町役場での出来事
町役場まで着くと、ひとつの部屋に案内される。
「さ、座って」
町長は優しそうな笑みを絶やさない。警戒しながら椅子に座る。
「とりあえず、名前はあるかい?」
「…」
果たして言ってもいいものだろうか。この人は信用に値する人物なのだろうか。
「無いならないで、何かしら名前は必要だからね。番号呼びなんてしたくないんだ」
まぁ、お兄ちゃんに付けてもらった名前を変えられたくもない。
「…カランコエ」
恐る恐るではあったが答えた。
「うん、カランコエちゃんね」
メモメモっと…と手元の書類にメモを取っている。
「いやなに、私は記憶力が良いわけではないんだ。気を悪くしたらすまないね」
相変わらず笑みを絶やさない。
「さて、キミにはもう帰る家とかはあるのかい?」
次の質問を投げつけてくる。とりあえず答えておく方が話をスムーズに進めるためには良さそうだ。
「えぇ、ただ、その場所に帰るかどうか少し悩んでいて…」
町長は初めて険しい顔をして、すぐ優しい笑みに戻る。
「訳アリのようだね。あまり深くは聞かないから安心していいよ」
まぁ、言う気もないが。
「とりあえず今後の予定とかはあったのかい?」
「いえ、特に何も…ただ、5日後には帰るかどうか決める予定です」
そう、5日後に王宮に集まるかどうか決めなければいけない。私は、どうするべきなのだろうか。
確かにお兄ちゃんは好きだ。でも、それだけの理由でついて行っても良いものなのだろうか。いや、良くないだろう。私なりの明確な目的が定まっていない。
コンコン
不意に扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ、開いてるよ」
優しげな声で町長は答える。
「…こんばんは」
チラッと顔を覗かせたのは小さな女の子。
トテトテとこちらに向かって走りよってくる。
「んしょ」
私の膝の上に来た。
「…?」
意味が分からない。
「んー…?」
女の子は私の膝を押し、思案顔をする。
「…人だ!」
ギョッとして、飛び降りる。いや、気づくでしょ普通。
「あっ…」
着地を失敗してバランスを崩す。
「危なっ…」
私は咄嗟に女の子を支えた。
「ありがとう…お姉さん」
あぁ、お姉さんか。お姉ちゃん達はこんな気持ちだったのかな。
「あぁ、すまないねカランコエさん。そこはいつもその子の特等席なものだったから。いつもの癖でそこに来たらしい」
女の子は興味ありげにこちらをジーッと見ている。
まぁ、とりあえず話の続きを聞こうか。椅子に座る。
「んしょ」
膝の上に再び女の子が座る。今度は居場所を見つけたかのように、私の上にすっぽりと収まった。
「むふー」
満足そうだ。
「あはは、どうやらカランコエさんが気に入ったようだ」
町長はそう言って笑った。
「まぁ、話を続けるよ」
あぁ、この体勢で聞くことになるんですかそうですか。
「キミが連れ去られた翌日、奴隷不買運動がこの街の至る所で起きたんだ。当日、声を上げようにも上げられなかった者達が中心となって、ね」
急に話が重たくなる。女の子はケロッとしているが…。
「そして、奴隷として人を売った者達には罰則がかけられた。主な罪状は追放だ。腰巻1つで街を追い出されるんだよ。同じ気持ちを味わってこい、という事なのだと思う」
なるほど、だから家には家具だけ残っているわけだ。
「売られていった子達は私達でなんとか取り戻し、引き取り手も探した。ようやくほとんどが落ち着いてきた、という状況だ」
なるほど、あの街のお祭り騒ぎ、あれは本心だった、という訳らしい。
少し安心する。
「それじゃあ、この子は?」
私は下を向き、示した。
「その子は私が引き取った子なのだが…」
うーむ、と唸る町長。
「いや、すまない。その子は私が引き取った子だよ。それだけだ」
ははは、と誤魔化し笑う。
「そうですか…」
首を突っ込まない方が良い事など分かってる。お節介を焼く係はお兄ちゃん担当のはずだ。
「少しの間、この子の面倒、見てあげても良いですか?」
あぁ、お兄ちゃんのお節介が移ったのかな。これ。
「別に、構わないが…」
町長は驚いた声で言ってくる。
私には見えてしまったのだ。この子はきっと、私と同じだ。人を恐れて、猫を被っている。
昔の私を見ているようで、放っておけなかったのかもしれない。