旅の始まり
町長に女の子の新たな名前を伝えたし、いよいよ本格的に行動開始だ。
現在、朝の8時。アネモネと朝食を一緒に食べる。
食べ終え、街の門をくぐる。
「お姉ちゃん、どこか行く?」
どうやら私はお姉さんからお姉ちゃんへと、昇進を果たしたようだ。
「そうよ。大丈夫、きっと楽しいところよ」
頭を撫でながら言う。
「お家、帰ってくる?」
「えぇ、もちろん」
私は胸を張って答えた。
2人して馬車に乗り込む。
「さ、アネモネ、何処に行きたい?」
「…むけーかく?」
そうですよ、無計画ですよ、どーせ。
「んっとね…」
思案顔のアネモネ。
「お姉ちゃんと一緒なら何処でも!」
明るい笑顔で言われた。嬉しいけど…出鼻をくじかれた。
「そ、そうねぇ…」
ヤバい、落ち着け私。焦るには早いじゃない。まだ旅は始まってすらいないのに!
「ま、とりあえず、水族館でも行きましょうか」
無難な所。この近くに海があることは把握している。その付近なら小さな水族館の1件2件あっても不思議ではない。
「すいぞっかん?」
何それ、とでも言いたげな目だ。
あぁ、そうか。この子にとっての世界は、労働施設と、あの街だけなのだ。
「わー!すごーい!これなに!?」
魚を指差しはしゃいでいる。この姿は子供そのもので安心する。
「お姉ちゃん!こっちこっち!」
アネモネに呼ばれ、一緒に色々な魚を見る。
色とりどりな魚と一緒に写真を撮ったり、大きな口の魚を見ては自分も口を開けてみたりと、大はしゃぎだった。
昼食をとり、午後も水族館を回る。
相変わらずアネモネは元気だ。ちなみに私はけっこうヘトヘトだ。
結局閉館時間ギリギリまで一緒に回った。
騎手さんに頼んで、近くの海浜キャンプ場へ。ここで1泊する。
テントを敷くのは騎手さんに手伝ってもらった。倫理的に一緒にテントに入ることは出来ないが…。
そんな夜。
「きれー…」
満点の星空と、海に映る星を眺めながらアネモネは感嘆を漏らす。
私は1度、旅の目的を確認することにする。
今朝含めて分かったことがいくつかある。
この子には自我が少ない。そして、その少ない部分というのは猫を被っている部分が占めているのだろう。もちろん、憶測の域ではあるが…。
だから、旅の目的は2つ。
1つは自我を芽生えさせること。何処に行きたい、何を食べたいを自分で決めさせるため。
そして、もう1つは…
「…えへへぇ」
アネモネに、せめて私とくらい、猫を被らず接してくれるようにすることだ。




