ロベリアの過去
私は小さな国で生まれた。
その国には勇者が住んでいた。
国の門にはでかでかと、「勇者の住む国」と掲げられていた。まるで、それしか無いことを誇るように。
うちの兄は勇者の血を引いていた。私にはそんなもの無かった。
周りからは役立たずと罵られた。怠け者と罵られた。親は兄に対して過度な愛情を込めた。私の方にその愛情が向くことはほとんど無かった。
誰からも期待されなかった。沢山勉強した。特訓もした。でも、期待されたのは兄だけだった。
でも、兄の事は好きだった。兄のせいで勇者の血を引けなかったなど、思ったことも無い。兄はいつでも私と遊んでくれた。
私の家は花屋だった。だから、花言葉は沢山知っていた。花も沢山知っていた。
家には花の本が沢山ある。いつか、兄は言ってくれた。ロベリアも花の名前だと。綺麗な花だと。
家の本でロベリアを調べた。いや、調べられなかった。どの本にも見開き1ページ分、見えないページが存在した。厳重に糊付けされ、開こうとすると紙に乗った塗料が落ちてしまう。私は光にかざして読もうとした。太字で書いてある花の名前だけ読み取ることが出来た。ロベリアと。
この国には図書館なんて大層なものは無い。本を見ることが出来る場所は少なかった。この花の図鑑も全て異国の本だった。
ある時、兄が国に連れていかれた。たぶん兄なら大丈夫だろう。私は気にしない事にした。
親は私に対して向けてくれる愛情が増えた気がした。周りから守ってくれる兄がいないため、傷つく事は増えた。
私は兄と約束をしていた。兄が帰ってきたら、私の名前の花言葉を教えてくれると。私はその約束を守った。本で花を調べる時、ロベリアのページだけ開かないようにしていた。糊付けは兄がやっていたことが、兄が居なくなってから気がついた。
ある日、家に一通の手紙が届いた。それは、兄の訃報だった。私は家を飛び出した。幸い、藍の国は隣国だった。その道すがら、見知った顔を見た。兄だった。こちらに気づかない様子で、どこかへ去ってしまった。私は、とても情けない気持ちで満たされた。兄は逃げたのだ。全てを投げ出して。MFはここで発現したのだろう。体の奥底から湧き上がってくる何かを感じた。
それ以降、親は私に対してキツく当たるようになった。
「わかりました…わかりました…」
それさえ言っておけばすぐに終わるから。私は生きているのか、死んでいるのか分からなくなった。
気がつくと、カッターナイフで左腕を切っていた。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い…あぁ、生きているんだ。そう、実感した。
やがて、夜はカッターナイフが手放せなくなった。もちろん、怪しまれないように顔面など晒される場所はやめていた。痛みを感じる度、私は生きている事を実感し、安心していた。
ある時、国からお呼びがかかった。兄の埋め合わせらしい。
私は身体能力がある日を境に急激に向上していた。兄を見た、あの日から。
実力が認められ、成果も上げた。テーブルマナーや、言葉遣いを必死に覚えた。覚えられなかった時は自分に痛みを与えた。よく出来た時は自分に痛みを与えた。悲しい事があった日は自分に痛みを与えた。嫌な事があった日は自分に痛みを与えた。嬉しかった時も、苦しかった時も、寂しかった時も、自分に、痛みを、与え続けた。
あぁ、私は生きている、生きているのだ。