私の未練
家に戻る。
「さ、夕飯を作るとしようか」
黒猫はこちらを振り向かず台所とへ走り去る。アーチュもそれを追う。
きっと目の下の腫れを見られたくなかったのだろう。あの後、高台の上で3人とも号泣していた。涙は止まることなく、ずっと、いつまでも流れ続けていた。
「ありがとうございました。憑依させて欲しいだなんて願い、聞き入れてくれる人は他にいませんでしたから」
アセロラさんはお礼を言う。
「いえいえ、こんな事誰でも出来ることですよ」
謙遜でもなんでもなく言った。
「まさか!そんな危険なこと誰が好き好んでやりますか!」
「???」
危険?え?ちょっと待って?
「悪霊だったら、乗っ取られる危険性があるんですよ!そんなの怖くてとてもとても…あなたのような勇気ある人はホント、凄いと思います」
勇気があった訳では無い。ただ、
「え?…あははー、照れますねー」
無知なだけだった。
「ほれ、出来たよ」
黒猫がこちらに料理を運んでくる。なるほど、オムライスか。
「あー、ちょっと待ってくれ。最後に一仕上げ」
黒猫は指を鳴らすと、アーチュが何かを大事そうに持ってくる。宝珠だ。
「さ、憑依を解いて」
アセロラさんは意味の分からないまま、憑依を解いた。
「ドデカ」
それは俺の聞いたことの無い、黒猫の能力の1つ。
黒猫は片手で宝珠を割った。
「さ、召し上がれ」
椅子を引かれる。そこに座ったのは
「…」
アセロラさんだった。容姿はどことなくアーチュに似ていた。
「私…食べれるの…?」
アセロラさんは恐る恐る聞いた。
「長くは持たないからね。ちゃんと食べてくれ」
アセロラさんはスプーンを握り、恐る恐るオムライスを口に運んだ。
「…美味しい」
たぶんそれも、俺の胃の許容範囲ギリギリを突いた、そんな代物だったのだろう。
2口目、3口目と次々にオムライスを口に運んだ。
「とっても…とっても美味しい!」
その顔はどこか、幼さを残しつつ、それでいて大人びた…泣き顔だった。
「あの日…ちゃんと食べれなかったから…!最後に食べたいって言ったのに…!」
ボロボロと涙が零れる。
「…ふふ…」
笑って、告げた。1番大事なことを。
「あぁ、未練って…これだったのですか」
オムライスのお皿は空になる。
カランカラン…
虚しく、スプーンの落ちる音がした。
ドサッ…
「アセロラお姉様…!」
黒猫が崩れ落ち、泣き出した。
ようやく、役目を終えたのだと。今まで我慢してきたのだろう。崩れ落ちたくても、立派な姿を見せようと、懸命に努力して来たのだろう。
きっと今俺が考えている以上の苦悩が、そこにはあったはずだ。
ポロポロと涙を零しながらも、その背中をアーチュは優しくさすっていた。
「で、ご主人様」
さてさて、黒猫達はしばらく2人にしておこうという粋な計らいでこっそり部屋を抜け出してきた訳だが。
「なぜ私の部屋に?」
辿り着いた先はリタの部屋だった。
「ま、それは当然ですよね!私はご主人様の1番なんですから!」
えへんと、胸を張った。見事な直線だった。
「いや、まぁ、近くを通っただけだがな」
「そこは嘘でもキュンとする一言言ってくださいよ!」
俺はコホンと咳払いをする。
「近くにたまたまリタの部屋があった。これは運命だと感じたんだ」
「なんの運命なんですか…」
若干引いている。間違えたか。
とは言え、まぁ、用もなしに来ることは無い。
「本題だが」
「あ、用あったんですね」
俺、立場上ご主人様…だよな?
「コホン…リタ、今後のことはどう考えている?」
「それはもちろん、ご主人様とずっと一緒にいますよ?墓場まで」
真面目に聞いているんだが…
「そうじゃなくてだな、黒猫の話があったじゃないか。その戦いには参加するのか?」
「だから、そう言っているじゃないですか」
?話が読めない。
「ご主人様に、どこまでもついて行きます。例えそれが地獄であろうとも」
「…そっか」
頼もしい限りだ。
「1度みんなで話してみたんです。黒猫さんとアーチュさんは欠席でしたけど…」
こっちも大変だったからな、色々と。
「カトレアさんと、ベゴニアさんは元々この世界を良くしたい、という目的だったので参加を決めたそうです。アルミスタも即決でしたね。ちゃんと平和を勝ち取って姫様に可愛がってもらいたいそうです」
なるほど、それぞれが意志を持って決めたらしい。誰かが行くから行く、とか軽い気持ちで来られても困る。
リタがそれに当たるのでは?という声もあるだろう。言ったはず、軽い気持ちなら困る、と。
リタはむしろ重い、重すぎる。潰れそうなくらいだ。
「…何か失礼なこと考えているでしょう」
「バレた?」
てへっと笑ってみせる。
「…で、だ」
真面目な顔をする。
「カランコエは…なんて言っている?」
そう、彼女だけ、名前を呼ばれなかった。
「…少し、時間をください、との事でした」