姫の願い
「…結局ほぼ一日中付き合わせちゃってるわね」
天を仰ぎ、寝転がりながらボソリと呟く。
時刻は既に10時30分。もう少ししたら中庭へと向かう。
「そうですねー」
ベゴニアも軽く返事をした。
「迷惑とかじゃ…ない?」
いつも不安だった。彼女は自分の訓練をしているようには見えない。
「そんな事ないです…もしかして、自分の訓練してないように見えてますか?」
心を読まれた…ドンピシャに
「…まぁね」
ふふ、とベゴニアは微笑む。
「甘く見られたものですね。私は毎日、何時間も自分の訓練してますよ」
そう言ってのけた。いったい何処で
「あなたとの訓練も言わば私の訓練ですから。魔法も使ってますし、いざという時の剣の訓練にもなります」
少し間を空け、再び語る。
「っと、まぁ、そう言えたらカッコイイのですけどね…実際、私は自分の訓練やってますよ。堕天しても天界とはいかずとも、そこに近しい場所になら立ち入る事が許されるのです。そこは時間がゆっくり進む場所。実質、私だけは時間がたっぷり残されているのです」
だから、と彼女は言う。
「私の心配より、自分の心配、してくださいね」
これは、負けるわけにはいかなくなってきた。
ある日、今日はアルミスタとの訓練を早めに切り上げた。アーチュが代わりに訓練を引き受けてくれるから、暇が少し出来た。
コンコン
ノックをする。そこは大きな扉の前。
「どうぞ」
平坦な、冷たい声。
「あら、あなたは…」
カサブランカ姫…とアルミスタは言っていたか。国王様だけど、姫様だった頃の記憶が強いのだろう。
「アルミスタのお守り、ありがとう。で、要件は?」
その目は隈が隠しきれていない。目に強烈なメイクが施してあった。夜に明かりの少ない場所で訓練するから気づかなかったのだろう。
「あぁ、そう。手を抜いて欲しいとお願いに来たのですか?お節介な事ですね。アルミスタに勝機は無いと悟りましたか」
もう1ヶ月と半分。3/4経過しているのだ。私はたまにそう願う事があった事も事実だ。
「いえ」
煽るような言い方を握り拳を強く握って我慢する。
「その逆です。訓練の時は手を抜かないでください。何があろうとも」
アルミスタには生きて帰って欲しい。その為に情けなんていらない。
「私のお願いはあなたにあります」
カサブランカ国王をじっと見つめ、震えそうな声をなだめ、緊張を落ち着ける。
「無理だけは、しないでください。それだけです」
国王の返答は、無言。イエスでも、ノーでもない。
私は踵を返し、立ち去る。
「では、お忙しい中、失礼しました」
「待って」
国王に引き止められる。
「もし、アルミスタが私に勝てなかったら、どうするの?」
この質問の意図はなんだろう…私が嫌な回答をしてそれをアルミスタに突きつけるのだろうか。
私は単純にこう答える。
「分かりません」
背中を向け、すぐに部屋を出られる体制を作り
「私はそんな事、彼女が諦めて膝をつくまで、考えないようにしていますから」
部屋の扉が閉まる。
分厚い扉から、小さく、こう聞こえた気がする。
彼女を…支えてあげて欲しい
と。
私の思い上がりか、勘違いかは分からない。私はいつか、カサブランカ姫とアルミスタがまた、仲良く話せれば良いと、そう願った。