余白
それからも私はアルミスタをベッドまで運んだり、湿布を貼ったりし続けた。
姫様の目からは徐々に生気が失われている気がする。相当、心が参っているのだろう。無理もない。自分が居場所を作ろうとした子の居場所を、今度はなくそうとしているのだから。
ある日、今日も湿布を貼りに行こうかと部屋を出ると姫様が立っていた。
「私…間違っているのかしら…」
俯き、前が見えないほど心は弱っていた。
日々、大好きなアルミスタに嫌われるような事を、アルミスタを物理的にも、精神的にも痛めつける事を繰り返しているのだ。
「あの日から…何も変わってない…むしろ…怪我が増えて…動きが鈍くなってるの…!きっと…私が与えた精神的な傷も…!」
いつもの姫様とは思えないほど、その口調は迷いがあった。いや、迷いしか無かった。
「姫様…」
私に何か言えるだろうか。いや、言えるはずがない。アルミスタとの会話を禁止され、無理矢理関係者という立場から降ろされたのだから。姫様は私に、同じ苦痛を味わわせないために。
「私ではどうする事も出来ません…」
やっとの事で言えた言葉は、無責任なものだった。
「私ではアルミスタに直接、力を送ることは出来ません。むしろ、無視してさらにダメージを増やしてしまいかねない。私には彼女の精神的な体調は分かりません。寝顔しか…見る事が出来ないのですから」
姫様は立ち尽くしている。私の言葉が届いているかすら分からない。
「…今日、湿布貼るの…ついて行ってもいいかしら…」
私はこくりと、頷いた。でも、姫様の笑顔は戻らなかった。
部屋につく。今日も酷い青あざの数だった。服を着れば見えなくなる位置なのは、姫様の最後に残った自制心なのだろう。もし、痣が見られたら周りは不審に思うはず。アルミスタをそんな目に晒したくないという、自分の中での妥協点。
少し服をめくって湿布を貼る。
「ごめんなさい…」
姫様はずっと、こんな調子で謝り続ける。寝ているアルミスタに。許しの言葉が飛んでこない時に。
次の日も、姫様は着いてきた。
私はアルミスタが起きないように、そっと、優しく湿布を貼る。毎日疲れてぐっすり眠っている。
腹部も、背中も、脇腹も、腿も、腕も、腰も…
体をひっくり返す時、起こさないよう細心の注意を払ってやっていた。
私は、念仏のような姫様の謝罪が聞こえる中、今日も湿布を貼り終えた。
こんな日が、2ヶ月も続くと思うと気が滅入りそうになる。
姫様は許される日が来るのだろうか。たぶん、この調子ならその日は来ない。姫様は、アルミスタが心を決めるまで、覚悟を宿すまで、寝顔にしか謝らないだろう。
私は、どうするべきだろうか。無理にでもアルミスタと話をするべきだろうか。
いや、私が相談に乗ってどうにかなるなら、今頃どうにかなってるだろう。何よりそれは、今までの姫様を否定するような、姫様の行いを無駄にするようで、私には出来るはずも無かった。
今日は青あざが少なかった。湿布が盾になっているのか、というか、もはや湿布を貼る余白も少なくなってきた。私の努力はいつまで続ければ良いのだろう。いつまで姫様の謝罪を聞き続ければ良いだろう。私はこの時間が、だんだんと嫌いになっていった