最後のチャンス
午前1時、雨はまだ降り続いている。
パチャッ…パチャッ…
靴音を鳴らしながら姫様は歩いてくる。
「さて、最後のチャンスです。もうこれ以上は付き合いませんからね」
私はコクリと頷く。もう、負けることは許されない。剣を構える。
今の私は『私』よりも非力だ。この点をどうやってカバーするか…。
無闇に突っ込むのは得策では無いか。雨が降っているせいで、水を踏む時、音が出るから不意打ちも出来そうにない。
今日は昨日よりよく降っている。
姫との距離を適度の保ちつつ機会を伺う。
あくびの1つでもしてくれたら、どれほど楽か。
パチャッ
水を蹴り、懐に飛び込む。今回利用するのは身の丈の小ささ。一気に距離を詰め、右利きの姫の左手側に滑り込む。上段から飛んできた一撃を受け流し、脇を抜け、背中目掛けて走り抜ける。姫の剣は姫の前方に向いている。
姫は前に飛び、それを躱す。ここで身を隠し、潜伏状態からトドメまで決めたかったが、そうもいかない。姫の視線はこちらにある。
私はプランを即座に変更し、前に飛び退いた姫に再び飛び込む。
すると姫は右足を軸に、大きく回る。そのまま私の首目掛けて剣が水平に飛んでくる。
かわせない。辛うじて防ぐ。
「くっ…!あぁ…!」
体を捻った攻撃は威力が格段に上がる。私は吹き飛び、転がる。
すぐさま体勢を立て直そうとする。すると既に目の前に姫は迫っていた。
ガコンっ!
上段からの重い一撃。辛うじて両手で持った剣を支えに防いでいる。
「どうです?ここまで来たら勝機は見えませんよ?リタイアしてください。私はあなたを傷つけたくは無いんです」
たぶん、姫の中で、この時の私は、どの口が言うか、と、思っていると思っていることでしょう。
「リタイアは…しません…」
肘が痛い。石貼りの床で肘を支えに、剣で防いでいる状況。姫は剣をもう一度振れば、私に簡単に勝てるのでしょう。でも姫はそれをしない。姫の今の目的は、私のリタイア。私が屈するのを待っているのでしょう。
ミシッ…
「姫が…私を傷つけたく無いことくらい…よく知っています…」
背中が雨水でベチャベチャ。これは『私』に怒られるかな…。肘からは既に血が出てるのが分かります。若干、雨水が赤黒いんですもん。
ミシッ…
「でも…ごめんなさい…私はどうしても…ご主人と一緒にいたいの…!」
パキィッ!
瞬間、木刀が割れる。当然、私の木刀だった。
剣がさらに迫る。
「んぅっ!」
木刀を滑らせ、辛うじて防ぐ。木刀が割れて、割れたところはささくれだっていて、それを手に押し付ける。肘が痛い。背中は重い。手も痛い。位置取りからして仕方ないことではあるが、さっきから踏まれ続けている足も痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
ふと、聞こえないはずの声が聞こえる。
『右手の剣を使って受け流しつつ、左手で姫の剣を押す!次に即座に右に転がって、立ち上がり、左側に集中!』
それは『私』の声だった。
言われた通り、右手で傾斜をつくり、左手の剣に乗せる。姫はおそらく、剣を引くことはしない。
左手の剣を使って、姫の剣を押し出し、その反動で右に転がる。
すぐさま起き上がり、左に防御姿勢
「!!」
剣2本なら、私と『私』の専売特許!
手は痛むし、肘も痛む。でも、そんなこと、どうでもいい!
「私はぁ!負けるわけには!いかない!」
姫と激しく打ち合う。いつか見た、アーチュと姫の打ち合いのように。
カァン!
2本、剣が飛んだ。片方は短く、もう片方は長かった。
姫は飛んだ剣をキャッチする。
カランカランカラン…
短い方の剣は虚しい音を立てて、落ちた。
そう、私はもう、そこにはいない。
姫は即座に背後を確認する。そこにも私はいない。
姫は前回の経験からか、上を見ようとした。そしてその瞬間
私の背後で何かが光った。
…また…なの…?
姫が顔を上げようとしたその時、
その光は優しく照らすことは無かった。
辺り一面を激しく包み込み、大きく光る。その光に姫は目を瞑る。
スパンッ!
気持ちの良い一撃が入る。そっか、今のって…。
「雷…」
いつからだろう、私が雷を恐れなくなったのは…
きっと、それは、つい最近の事なのだろう