1つの歯車の反抗
「少しの間、お別れです。きっと強くなって、あなたの前に現れますから、それまで…おやすみなさい」
引き出しを閉じる。私はこれから3つの物を封印する。
1つはプライドを。
1つは能力を。
1つは鎖を。
私を形作ってきた3つを封印した。
起きる。どれほど疲れていようとも、朝は起きよう。訓練を真面目にやろう。私は…
「私は、姫様を許したい」
姫様の悲痛な謝罪を、止めるために。
廊下を歩く。人探しだ。探しているのは姫様ではない。不意打ちなんて卑怯な事はもう考えない。自分への戒めは、心の中に打ち付けるだけで十分だ。
そして、見つけた。私は駆け寄る。逃げようとするその子の腕をとる。
「この前はごめんなさい!そして…どうか、私に戦い方を教えてください!」
頭を下げる。今まで、変なものが邪魔して出来なかった事を、成し遂げた。
「え、えっとぉ…?この前の事は気にしてないので…それで、私でもいいんですか?」
私はその子の肩を掴む。
「是非とも、お願いします!」
目を見て。逸らそうとする、相手の目を見て。
やがて、その子はこくんと、首を縦に振った。
シャイな天使は、頷いてくれたのだ。
教えて貰うのは、一対一の場合。
「お互い剣だけを持っていて、魔法とかも使えないという状況を想定しているのだけど…」
ベゴニア(さんを付けて呼んでみたら呼び捨てにして欲しいと頼まれた。必死に)と私は木刀を持っている。その状況は夜の訓練と同じ構図だった。
「うーん…1度やってみましょうか。私も魔法は無しなら…強化系の魔法もダメ…かな?」
恐らく、カサブランカ姫と同じような状況に近づけるにはそれくらいしないと足りないだろう。
「出来るならお願い。想定してる相手はとても強いから」
すると、ベゴニアは色々と魔法を唱え始める。
ちなみにタメ口なのはベゴニアの要望だった。所々敬語が混じるのはベゴニアの癖なのだろうけど。
「では…いつでもどうぞ」
ベゴニアはそう言うと木刀を構える。
私はベゴニアに向かって剣を向ける。
彼女は持ちなれないのか、一撃入れると木刀が飛んだ。
「あ…すいません」
「いえ、気にしないで」
全力を出してやらないとそれはそれで失礼な気がしたので全力で叩いてしまったのがダメだったのか…しかし、彼女は一言、こう言った。
「感覚は覚えました。全力で打ち込んできてください」
その目はキッと澄んでいた。背筋がゾクッとするような感覚すら覚えるほど迫力があった。
言われた通り、全力で叩き込む。彼女は、しっかりと受け止めた。
「続けてください。実践は一撃目を失敗したら負け、では無いでしょう?」
私はすぐに2発目を構える。しかし
スパァン!
体に痛みが走る。当てるときに力を抜いてくれたのかもしれないが、痛いものは痛い。
「なるほど…」
顎に手を当てて、彼女は考える姿勢をとる。話をまとめているのだろう。
「もう一度、お願いします」
彼女は再び構える。
その後も、数十回ではあるが、彼女に剣を向けた。しかし、勝てたのは最初の、感覚を掴めていない1回目だけだった。
おそらく、強化の影響もあるだろうが、剣術のセンスもあったのだろう。
「では、私なりにまとめてみました」
紙を1枚手渡される。
「負け越したペナルティとして、もう少し付き合ってください」
ニコリと彼女は笑った。時計の針は正午を刺していた。
昼食を終え、私はベゴニアについて行った。
着いた先は図書館だった。
「さて、紙を見てください」
そこには箇条書きで問題点が書かれていた。
「私から見た改善点です。これを直すために必要な事を一緒に考えてみましょう…考えてみよう…?」
言い直さなくても意味は伝わるが、タメ口に拘っていた。
挙げられたものは
振りの速さ。
「振りが大きいと力は出ますが隙が大きくなります…大きく…なる?」
2発目以降のスパンの長さ
「短い時間でより多くの攻撃が叩き込めれば、相手の反撃の隙を無くせると思います…ええっと…思う…?」
相手との距離
「これは能力によるものだと思うので癖みたいなものだと思うのですが…だけど…?えっと、相手との距離が開きすぎかなって」
視線
「目を見てると分かるのだけど、常に相手を捉えてるわけじゃなくて、ええっと…自分の剣先を見てる気がするの」
攻撃から、防御へ転じる時の切り替えの速さ
「攻撃から切り替え出来なくて、毎回やられてる気がしたの…ええっと…だから…そのモーションを滑らかに変えれたらいいかなって…」
口下手ながらも必死に伝えようとしてくれた。今までの私だと自分の欠点と向き合うことを避けただろう。でも…
「そうね…色々挙げてくれてありがとう」
私は受け止めなければならない。
「それで、出来ればなんだけど…」
私の中で何かが変わった。きっと、歯車が1つ抗ったのだろう。
「これらの対策を考えた後、もう何回か手合わせして欲しいんだけど…いいかしら?」
私は、変わることを恐れない。素晴らしい事だと教えられたから。
「…!はい!」
目の前の天使は、満面の笑みで、答えてくれた。