踏みにじられる1番
世界が割れ、元の世界が顔だします。
「あらあら、残念。素直に受け入れればいいものを」
クスクスと笑う。
私達の、敵。私達の大事な思い出を一瞬でも消し去り、触れてはいけない部分に触れた張本人。
「ま、ダメ元での作戦だったので、仕方の無い事ですよね」
のっそり、立ち上がる。
「1人釣れれば、儲けもの、という感じでした、し」
私達の後方目掛けて歩き出した。
「そうですね、アルテミス様」
その人は膝をつく。敬意を示すかの如く。
そして、その人は…
「ご主人…様…?」
私の、大事な、人…。
そうか、彼は…あの誘惑に勝てなかったのだろう。きっと、望んだ世界に呑まれてしまったのだろう。
私は…どうすればいいのでしょうか…。
「ご主…!」
分からないことがあったら、迷ったら聞いていた人は、そこにはいない。
常に答えを出してくれていた人。その人は…。
「…よくも…」
「よくもギューフを!!」
真っ先に飛び出したのは、黒猫さん。
それに続いて、全員飛び出した。
ニヤリと、アルテミスは顔を歪ませた。
バッ!
その間に割って入ったのは、ご主人様だった。
誰もが、一瞬動きが止まる。いや、動けなくなる。
「ふふ…うふふふふ…」
スタスタとアルテミスはご主人様に近づく。
「よほど…大切なのですね…」
シャキッ…
片手には、サバイバルナイフを持っていた。
「それ以上ご主人に近づくな!」
アルミスタが声を張り上げる。
「ふふ、怖い怖い…ま、近づいちゃいますけどね」
ピトッと、ご主人様に密着するアルテミス。そして、ご主人様にサバイバルナイフを渡します。
シャク…
ご主人様が腕に切り傷を入れます。
「さぁ、楽しい楽しいゲームの時間ですよ」
ツーッと腕に血が流れます。
「今からこの人は、切り傷を次から次に入れていきます。私を倒せば、このカウントは止まります」
急に訳の分からない事を言い出しました。
「もし、あなた方の誰かが腕を差し出せば、この人はその人の腕に傷を入れます。簡単ですね。カウントを止めたければ、私を倒し、時間制限を増やしたければ腕を差し出せば良いのですよ」
めちゃくちゃだ。私達が、何が1番大事なのかを理解した上で、それを踏みにじってくる。
シャク
その間にも、ご主人様は自傷行為に及んでいます。
私は…
咄嗟に腕を差し出しました。
「リタ!?」
カトレアが私を心配して、駆け寄ります。
「大丈夫です。私の能力発動のためにも、血は必要…ですから」
声の震えを、押し殺します。それでも、怖い。ご主人様に…傷つけられるのが…。
ナイフが、振り上げられます。
私は、目を瞑ります。
腕に…冷たい感覚が…
当たりません。何故…?
薄く目を開きます。
「うっ…!うぁぁ!!」
ご主人様が、天高く上げた手を、振り下ろすまいと必死に、耐えていました。
ご主人様はいつもそうです。自分がどうなろうと、私達を守ることを考えてくれる。
私達を、守ってくれる。
私は…彼を守ってこれたのでしょうか…。
「うぁぁぁ!!!」
しかし、限界が来たようです。腕が…振り下ろされました。
「ふぅ…間に合ったかしら」
腕に、痛みも何も走りませんでした。
ご主人様は、魔力の結界の中、もがいています。
とてつもない魔力の量…とは、お世辞にも言えません。正直、カトレアの方が魔力の量は多いです。
「さて…と」
その人は私達を見回し、やがて、誰かを見つけて手を振ります。
「お姉ちゃん!久しぶり、今まで看病、ありがとね!」
その人は、天使には見えないはずのベゴニアさんに、手を振りました。