型
今日は昨日よりも一撃多く防いだ。
今日は昨日よりも一撃多く叩き込めた。
今日は昨日よりも目がよく見えた。
今日は昨日よりも動き方が分かった。
…着実に、近づいている。
「やぁ!」
渾身の一撃で、相手の首を狙う。
「やっ!」
カッという音ともに防がれる。
相手の剣は私の叩いた反動を利用し、私の逆側をついてくる。
ゴッという鈍い音がした。剣の柄で防いだから力の入り方が違ったのだ。
そのまま、相手の剣と反対側にすぐさま飛び退く。
「はっ!」
狙うは、剣で防ぎきれない背中。移動さえしてしまえば楽なものだった。
スパン!と音がたつ。
「ごめん!大丈夫!?夢中で思いっきり当てちゃった…ホントにごめん!」
斬られた主は起き上がる。
「いたた…いえいえ、良い一撃でした!」
笑顔で、そう言った。
ベゴニアと修行を始めて1週間。毎日私の弱点を見つけてくれるおかげで勝率は五分五分になった。そうは言っても、カサブランカ姫にはまだ勝てない。
「そろそろ訓練相手も変えてみてはどうでしょう?」
もっともな提案だが、今まで付き合ってくれたベゴニアに少し申し訳ない…いや違う。私は、寂しいのかもしれない。こんな友人が作れたのに離れてしまうことが。
「そうね…アーチュさんに頼んでみようかしら」
意に反して、私はすんなりこの言葉を口にした。確かに同じ訓練相手ばかりだと伸び悩む事があるのも確かだ。
「良いと思います!」
寂しさを見せないその笑顔に胸がズキリと痛む。
「あの…もし、良かったらなんだけど…」
私は、もじもじしながら、人差し指同士をくっつけたり、離したりしながら、提案をする。
「午前中はあなたと訓練したいの…!」
言えた。ハッキリと。
その後すぐに不安が襲う。断られたらどうしよう。迷惑じゃないだろうか…。
「…あー、えっとね!ほら!…あー!忘れて!ね?」
ごまかす。せっかく言えたのに。ベゴニアは呆気に取られてポカンとしていた。
「…ふふ、良いですよ」
笑顔でそう言った。
「えぇ、そうよ!うん、忘れるべき!うん!」
あぁ、私の言葉を水に流してくれるんだ。関係は今までと何も変わらない。
「あのぉ…今のいいですよ、は忘れて欲しいの方ではなくて、訓練の相手をして欲しい、の返答なのですが…」
「そうよね!えぇ、そうよね!訓練の…訓練?」
パニックから抜け出せずにいた。焦って何を言ってるのか理解が追いつかない。
「一緒に訓練、続けましょ?」
ベゴニアは簡単に言ってのけた。私は顔を真っ赤にして、こう答えた。
「…うん」
「で、訓練の相手だったな。私で良ければ相手をしよう」
アーチュ(こちらもさん呼びしたら、呼び捨てで良いと言われた…本人曰くむず痒いとの事だ)は木刀を構えた。
私も木刀を構える。その後ろの柱の陰にはベゴニアもいる。…たぶん、気づかれていないと思ってるのだろうから、そっとしておく。
「まぁ、とりあえず打ち合ってみるか。その方が分かりやすい」
私は言われた通り、木刀を構えて、踏み込んだ。間合いはベゴニアに言われた通り、踏み込むと剣が届く距離。構えて、振りは少しでも小さく。
「ふむ」
すっと、避ける。木刀で受け流しつつ。
昔の私ならここでバランスを崩して倒れるだろう。でも、ベゴニアに教わったことを無駄にはしない!
飛んでくる剣を止めるため、木刀を少しアーチュ方向に向け、そのまま向き直る。
「!?」
いない!?消えたようにすら思える。
「なるほど、だいたい分かった」
パチン!と背中に痛み。
「そうだな。キミは踏み込みに力を入れすぎている。その力ではバランスを崩すのは当然だろう。見据えるべきは常に敵。刀の長さを体に叩き込む。すると剣先を常に見ずともどこで当たるかが分かる。タイピングと似たようなものだ」
背後からアーチュの声が響いた。
「あと、刀で防ぐ事を優先したことは悪くない。まぁ、これはちゃんと振り返ることが出来れば問題は無いか」
顎に手を当てて考えている。
「さぁ、もう一度打ち込んできてみてくれ」
アーチュは剣を構える。踏み込みに力を入れすぎず…常に敵を見据える!
「うぁ…」
足がもつれた。
「ほら、立って」
手を借りて立ち上がる。
もう一度剣を構え、今度はなんとか距離を軽く詰める。
一撃目。受け流された。アーチュはそのまま左に移る。1歩右に距離を離し、構え直す。もう一度…
また、受け流される。今度は右に移動。私は左に移る。また構えを取る。
次は正面から防いできた。私は後ろに1歩下がり、再び構えを取る。
「そこまで」
アーチュは声を上げた。
「うーむ、一撃離脱戦法も悪くはないのだが…一対一において、そうしているとジリ貧だぞ?」
言われてみたらそうだ。毎回打っては逃げ、打っては逃げ…実戦は毎回先手を打たせてもらえるとは限らない。
「剣術は型を覚えるんだ。私とカサブランカの戦い、見てただろう?」
バレていた…。
「このように防がれた場合、このように次は攻撃、それも防がれた場合、次はこのように攻撃、というものをつくる。すると攻撃と攻撃の隙間が減り、スパンが短くなる。そのうち、私とカサブランカみたいに打ち合うことが出来るというわけだ」
なるほど…
「型ってどんなものがあるんですか?」
「うーん…」
悩んでいる。
「そうだな…一概には言えない。私の場合、1つの攻撃に対し、それに続くように少なくとも10は次の型を用意している。つまり、自分の打ちやすい動きが型となる。もちろん、打ちやすいからといって、デタラメに動けばそれは逆効果なのだが」
つまり、防がれた時、後ろに飛び退くのではなく、次に打ち込む形を複数決めておき、防がれた場合によって、攻撃方法を変える、ということか…
「そうだな…これに関しては相手は誰でもいい、例えば…」
バッと全速力で駆け出すアーチュ。
「天使が相手でも、防いでさえくれれば問題は無い」
ベゴニアは首を掴まれ、うなだれている…。猫のようだ…
「さて、こんなものだろう。すまんな、他にも訓練を頼まれていて行かなくてはならない」
アーチュはベゴニアを離すと歩いていく。
「ありがとうございました!」
アーチュは背中を見せたまま、手を振った。