守るもの
カトレアは生きていた。フラっとした様子で立ち上がる。
「…あっとと」
そのまま倒れる。思うように体は動かないのだろう。再生能力に力を使っているからかもしれない。
「休んどけ」
一言、アーチュは言う。俺はカトレアを抱え、ゆっくりと寝かす。
ロベリアはおそらくユルから何かしら道具を渡されたのだろう。それこそカトレアに対しても上手に回れるような。
「彼女、失敗作って言っていた割に中々の物でしたわねぇ…ふふ」
言って、持っていた物を放り投げる。円柱型の箱のようなもの。
「相手の攻撃による魔力を吸い取り、発射する。常人には作れないものですわねぇ…ただ」
ぐしゃっと、貰い物を踏み潰す。
「使い捨てなのが勿体無いですし、彼女こんなもの興味無いでしょうから再び作られる事も無いでしょうかねぇ」
ユルの気まぐれだったのだろう。それを渡されたのは。
「さて」
ロベリアはこちらを向く。
「お兄様?もう、お分かりですわよねぇ…あなたが魔王を討ち取らなければ、魔王は死なない。人類が日の目を見る事は無い」
ゆっくりと歩み寄る。
「お分かり、ですわよね?あなたが、何をするべきか」
歩みを止める。威圧するように。見下すように。
「…分かってる」
ゆらりと、立ち上がる。
「剣を向けるべき相手を間違えた事など無い。だから俺は」
剣を引き抜き、矛先を向ける。
「討つべき敵を討つ」
かつての拠り所である、妹の方に。
「物分りの悪い兄ですわぁ…いい加減…責任を自覚してくださいまし!」
キィン!
ロベリアの剣が止まる。受け止めていたのは
「話は済んだとみた。もう、容赦をしない」
アーチュだった。
ロベリアはサッと後ろに飛び退く。そして、左腕を切りつける。
「ふふ…痛いですわぁ…この、痛みですわぁ…」
その間、笑っていた。
ロベリアの分身が何人も現れる。
「デザイン!」
壁から龍が現れる。呆気ないものだった。分身は次々と数が減る。その速さは分身が作られる速さよりよほど早かった。
やがて、全ての分身が蹴散らされると、本体に向かう。ロベリアはふっと、笑う。
ズシャァッ!
「アハ…アハハ…アハハハハハハ!」
左腕を、龍に喰われる。見ていてそれは凄惨な光景だった。
グゥグアァ…
突如、龍は呻く。そして、宙を舞っていた龍は地に落ちる。腹部が切り裂かれると中からはロベリアの分身がわらわらと出てくる。
「くっ…!デザイン!」
ガクッと膝をついたのはアーチュだった。意思のある物を創り出すのは集中力や体力を大量に消費した。今度出てきた龍はどこか不格好で、小さかった。
「ふふふ…限界、ですわね」
ロベリアの分身は次々と龍に飛びかかる。
そして土煙が上がる。やがて晴れた時には
「…く」
何も、その場に残ってはいなかった。この場にいるのは、俺と、ロベリア、カトレアとアーチュだけだった。
「お互い満身創痍、という事だな…」
「そうですわねぇ…」
ロベリアも分身を作ろうとはしない。おそらくこちらも限界なのだろう。
「でも…兄を討ちとるくらい、右手1本で十分ですわ」
カトレアも、アーチュもすでに限界だった。ロベリア自身はまだ余裕の様子で剣を振る。
「はあぁぁ!」
剣を振る。愚直に。
ただ、悔しいことに、ロベリアとは互角だった。片腕の妹と互角だった。体調は唯一、万全のはずなのに…!
「くっ…!」
「さぁ、もっと!血を見せてくださいまし!」
徐々にロベリアの攻撃は激しくなる。
思えば、昔は妹は弱かった。それがどうだ。こんな弱っちい方が兄なのだ。笑わせる。
剣を振る。何のために…そもそも、藍の国に着いた時点で俺は死ぬ予定だった。ならば何故、何故生きている…
「俺は…」
焦るな。振れ。今は…
「俺は…」
迷うな。守れ。何を…
「守るために…」
研ぎ澄ませ。一閃に全てを込めろ。
「仲間を守るために!生きる!」
初恋の人を。拾ってくれた人を。守ってくれた人を。守らなければならない。
「もし!俺が勇者だから守ってはいけない人がいるのなら!」
俺は、叫ぶ。昔の人生を、誇りを、全て踏みにじるつもりで
「勇者なんて、クソ喰らえだ!」
一閃、きっと、これは誰も止めることが出来ないだろう。俺の決意全てを込めた、そんな一撃だった。
「…あっ…」
ロベリアは膝を着く。
「だからな、ロベリア…俺は守るよ」
そして、ロベリアを抱く。愛しき妹を。
「世界も、仲間も、魔王も、そして」
強く、強く抱きしめる。過去には出来なかった事をするために。
「お前も、全部」
俺は守る。全部を。欲張りだろうか。構わない。笑うがいい。
そして、傷一つない、妹の体を強く抱きしめた。
俺の一閃、生涯これほど素晴らしい一閃は放てないだろうと自負する一閃は、剣を叩きつけるだけで終わったのだった。