試練最終日 後編
『私』の意識はそこでプッツリと切れた。
代わりに私が目を覚ます。おそらく過度の集中力、過度の運動量により、『私』の存在が限界となったのだろう。
『私』の繋いでくれたバトンを落とすわけにはいかない。
「次は、私の番です」
『私』を見習い、キッとした目付きで睨む。
「…いいわ、来なさい」
私を『私』ではなく、私だと認識したのだろう。姫はそう呼びかけた。
私は『私』とは違う戦い方で、私らしく戦おう。
ゆっくりと相手を見る。私は『私』に比べ力が弱い。精神力が影響しているのか、身体能力は幾分か低下するようだった。
『私』のように突っ込めば押されて負ける。
私はくるりと、相手を見ながらジリジリと詰め寄る。
それはベゴニアと練習した一刀一足の間合い。
カッと音を立て、剣を少し弾く。向こうから動こうとしないのか、弾き返す事もして来ない。
雨水が鬱陶しい。目に入る水は少し痛い。
どうする、どうする…
睨み合いの間にも時は過ぎる。
丁寧に、かつ、急がないと…。
焦る。手には雨水か、汗か分からない水が吹き出す。
即座に私は剣を弾き、姫から見て右に倒し、私は姫の左を目指す。とにかく、相手の反応出来ない場所に動かないと…!
しかし、姫は身を翻し、私の間合いから去る。
すると姫自ら仕掛けてくる。今まで仕掛けられる事は無かった…。
「…かかった!」
私は待っていたのだ。姫から仕掛けられる事を。姫の一撃目は大抵上段からの振り下ろし。剣でいなしつつ、そこから生まれる作用で回り込む。
そうは言っても、限度がある。回り込んでからの横薙ぎはあっさりと受け止められる。
姫は私の剣を押し出し、次は低めの横から切り上げ。
私の、『私』より優れている点は少ししかない。
落ち着いた思考に、行動。視力の良さ。判断力と適応力。
私は『私』には無いものを、最大限に活かす!
姫の切り上げを剣で受ける。私は、その場で跳ぶ。
姫の切り上げの力はかなり強い。それこそ、防いでもそのまま押し切られるほどに。
私は、それを利用した。
剣に乗る。文字通り、剣に乗った。
姫は切り上げを止めようとしたら、おそらく迷いが生じると考えたのか、止める気は無かった。
真上に、飛んだ。
暗がりに混ざって…。
姫は私を一瞬、見失う。
その時、私のすぐ後ろには黄色く、光るものが。
月だ。
晴れたのだ。
姫は、月を見た。そして、私から見た姫は
影になっていた。
おそらく、かなりの悪運だった。姫が月を発見した時、直線上にいた、私も同時に発見した。
おそらく、月が出なければそのまま闇に紛れ1太刀入れることが出来ただろう。
しかし、姫はそれを受け止めた。
私は着地に失敗して、盛大に転んだ。
「もう…分かったでしょう?」
あぁ…ちょっと首を打った…
「あなたは私に勝てない」
意識が…引き止めないと…
「さぁ、ゆっくりと私達と暮らしましょう」
はは…カサブランカ姫…あなたの顔から流れてるのは、雨水ですか…?汗ですか…?それとも…?
「さ、ゆっくり、おやすみなさい」
あぁ、ダメだ…意識は…掴め…無い…
「姫様!」
その声は、僅かに聞けた。久しぶりに聞いた気がする、アイリスの声を。
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「姫様!彼女は十分強くなりました!認めてあげても良いのでは無いのですか!?」
私は見ていられなかった。もうあと一歩だったじゃないか。それを、あんな時の運で潰されて…!
「約束は約束です。彼女も、それを良しとはしないでしょう」
冷たい視線が私を刺す。
「それに、良かったですね。晴れてあなたもアルミスタと話せますよ」
姫様は私に誘惑する。私の今1番の欲求を突きつける。
…私の…今1番の…欲求…?
「そんな事!どうだっていい!」
私の今1番の欲求は彼女と話すことじゃない!
「私の今1番の欲求は、彼女の心からの笑顔だから!」
私は頭を下げる。
「どうか!どうか、行かせてやって欲しい!無理なら、あと1日!あと1日で良い!彼女にチャンスを与えてやって欲しい!」
姫様は私を見ているのか、何を見ているのかは分からなかった。
「では、条件を付けましょう」
私は顔を上げる。
「あなたの覚悟を見せてください」
そう言うと、私の目の前に木刀を1本、投げられる。
「私に1太刀浴びせたら、あと1日、チャンスを与えましょう」
「そ、それは…」
無理だ。私にはこれっぽっちも剣術の心得は無い。でも、やらなかったら?チャンスを与えられて、無条件で手放すようなものだ。
「あら、それはさすがに酷でしたか。良いですわよ?剣術に長けた人をお連れになってもらっても」
アーチュはこの時間は寝ている。黒猫か?いや、彼女はきっと無償でこのような決闘に挑んでくれる人じゃない。
なら誰を…?他の人も既に寝静まった時間帯。寝ぼけ眼で戦って、果たして勝機はあるのか?
やはり私がやるしかないのか?
「あまり時間をかけすぎないで。あと5秒」
どうする、どうするどうするどうする
「5」
焦るな、手を探せ。私がやって勝てるのか?
「4」
いや、無理だ。きっと、瞬殺も良いところだ。
「3」
なら、この場にいる人に…
「2」
それも無理だ。黒猫は呼び出すには20秒くらいかかる。ダメだ…
「1」
やっぱり、私が取るしか…
剣に手を伸ばす。
「その勝負」
剣が地から離れる。
「私が受けても…構いませんよね?」
それを勇敢にも手に取ったのは、内気な天使だった。