姫様の覚悟
カサブランカ姫…まぁ、呼び慣れているせいか、国王と呼びにくい…は挨拶が終わると舞台脇に消えていく。私はそれについて行く事にした。
いつか行くと言ったものの、なかなか暇がなかったから、この機会にしっかりと顔見せて元気でやってる事をアピールしなきゃ!
「ーーー!ーーーー!」
「…ーーー……ーー…」
この声はカサブランカ姫と、アイリスだ。何やら揉めているような感じ…?アイリスは声を荒らげていた。
壁が厚くて内容はこれっぽっちも聞き取れない。
やがて扉が開くとアイリスが出てきた。
「アイリ…!」
「…んっ…!」
アイリスはこっちを少し見ると、辛そうに顔を背け去っていった。私は何かおかしかったのだろうか。名前を最後まで言う事も出来ず、アイリスは消えていってしまった。
「あの、カサブランカ姫、アイリスに何かありましたか…?」
机の上の書類に何やらつらつらと書いていくカサブランカ姫の姿がそこにはあった。
「いえ何も。今日は私は忙しいので要件は明日にお願いします」
その口調は冷たく、どこか適当に思えた。
この状況だとお話すら出来ないだろう。近況報告とかもしたかったのだけど…。
仕方が無いので出直す事にする。踵を返そうとすると
「あ、そうだアルミスタ」
呼び止められる。
「今日の午後11時にあなたの剣を持って中庭に来なさい」
それだけ言うと、私の返事も待たず書類整理に戻ってしまった。きっとそれほど忙しいのだろう、国王の引き継ぎは。
「…はい、失礼します」
それだけ言って、午後11時を待つことにした。きっとその時間を開けてお茶会でも開いてくれるのだろうと期待して。
天気は…今にも降り出しそうな曇り空だった。
時刻は午後11時。10分前には私はそこにいた。
11時ピッタリにカサブランカ姫は来てくれた。
「カサブランカ姫!」
駆け寄る。きっといつもの優しい、どこか下心の潜んでいそうな笑みで迎えてくれるのだろう。私はそれを待ち望んだ。
でも、そんな事は無かった。
「さぁ、剣を貸しなさい」
険しい顔で、そう言った。その顔に笑みなど何処にも無かった。
私は大人しく剣を渡す。
「…あなた、こんな剣でユルに立ち向かおうとしていたの?」
飛んできたのは普段からは想像出来ない辛辣な一言。
「それは…」
私は何も言い返す事は出来なかった。元々それは戒めのつもりで握りしめていた剣。街を焼き払った自分を戒めるための剣。
「はぁ…まぁ、いいわ」
溜息。私にはそれが心にズキリと突き刺さる。
「少しこの剣は預かります」
そう言うと、左手を上げる。すぐに従者がやって来た。それはアイリスだった。
アイリスは何も言わず剣を受け取る。そしてすぐ、その場を立ち去った。
「さぁ、少し訓練をしましょう」
言うと、木刀を2本手に取り、片方を私に投げつける。私はそれを手に取る。
「1太刀、浴びせてみなさい」
そう言うとカサブランカ姫はこちらを見据える。
「いや、少し待ちなさいよ…姫様…いえ、国王様に剣を向けるなんて出来るはず無いじゃない」
この時間はまだ、強気な私が存在出来る。弱気な私はこんな事言う事が出来ないだろう。
「分かりました。それなら国王というポジションを降りましょう。私は一国の姫に戻るだけです。今回の件、元はと言えば黒猫が頼み込んで来た厄介事を渋々引き受けただけですし、降りるためには丁度いい機会でしょう」
カサブランカ姫はそう、言い切った。
「そういう問題じゃないでしょ!」
私は声を荒らげる。
「そういう問題なの。あなたが私に剣を向けない限り、物事は何一つ進まない。いえ、全ての計画が水泡に帰すでしょうね」
カサブランカ姫はそう言う。冷たく、言い放つ。私を遠ざけるように。
「…分かったわよ。1太刀浴びせれば文句無いのでしょう?」
こうなったらヤケだ。姫様と言えば温室育ち、どうせ剣術も振ればなんとかなるとでも思っているのだろう。思い知らせてやる。
「やぁ!」
1歩、大きく踏み込む。振りかぶって、一気に決める。
「ふっ…!」
カサブランカ姫は私の剣を弾いて、私の背を木刀で叩きつけた。
「甘い!なんなの、今の攻撃は!」
険しい形相でこちらを睨む。
「もしかして、私に剣を向けるのがまだ怖いの!?私に剣を向ける事を躊躇ってるの!?」
私は何も言い返せない。少し躊躇いがあったのは事実。私にあれほど良くしてくれた人に剣を向けるなんて出来ない。
「覚悟が足りないのよ!あなたには!」
何も、反論が出来ない。背を叩きつけられてから起き上がれずにいる。
「戦場では誰が敵になるかなんて分からないの!そんな時こんな調子でどうするの!?」
私は、ずっと地面を見て、握り拳だけ作っている。
「…情けない。あなたをユルの所へ送ることは出来ません」
「…え?」
顔を上げる。その目は真剣そのものだった。
「あなたがあの場にいても迷惑かけるだけよ。下手な怪我人を増やすと不利になるの。そんなんじゃあなたは味方を敗北へと導くことになるの」
私は耳を疑った。カサブランカ姫は決してそんな事言わないと、私を肯定してくれると信じていたのに。
「あなたにあるのはMFの能力だけ。そんな事じゃダメなの」
そうだ、私には能力がある。この能力が如何にすごいか見せてやれば…!
「ボーダー!」
油断しているところを狙うような、ズルい一撃。私にはこれくらいしか出来ないから。
「はっ!」
剣を1振り。結界は、割れた。
「はぁ…物理に弱いとは言え、ここまでとは…」
明らかに落胆しているようだった。
「やっぱりダメね。私はあなたをユルの所へ向かわせたくない」
これほどの実力差を見せられて、落ち込まないはずはない。
「ユルに攻め込むのは約1年後と、黒猫は言っていたわ。それまで鍛錬期間にするって。賢明な判断ね。あなたを見たらよく分かったわ」
私を見下すような目で見る。
「さぁ、立たないの?ホントにユルの所へ向かわせなくするわよ」
私は立ち上がる。そんな事言われて、立たない訳にはいかない。
「はぁ…言わなきゃ立たないの?あなたは…」
私に何も言う事は出来ない。言われないと気づかなかった。立たなきゃいけないことに。背中に1太刀浴びて、起き上がれなかったら、実践なら命はない。
「やぁぁ!」
再び剣を向ける。
「短絡的。覚悟が足りない」
脇腹を叩かれる。抉られるような痛みが響く。
脇腹を抑えつつ立ち上がる。
「はぁ!」
また、向かっていく。
「ダメね。全然」
足をスパンッと音を立てて叩かれる。痛い、凄く痛い。
何度も何度も向かっていった。しかし、1太刀どころか、相手にされるような事すらない。
「…うっ…」
膝をつく。涙が出る。木刀を落とす。
「…もう…やだよぅ…」
弱気な、私だった。
「…立ちなさい!」
カサブランカ姫からの怒声が上がる。
「もう、やめてよぉ…痛いの…どうしようもなく…もう、痛いの嫌なの…」
昔の家にいた頃がフラッシュバックする。
叩かれて、叩かれて…。もう、そんな事はこの先無いとばかり思っていた。
「あなたにはやっぱり覚悟が足りないのよ!戦場なのよ!?あなたが向かおうとしている所は!痛いからって、立ち上がらなければ命は無いの!分かってるの!?」
カサブランカ姫は怒声を浴びせる。
「分かってるよぅ…でも…痛いの…」
「いいえ!分かってない!全然!」
ドォン!
雷が落ちた。
「ひうぅ!」
怖い、怖い怖い怖い!
そして、急激に雨が降り出した。
「立ちなさいよ!続けるわよ!」
それでもカサブランカ姫はそこに立っている。
「もう…無理だよぉ…雨も強いし…」
するとカサブランカ姫は呆れたように溜息1つ。
「2ヶ月」
「…へ?」
そう言った。
「2ヶ月待つわ。その間、午後11時ここに来なさい。毎日よ。その間に強気なあなたと、弱気なあなた、それぞれ1太刀、私に浴びせたらユルの所へ向かう事を許可するわ。もし、1日でも来ないなら…その瞬間あなたをユルの所へ向かうことを止める事にする」
そして、それだけ言うと去っていった。体の節々が痛い。雨が降っているというのに…私は力なく、その場で力尽きた。