最後の願い
キィン…
マイクがハウリングする。
「みんな、聞いて欲しい」
パーティ会場全体に響く声で黒猫は告げる。
「ユルとの戦い、本当にお疲れ様。とても素晴らしい戦果を残すことが出来た」
ドッと歓声が上がる。黒猫はそれを制する。
「よく聞いて欲しい。ユルを裏で操っているやつが分かった。私達はその戦いに向かう予定だ」
会場全体がざわめく。
「おそらく、相手は今回以上の強敵となる。今回は生きていても、次回生き残れるかは分からないし、保証も出来ない」
誰もがキョロキョロと相手の様子を伺っている。
「もし、それでも付いてきてくれると言うのであれば、2週間後、ここに再び集まって欲しい。十分、よく考えてから、自分の1番良いと思った道を選んでくれ」
黒猫は壇上を降りる。相当辛かったのだろう。足取りはふらついていた。降りた途端、アーチュが黒猫の体を支えた。
「ずいぶん仲良くなって、少し妬けちゃいます」
頭の中に声が響く。
「まだ居たんですか」
「えぇ、まぁ。とは言っても、ユルを倒すところは見届けましたし、そろそろ潮時ですね」
悲しそうな声が響いた。
「最後に1つ、お願いしても良いですか?」
「…どうぞ」
相も変わらず、俺は質問の内容を聞かずに返事をしていた。
次の日。アーチュと黒猫をとある部屋へ呼ぶ。
「えっと…なんだい?これは」
黒猫は若干引いていた。いや、たぶんそれは俺も引くだろう。
俺はドレスを着て、模造刀を手に、仁王立ちしていた。
「どうせ暇なのでしょう?でしたら私…じゃなかった、俺と手合わせしてくれ」
最後の方は俺の声帯をフル活用したイケボだった。
「まぁ、そういう事なら…」
アーチュが1歩踏み込み、こちらへ向かって剣を振る。
カッ…パチッ
俺の動きでは無かった。人間の関節ってあそこまで曲がるのか。
「アイタタタ…」
しかし、この声は俺の声だった。関節グネったのだ。素直に痛い。
でも
「…え?」
アーチュの背中に1太刀浴びせていた。
「油断したのか…?私が?…次は本気でいく」
再び、関節を痛めている俺へと向かってくる。
カッカッバチィン
「いってぇぇ!!」
関節が!関節が死にますよ!このままだと!
「…どういう事だ…?」
またまた1太刀入れられたアーチュが自分の手を握ったり開いたりしている。
それもそのはず。今の俺に乗り移っているのは…
「痛いって!死んじゃう!死んじゃうから!」
元解放軍最強の騎士なのだから。
「いったあぁぁぁあい!!」
最後のお願いというのはささやかな物だった。
「どうか3日間、あなたに憑依して、形だけでも3人での暮らしを再現させてください」
そう、それだけ。彼女の人生はその為の物だったと、そう物語っている気さえする。
「返事は変わりませんよ」
俺は余裕の笑みで、そう応えた。
剣術稽古が終わると、時刻は既に夕方だった。何故なら途中で俺が気絶したから。凄いな、関節が柔らかすぎる。
「さ、料理を作りますか」
「だったら私は食堂に…」
黒猫がそそくさと退散しようとする。
「アンスール?」
俺は黒猫をキッと見つめる。
アーチュに至っては既に逃げる気力すら残っていないようだ。
俺はキッチンへと向かい、料理を始める。
「あっ!ちょっ!アセロラさん!なんてものを!?」
そこに入れられていく有象無象。出来た料理はなんと言うか…凄いものだった。
「いっただっきまーす!」
「「…いただきます」」
大声で喜んで言ったのは俺だけだった。と言ってもアセロラさんだが。
2人とも浮かない顔をしていた。いや、それもそうだろう。どんな拷問かと疑いたくなる料理である。
「うぇ…ううぇ…」
胃が受け付けないのに…!受け付けていないのに…!スプーンが止まらないの…!アセロラさん!止まって…!
全員、辛うじて完食する事が出来た。
「さ、寝ましょうか!」
「いやいや、ギューフ、ついに頭狂ったか!?」
正直、既に狂いかけてる。なんか視界がグラグラしてフィーバーしている。
「私は別の部屋で寝てくる」
そそくさと退散を決め込もうとしたアーチュにキッと厳しい視線が飛ぶ。
全員ため息をついて、今日は布団を3枚並べて寝る事で許された。
「すぅー…すぅー…」
規則正しい寝息。それは布団に入り40秒後から聞こえ始めた。
「なぁ、ギューフ」
黒猫が聞いてくる。
「私からも聞きたい」
アーチュも同じように聞いてくる。
両手に花…という状況では無い事くらい察している。
「なんだ?」
2人がホッと胸を撫で下ろす。きっと、アセロラさんだった場合を危惧していたのだろう。
「ギューフ、今、体を貸しているのかい?」
「あぁ、そうだな」
やっぱりという表情でこちらを見る。
「何故?よほど恩義のある者なのか?」
「そうだな、この人がいなかったら、アルムにも、ユルにも絶対勝てなかった」
2人とも既に誰なのか察しているのだろう。
「そっか…それなら」
「あぁ、そうだな」
2人して笑い合う。仲良くなったのは良いが、意思疎通がしっかりし過ぎていて、よく分からない2人だった