彼女の精一杯の勇気
「うぅっ…」
起き上がる。体の節々が痛い。服をめくる。
「…」
湿布が増えていた。匂いはほとんどしないので周りが気づく心配も無いだろう。
…ちょっと待って。
なんで周りが気づくとダメなの?言って、相談して、談判すれば解決するかも知れないじゃない
「…」
首をぶんぶんと横に振る。どんどん心が弱気になってきている気がする。2ヶ月以内に1太刀浴びせれば良いだけよ。こんな事話して、姫様の顔に傷をつけるようなマネはしたくない。
心の中でいくつのも矛盾を取っ払って部屋を出る。
姫様の部屋の前を通る。
「…」
今なら不意打ちも可能でしょう。仕事中のあの真剣な眼差し。他の事が目に入っていないあの様子なら
「…!」
首をぶんぶんとまた横に振る。何を考えているのだろう。これも最終手段として取っておこう。
廊下を歩いている途中、ふと窓の外を見る。中庭には2つの影があった。
アーチュさんとカサブランカ姫。
お互い木刀を持っている。夜の私と同じように戦うのだろうか?
アーチュさんは構えて、剣を姫様に向ける。
その一閃は私には捉える事が出来なかった。
しかし、姫様は防いだ。次も、次も、その次も。その間に反撃を入れようとすらしている。
アーチュさんもそれを防ぎ、反撃を加えようとする。私は剣の残像を追いかけるばかりだった。
そして、丁度真ん中で思いっきり剣と剣がぶつかる。木刀なのに、火花が散ったようにすら見える。お互いの力によって、お互いの剣は弾かれ、離れ合う。
そして
ブォン!
ここにも聞こえてきそうな音を立て、お互いが相手の首を狙い、剣を振った。
当たる寸前、2人とも剣を止めた。
…勝てるのだろうか、私は。あの人に。
自信を失う。私の自信は、自己肯定感は地の底へと急落下していた。
私は歩みを進める。辿り着いた先は訓練施設。中ではリタが銃の練習をしていた。
ふと見ると、拳銃も、弾丸もない。あるのは、バケツ。
すぐ側で黒猫さんもその様子を見ていた。ここからでも、黒猫さんの声は聞こえた。
「イメージするんだ。自分はこんな形の物が作りたいと」
リタは目を伏せ、バケツに手を当てる。中身は水が入っているのだろう。
「そう、その調子だ」
ここからではその様子はよく見えない。リタはバケツから手を引っこ抜く。
その手には、半透明な拳銃。
「出来た!」
リタは叫ぶ。的に向かって銃を向け、引き金を引く。
「…あれ?」
スカッ…スカッ…スカッ…
やれやれ、とでも言いたげに黒猫さんは両手を挙げた。
「確かに私は形をイメージしろとは言ったが、形だけ作っても意味が無い。中身の構造もイメージするんだ。…そうだ。拳銃を1つ持ってくる。分解して構造の理解といこう。何、自信をなくすことは無い。形だけでも作れるという事は、構造さえ理解してしまえば大丈夫という事だ。キミは十分な資質を持っていると思うよ」
リタの顔に笑顔が戻った。あの人は真面目にさえやれば、なんでも出来そうな感じがした。
「…ふふっ」
黒猫さんはこちらを見て、笑った気がした。いや、気のせいかもしれないが…。私はその場を後にした。
別の訓練施設ではカランコエがカトレアと訓練していた。
「ほれ、雷を落とす場所をイメージじゃ。どうしてもそれはタイムラグが発生する。動きをよく見て、予測する。誘導などするとなおよし。さぁ、やってみるとよい」
さすが魔王。飛行すらお手の物。カランコエの落とす雷をサッと避けていく。
「…」
私は何も言わず、その場所を後にした。
「…はぁ」
頭を抱え、今の状況を整理する。
みんな、あんなに努力している。
それを見守る人材は凄腕ばかり。
「…何してるんだろ、私」
私だけ、今の状況を憂いでいるだけ。私だけ、弱いんだ。
「…あのぉ」
声をかけられる。
「お悩みですか…?良ければ話に乗りますが…」
ベゴニアだった。魔王の前ではあれだけ言葉数が多いが、私達の前だとどうも言葉数が少ない。典型的な人見知り。
「いや、なんでもないわ。訓練、どうしようか考えていたとこ」
心にも無いことを。
「私とあなたじゃ、戦い方は全く違うものね。あ、そうだ。さっきそこでカランコエがカトレアと一緒に訓練してたの。あなたも行ってきたら?」
最低。そんな事言いたいんじゃ無いんでしょう。
「で…でも…」
ベゴニアは絞り出すように、言う。
「あなたと同じ戦い方をしている人は何人も見てきました。何かお役に立てるかも…しれません…」
そう言った。彼女なりの精一杯の勇気。
「いえ、私はなんとか1人でやってみるわ」
私はそれを、無下にした。
「あ…はい…すいません…」
彼女はとぼとぼとその場を去った。
「…」
私は…最低だ…。
訓練をする気にもなれず、結局部屋に戻り、11時を待つ。
そんなの…言い訳だ。口実だ。
そんな私の言葉を、私は無視し続けた。
「はぁ…あなた、弱くなったんじゃないの?一日目の方がまだマシでした」
カサブランカ姫は見下すような、冷たい視線を私に送り続けた。
今日も、1太刀どころか、相手にすらされる事は無かった。
考え過ぎたかな…?今日は…その場に倒れ伏した。