幽霊の声
決戦に備え、各々準備をする中、俺は1人目につかない場所へと移動した。
「さぁ、あなたは誰なんですか」
独り言のように呟く。周りには誰もいないのに、だ。
「そうですね、ではクイズです」
こっちは真面目に聞いている、という言葉を寸でのところで飲み込んだ。
「私は今、どこにいるでしょう?」
答えは明白だった。
「カードの中だ」
頭を通し語りかけるなんて芸当は、黒猫のテレパシーか、これしか有り得ない。
「当たらずも遠からず、模範解答はカードの外側です」
おちょくっているのか、それすらも疑問に思う。
「どういうことだ?」
声に語りかける。
「私はいわゆる所の幽霊ってやつです。今はカードに憑依しています」
そんな非現実的なこと、有り得るはずがない。
「有り得ますよ?アンスールの力なら、ね」
心の中を見透かしたことを言う。
「私はアセロラ。アンスールの…まぁ…ご主人様ってところです」
そういえば聞いたことがある。アンスールは昔、尊敬するご主人様がいた、と。
「…ん?なら待ってください。黒猫は既にあなたの能力を借りているはずです。あなたが能力を使えるはずがない」
確か黒猫は不完全、と言っていたか。感情が強くなった時にだけ発動するという…。
「それは私にも分かりません。おそらくですが、能力を借りた際、受け渡しが正常に機能しなかったのだと思います。初めて使う能力、生と死の狭間を彷徨う対象。なんらかの不具合が発生したと私は思います。ま、そんな事は良いじゃないですか。不具合であろうと無かろうと、それは今私達のためになってるわけですし」
凄く楽観的な人だった。
「では、何故俺のカードに憑依を?別の人に憑依でも良かったのでは?」
わざわざ俺のカードに憑依する意味が分からない。他の身体能力が高い人に憑依すれば、便利だっただろうに。
「それは簡単なことです」
笑顔が見えそうなくらい、明るい声。
「私の能力を使うためには、憑依では使えません。魔力とかそういう問題ではなく、ただ単に身体能力がその人に依存するように、能力もまた、その人に依存するからです」
ふむ…確かにそれは有り得る。
「では、最後の質問を…」
これは聞いていいのか…いや、聞かなければいけないだろう。
「あなたは、成仏出来ないんですか…?」
一瞬の沈黙。たぶん、もっと聞くべきことはあっただろう。ただ、どうしても聞いておきたかった。この人は未練があるから現世に留まっているのだろう。偽善とでもなんとでも言うといい。アンスールがあれほど慕っているのだ。そんな人を放っておけるはずもない。
「…そうですね」
クスッと笑う。ホントによく笑う人だ。こんな人が未練を持っているとは思えない。
「未練…ですか…」
一言、間を置く。
「私はね、見たかったんですよ。妹の成長を。我が子のように可愛がってきた子を。私はね、志半ばで息絶えました。その志っていうのは解放軍としての務めとか、そんなあまっちょろいものじゃありません。妹が笑って平和に暮らせる世界を創りたい。私を慕ってくれている子のように、悲しい思いをする子を減らしたい。解放軍は通過点だったんですよ…。もっと…ホントはもっと見たかったんです…妹の成長を…メイドの成長を…」
所々で嗚咽混じりの声で、それでも笑いながら言いきった。その姿はとても強く、美しいと、素直に思っていた。
「私はおそらく、あなたの目標が成し遂げられたその時、きっと成仏出来るでしょう」
寂しそうな声でそう言った。
「3つ…お願いしても良いですか?」
「…はい」
無意識に、お願いも聞かずに答えていた。
「1つは、アンスールとアーチュには黙っていてください。まだ成仏していなかったのかって、怒られてしまいます」
きっと、もっと深い理由があるのだろうが、追求するだけ無粋ってものだろう。
「1つは、私も戦いに連れて行ってください。きっとお役に立ちますから」
間違いなく即戦力。むしろこっちから願いたいくらいだ。
「そして…」
口をつぐみ、力強く、語った。
「必ず、成し遂げてください」