姫様の決意
「何を考えてるの姫様!これからアルミスタと話すなって!」
姫は開口一番、私に命じた。アルミスタと話すことを禁ずると。
「そのままの意味です。彼女が甘えられる事の出来る場所を用意するのは得策ではないと判断しました」
書類に目を通す姫様は下唇を噛んで、酷く、辛そうだった。
「それと、今日の夜11時、私が手を挙げたらすぐに私の元に来て」
そして書類に目を通す。
「理解出来ません!なんでそんな事しなきゃいけないんですか!?彼女には無かった居場所を作ってあげる事こそ、私達がやる事でしょ!?」
「分かってるわよ!」
姫様は声を荒らげる。
「…すいません。分かっています。私のアルミスタへの気持ちが変わったことなんてありません」
姫様は無理やり落ち着く姿勢をとった。
「…説明…してください」
私は姫様に要求した。
「ねぇ、アルミスタの寝顔って、凄く可愛くって、尊いわよね」
突然、突拍子もない事を語り始める姫様。
「あの寝顔が尊いのはね、いつか目を覚まして、寝顔では無くなってしまうから。もちろん、笑ったり、怒ったりする顔も好きよ」
姫様は果たして、その話にどんな意味があるのか。ここまで聞いてもさっぱり分からなかった。
「でも、あの寝顔が永遠になった瞬間、あの尊さは消えるの。眉ひとつ動かない。そんなアルミスタを私は見たくないの」
それだけ言うと、姫様は黙ってしまった。
私は何も言わずに部屋を出る。そこにアルミスタが立っていた。
私はどちらを取るべきなのか、最後の最後まで迷った。やがて私は
「…っ」
無視を、姫様の決意を、決め込んだ。
夜、剣を受け取った後、影でこっそり見ていた。その様子は見るに堪えないものだった。
やがて、姫様が去ると、アルミスタは気を失った。
濡れた姫様にタオルを渡す。
「アルミスタをベッドまで運んで、湿布貼るくらいはさせてください」
私は頭を下げた。これ以上下げれないほどに。
「…好きになさい」
私は駆け寄って、タオルで体を拭き、青あざになっていた場所を重点的に、バレないように湿布を貼った。
帰り道、姫様の部屋から、微かに声が聞こえた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
それは、痛々しいほどの謝罪の声だった。聞くに堪えないほどの。私は足早にその場を去った。
寝る時、あの謝罪が頭から離れることは無かった。
翌日、調べ物をした。姫様があれほど強いなんて話は聞いたことが無い。
「黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫黒猫」
「1回で出てやるから何回も呼ばないでくれ」
私は彼女の本職に目をつけた。
「情報を売って。代金ならなんでも払うから」
私はその時どんな表情をしていたのだろうか。
「…なんでもなんて軽々しく言わないで欲しいね。で?どんな情報が欲しいんだい?」
私が聞きたいのはいくつもあった。でも、1つに絞った。
「姫様は、一体何者?昨日見てたの、彼女の剣を振るう姿」
「ほぅ」
黒猫は情報を簡単に出してくれるような人じゃないことは知っていた。
「彼女について知りたいなら、アーチュに聞くといい。彼女が1番詳しいよ。私よりね」
拍子抜けするほど、あっさり開示した。
「さ、要件は以上かな」
「待って!」
私は黒猫を呼び止めた。
「情報料は?何をすればいいの?」
黒猫は振り返って、こう言った。
「私は情報を差し出していない。聞いてみたらどうだと言っただけだ。どうしても納得いかないのなら、またココアでも淹れてくれ」
そして、ドアノブに手をかけ
「何より、張り合いのないキミほどつまらない物は無いからね」
そう言って去っていった。私はキミと言われても今回はナイフを取り出す事はしなかった。いや、出来なかった。
泣き崩れ、そんな事出来るような姿勢では無かった。
その後、聞いた通りアーチュさんに聞いてみた。
「キミは…アイリスだったか。カサブランカと仲が良いことは聞いている」
姫様から聞いたのか、そのような事を言った。
「それで、カサブランカの事だったか」
「はい」
アーチュさんは空を見上げた。
「長くなりそうだな。中庭にでも行こうか」
そして、中庭の椅子に腰掛ける。
「彼女はな、元々は大国で剣の師範をしていた。私はその弟子だった」
彼女がそう語り始めたのは、1人の少女が姫になるまでの長い、長い旅路のような人生