32番
主戦力となる人達全員をカードに入れて、塔の前まで到着する。かなりの距離があったが、能力のおかげで全く疲れは感じられない。
「全軍、突撃!」
魔物達と兵隊が塔に突撃していく。その光景は殺伐としていた。やがて…
「報告します!滞りなく下層制圧完了致しました!」
もう、コイツらだけで良くね?
という内心は置いておき、俺達は上層へと向かう。敵はまばらで襲ってくるが一薙ぎで対処出来る。
扉…おそらく、この向こうにユルがいる。
カードからみんなを出す。序盤はみんなに頑張ってもらい、消耗してきた後半、一対一という状況を作る。
「行くぞ」
「えぇ!」
「はい!」
色々な声が飛んでくる。扉に手をかけ、開いた。
「あらあら〜お久しぶりね〜フェオくん?」
かつて、勝手に付けられた名前を呼ばれる。
「誰だろうな、そいつは。俺はギューフだ」
ふふっとユルの口角が上がる。
「可愛げが無いわね〜」
昔のままの口調。猫を被っている口調だ。
「それで〜?要件は〜?」
決まりきっている。
「お前を、倒しに来た」
また、彼女は笑う。
「そう…なら、この人を倒してみてからにしなさい?32番!」
パチンと指がなる。32番、確か気さくな青年で、能力実験の時、被検体を喜んで引き受けてくれた好青年。彼と戦うのか?彼自体はそこまで強くは無さそうなものだが…。
「ぅ…ぅうぅうぅうううあぁああぁあ?」
ペチャリ…ペチャリ…
その姿は異形。体からは液体が垂れ、言葉を認識しているようだが、発することは出来なくなっていた。
「そんな…酷い…!」
1番ショックを受けていたのはリタだった。面識があるのは俺とリタ、黒猫はもしかしたら知っていただろうが、接触も無かっただろう。
「切って良いのよね?」
アルミスタが前に出る。そうだ。戦いに集中しなくては。
「あぁ、一思いにやってやってくれ」
分かったわ、と一瞥するアルミスタ。そして
「ウインド!」
カランコエが追い風を吹きつけ、アルミスタを加速させ、一気に間合いを詰める。
「取った!」
スっと剣が異形を真っ二つに切り裂く。
「む…?その場を離れろ!アルミスタ!」
アーチュは叫ぶ。アルミスタは呆然とこちらを振り向く。その時
ドチャリ…ドチャリ…
異形は再生を始めた。真っ二つに別れたものはくっつき、元の形を取り戻す。そしてアルミスタに平手打ちのような攻撃を放つ。
「なっ…!」
油断した中、意識がこちらに向いている状態で、回避も防御も出来なかった。
「レイン!」
「アイスシールド!」
カランコエが振らせた雨をリタが凍らせ、盾を作る。
シュー…
氷は徐々に変色し、溶けている。
その隙になんとかアルミスタは脱出を図った。
「カトレア!」
次はカトレアが背後から魔法を入れる。鉄則の戦法だった。
「うぅ…ぐあぁぁ…」
効いているようだが、倒れない。
体力、防御力が異様に高く、物理攻撃が届かない攻撃、という訳か。
「デザイン!」
アーチュが石で小さな部屋を創り、そこに異形を閉じ込める。
「ふっ…!」
そしてそれを圧縮する。
コトリ…と石が落ちる。中に成分が残っているとはいえ、さすがにこれでは出てくることも出来まい。
「ユル、これはどういうことだ」
クスッと笑い、答える。
「理破りの宝珠、それは体内の様々な力を向上させる代物。そして同時に、体内の魔力バランスを大いに崩します。1つだけなら問題はありません。彼はただ、限界に挑戦してもらっただけです。もちろん本物を使うなんてことはしません。偽物です。でも、十分に、強いでしょう?」
そう言うと、気づいた。
シュー…
石が溶けていた。
パンっ!
石が弾け、勢いよく中からは異形が飛び出す。
おそらく、カトレアとベゴニアに魔法を頼んでもジリ貧になるだろう…。だからといって、外に飛ばすと被害が拡大しかねない。
「なぁ、黒猫。理破りの宝珠の効果時間ってどれくらいだ?」
突破口が見いだせないものか…。
「人によりけり、だ。10分くらいの奴もいるし、2日保持したやつもいる」
ふふふ、と声が聞こえてくる。
「そういえば、人工物は長持ちするのですよ。本物よりも優れてる唯一の点なんですよ」
ユルが楽しげに笑みを浮かべる。他のみんなからの報告によると、塔に入ってから宝珠を使ったのはアルムだけだったようだ。
マジックブレイズを使って、消滅を試みる作戦も無きにしも非ずだが、魔力消費が凄まじい。後半の失速は目に見えている。
名案は何も浮かばない。石が溶けるのはおそらく酸によるもの。人間の中で酸性が強いものと言えば…
「リタ、少し頼めるか」
「なんなりと、ご主人様」
即答だった。
おそらくあの成分は胃液のような何か。つまり水分を多く含んでいるはず。それならリタの能力である程度操作出来るはず…!
アーチュが再び動けないよう、異形を拘束する。
リタが水を1枚隔てて…異形に触れる。
異形はみるみるうちに分解される。小さくしたそれを、リタは凍らせる。
パシャンッ!
そしてアーチュが石壁でそれを押し潰した。
「さて…」
そして今の今まで何も起きなかったと言うように、ユルがのっそりと立ち上がる。
パキッポキッと首の骨を鳴らしている。
「さて、本番といこうか」