町長の様子
町長はしばらく、宿無しの私を泊めてくれるそうだ。素直に助かる提案だった。
なお、町役場はそこまで広くもないため、女の子と同室。
今夜はとりあえず少しお話をする事にしようか。
座布団を、2枚敷く。
「ほら、座って」
ポンポンと座布団を叩くとトテトテ走りよってきて座った。
私の膝の上に。
…なぜ?
「ま、いいか」
自分に言い聞かせる。男と女ならともかく、女同士なら問題は無いはずだ。…無いはずだ。
「なぁに?お姉さん」
なるほど、上目遣いってこんな感じだったのか、と考えながら言葉を探した。
「キミの名前は?」
女の子は思案顔になる。
「んっと…36番」
あー…うん。真っ黒だった。いやたぶん、町長の名前が染み付いていないだけだと思うのだけど…。
私が引き取った、と言っていた。おそらくだが、引き取り手が完全にいなくなって、自分が引き取るしか無くなった、という訳だろうか。
さて、困った…。名前…名前か…。
考えると難しいな…。お兄ちゃんは花の名前で決めてたし、その線で考えてみよう…。
「アネモネ…なんてどうかな?」
パッと思いついた花の名前を言ってしまった。あぁ、もっとちゃんと考えてあげるべきだ私は…!
「アネモネ…」
しかし、予想に反し、その子の顔は輝いた。
「アネモネ!アネモネ!」
大喜びだった。
ガッガッガッ
頭が顎に当たる。とりあえず膝から降りて欲しいと思ってしまった。
女の子は興奮したままなかなか寝付けなかったようだが、布団に入ってしばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
スっと布団を抜け出し、部屋を出る。少し町長の警戒だ。完全に信用なんてしていない。怪しい行動を取れば即射抜くくらいの心構えだった。
部屋をこっそり覗く。机に突っ伏して寝ていた。
机には大量の書類の山。意見箱の書類のようだ。それを1枚1枚チェックしているらしい。
こっそり数枚を取ってみる。主に、保育施設の拡充の依頼だった。町長は目の前にいくつもの保育施設の書類を置いていた。
なるほど、この人はホントに優しい…のかな。
いやいや、そういう演技だという線は残しておくべきだ。…あぁ、私って、ホント疑ってばかり…。
とりあえず書類は依頼内容によって種類分けくらいはやっておく。すると、底から1枚、紙が出てくる。
今日の私について書かれたメモだ。
「…ふふっ」
中身を見ると、重要なことをメインに、様々な事が書かれていた。今日の話の内容だけの事しか書いていない。それも、これは喜ぶ、これは嫌がるなど、事細かにメモが残されていた。
「町長、起きてください」
近くにあったペンで突く。
「はっ!」
覚醒は早かった。
「あ、すまないね…」
申し訳なさそうに部屋を見回す。
「書類の整理…キミがやってくれたのかい?」
驚いた声で聞いてくる。
「えぇ、泊めてもらったせめてものお礼です」
町長は笑顔になって、
「そうか、ありがとう。助かったよ」
素直にお礼を言ってきた。
私は、この事を聞くかどうか迷う。聞いて後悔しないだろうか…。いや、さっきの様子を見て、ある程度は確信している。きっと、後悔はない。
「町長は、あの子になんて名前を付けたんですか?」
ふっふっふっ、と初めて見るに堪えない笑い方をした。
「アキレス・アレクサンダー36世だ」
私は後悔した。