ユルの過去
私は孤児院で育った。親の顔すら、分からない。周りの子達も同じ境遇だと考えると少しは楽になる。
この孤児院は幸せだった。誰もが夢を見ている。
私は将来、家庭を持つと。
俺にはきっと隠された才能があり、いずれ世界で活躍すると。
僕は賢いから、きっと文字が読めるようになると。
誰もが幸せな夢を持っていた。
…バカバカしい。周りの大人はチヤホヤと「君ならできる」と、「絶対キミは成し遂げられる」と。無責任な。名前も覚えていないこと、こっちは知っているんだよ。その話、5回目なのに初めて聞いたリアクション、それ素なんだよ。知っているんだよ。どうせ、心の奥底で嘲笑ってることくらい知っているんだよ。それくらい普通のことだって、バカにしてることくらい知っているんだよ。
私は常に隅っこで蹲っていた。大人の顔なんて見たくもない。全員、滅びちゃえばいい。
「ほら、キミもこっちに来てみんなと遊びなよ」
鬱陶しい。あんな能天気な奴らとなんて一緒にいたくない。
「…名前」
「ん?」
大人は首を捻る。
「私の名前…覚えているでしょ?」
大人は舌打ち一つ、その場を立ち去る。
ある日、1人の少女が孤児院に入ってきた。
「…アルム」
そう名乗った少女の目は虚ろで、絶望しきっていた。
…素直に面白かった。
少女は私と対角線上の角に陣取った。
「ねぇ、キミ、少し一緒に話さない?」
私は興味を持った。何があったらこんな虚ろな目になるのだろう。聞くと私は比較対象が出来て幸せになれる。
「…私の名前…知らないでしょ」
「アルム」
少女は驚いて顔を上げる。その目に少し光が宿った気がした。嫌だ嫌だ。
すると少女はこっちを見るなり再び顔を埋める。
「話し…いいよ」
私はアルムの隣に座った。この子の話を聞くと楽しくて仕方が無かった。
そして、この子と話しているうちに周りが見えるようになってきた。
まず目を付けたのは、友達グループに混ざっているフリをしていた子。
「ねぇ、お話しようよ。キミのこと聞かせてよ。ね?リグル」
人の名前を覚える程度造作もなかった。
やはり目に生気のない人の話を聞くのは面白い。
次に目を付けたのは部屋の片隅でブツブツと独り言を言う少女。
「キミも私達と話してみない?きっと面白いよ!さぁ、話そうよマラム」
人が増え、話題も増えた。愚痴や批判が大半だったが、徐々に幸せな話題も増えた。そして、それは段々と嫌では無くなっていた。
最後に目を付けたのは、友達グループに残ろうと必死に話題を作る女の子。
「ねぇ、もっと気楽に話そうよ。その方がキミも楽しいと思うな。ね?ミイナ」
そうして私達は5人の大所帯となっていた。
他の誰かと話すようなことは無く、いつもの5人という言葉がしっくり来た。
ある日、欲しい物、という話題が上った。
この手の未来を夢見る話も嫌ではなくなっていた。
「私はやっぱりズッ友かな!」
ミイナが勢いよく答える。
「私は機械類1式さえあれば良いのだよ」
マラムはそう答える。
「やっぱり、武器とかに憧れますね、剣とか」
リグルは自信満々に答える。
「私は居場所が欲しいです…あ、精神的ではなく物理的な方の」
アルムは自信なさげにそう答える。住居が欲しいと答えれば良いのに。
「ねぇ!ユルは?」
ミイナが食い気味に聞いてくる。
「私は力が欲しい。何にも負けないくらい、屈することの無い力が欲しい」
みんな目を輝かせている。あの頃に比べ、目に生気が宿っている。
まぁ、悪くないとは思う。
そんなある日の事だった。
「アルム!?アルム!」
アルムが倒れた。顔は真っ赤になっている。大人達は布団を敷いて、アルムを寝かしつけている。
「ねぇ!アルム苦しそうなんだよ!?もっと栄養のあるもの沢山あげてよ!」
私は叫んでいた。知らなかった。誰かのために自分はこんなに声を張り上げることが出来るのか。
「大丈夫、ただの風邪よ」
大人はそうやって私を抑え込む。
ミイナ達もアルムの看病をしている。みんな、自分の食料を少しづつ、アルムに分け与えていた。
「ねぇ!ねぇってば!」
「うっさいぞー、そこの奴」
ねっとりとした、小太りのオッサンが出てくる。話を聞く限り、ここの1番のお偉いさん。
「あー?風邪ひいたって?他のやつにうつされちゃ堪らん、外に出しとけ」
シッシッと手を払う仕草をする。握りこぶしに力を込める。
「力を望みますか?」
どこからか声が聞こえる。その声に反応したのは私含めて5人だけだった。
「力でもなんでもいい、私は全てを壊して、5人が幸せな世界を創りたい」
コクリと他の4人も頷く。
「では、力を与えましょう。代償として、あなたの脳の1部をお借りします」
なんでもいい。忘れていたのだ、幸せすぎて。この世界はクソッタレだ。まずは、この施設を落としてみようか。
ダンっ!
お偉いさんの顔をグーで殴る。職員は全員呆気に取られている。
「ここは私達が占拠した!逃げたいやつは逃げるといい!」
高らかに、私は声を張り上げた。
翌日、アルムはピンピンとして起き上がった。ホントにただの風邪だったのかもしれない。
私達の快進撃はここから始まっていった。