を持った人物を増やし、一人に対しての感情ではなく、手のフェチに興味を向けさせて、最悪を防いだのだった。