真の黒幕の正体
「ユル!ユル!?」
声が聞こえる。あぁ、聞き覚えがある。アルムか。
そっか、アルムも死んじゃったか…。今になって思う。あの時、力を望まなければ幸せだったのかな…
決してそれは私の幸せでは無い。アルムも、ミイナも、マラムも、リグルも。5人で平和に、幸せを満喫出来ていたのかな。
こんな殺伐とした、何も残らないものを私は望んだんだ。これで何かを得る人はほんのひと握りしかいないって分かっていながら。
「心拍数は安定しているのだよ、落ち着くといい、アルム」
あぁ、マラムはいつも冷静だな。
「うぅ…ひっぐ…ぐすん」
ミイナは感情表現豊かだな。
「…」
リグルはいつも悲しいことがあると隅っこで落ち込んでたっけ。
…起きなきゃ。私は、まだ諦めたくない。
『私は、何のために生きてきたの?』
私は死に際、そう聞いた。
「これから生きようよ!みんなで!」
アルムの声がした。そっか。これから…
私はこれからを…生きたい。確かに、このまま寝ていれば、夢の中でなら幸せかもしれない。でも、それは私1人の幸せでしかない。
目をうっすらと開く。私は絶望へと足を踏み入れる。
「ユル!」
あぁ、そっか。私が望んだ一番の幸せは、絶望の中にあったのか。
「さて」
黒猫と呼ばれた少女が口を開く。ガラス1枚隔てた向こう側。
「キミの記憶はどれくらい残っているんだい?」
近そうで、届くことの無い距離の中、黒猫さんは話す。
「全部残っていますよ。ただ…」
「ただ?」
私は力の代償のことを考える。
「信じてもらえないことを承知の上で言います。私の行動のおよそ半分、これは私の意思に反するものでした」
「ほぅ?」
黒猫さんは意味が分からないと言いたげな目を向けます。
「私は能力の代償として、脳の1部をある人に受け渡しました。受け渡すと言っても、操作権限の譲渡のようなものですが」
「ふむ…」
黒猫さんは考え込んでいる。にわかには信じられない話だと自覚している。
「確かに、トレーズとしてギューフくんの保護をした事だったり、戦闘関連は私の意志を多分に含んでいました。でも、奴隷とかは私の意思では無いんです」
「うーむ…」
目を瞑り、唸っている。
「証拠とか言われたら、何も…」
プツンと意識の糸が切れる。ここまで明確なのは初めてだ。記憶すら介在の余地が無かった。
「はっ!」
目を覚ます。
「おはよ。ようやくお目覚めかい?」
黒猫さんは首を傾げ、微笑んだ。
「キミの話、信じることにしたよ。と言うものの、ついさっき本人から直接聞いた。あれは確かにキミでは無かったからね」
意識が完全に乗っ取られていたらしい。
「さて、キミも起きた事だし…」
ガタリと椅子を引き立ち上がる。
「キミの今後は全て終わらせてから決めるよ。まぁ、しばらくは無害判定されたから自由に暮らすといい。もちろん、いずれ罪は償ってもらうよ」
ドアノブに手をかけ、こちらを振り向き
「さ、ほんの短い間だけど、5人の幸せ、満喫するといい」
黒猫さんはスルリと去って行った。
困った…。あの時ユルから聞いた話はとても厄介だ…。
『この娘の言う事は本当ですよ。というより、この娘ももう用済みなんです。上手くやってくれると信じていたのに、残念です』
ユルは捨て駒だった?いやまさか。おそらくここで本当に私達を殺すつもりだったのだろう。
『この娘の能力も剥奪ですね。ま、面白そうな世界を垣間見ただけ、十分としておきますか』
手をくるくる回し、体の損傷を確認するような仕草。
『まぁ、これはつまり、望んだ世界は自分で創れという神様のご意向なのでしょう。いいですよ。やってみますか』
ペラペラと、独り言のように次々と語っていく。
『キミは…いったい誰なんだい?』
『ふふ…私ですか?』
嫌な笑い方をした。
「くっそ!」
地団駄を踏む。いかん、冷静になれ。悪い状況になった訳では無いじゃないか。
むしろ、ユルという難敵を打ち破った好況だぞ?なぜ悔しがっている。
そんな事は分かっている。私は、ようやく全てに終止符が打たれると頭の中で決めつけていた。焦っているのか?いや、たぶんそうなのだろう。
あの名を聞いて、私は焦っているのか。いや、名ではなく肩書きに。
「大天使…アルテミス…!」