アントスの過去話
生まれたのは小さな国だった。ただ、その国はとても賑わっていた。
「勇者の住む国」
そう門には掲げられていた。誇らしげに。まるで取り柄がそれしか無いように。
家は花屋を営んでいた。妹と花を見てどれが好き、どれは嫌いと言い合うこともあった。
勇者の血を引いているかは血を見れば分かった。とは言え、見た目は変わらない。医者に診てもらい、分かるのだ。
俺は勇者の血を引いていた。勇者である父も、勇者ではない母も、街の誰もが喜んだ。通りを歩けばチヤホヤされ、商店街を歩くと、出店から色々と貰えた。小さい頃は勇者は得だと、感じていたし教えられた。
妹は母の血を継いだのか、勇者の血では無かった。俺とは違い、穏やかな、平凡な暮らしを送っていたのだ。
ある日、国から呼び出された。大国から直々に声が掛かったらしい。しばらく戻れないが、いつか役目を終えた時帰ることが出来るとの事だった。
子供の俺に拒否権は無かった。町中、誰もが送り出した。俺が送り出されれば景気が良くなる、という汚い話もあったから、誰もが俺を追い出した。唯一、妹を除いて。
「お兄ちゃん…ホントに行っちゃうの…?」
「あぁ、絶対戻るからな。強い子になるんだぞ」
妹はじっと、俺を見つめた。
「おい、そろそろ行くぞ!」
馬車での移動。大きな怒声が飛んでくる。時間は待ってくれないそうだ。
「それじゃあな」
「お兄ちゃん!」
妹は大きな声を出し、俺を呼ぶ。
「教えてよ…私の名前の由来の花言葉」
「…そうだな。また、次会った時教えてやる」
次会う時はお互いおじいちゃんおばあちゃんだろう。それくらいは予想出来た。
「嫌だ!教えてよ!」
「…」
妹はポカポカと俺の胸を叩く。
「…ごめんな、もう行くから」
そう言って、そっと手を止めさせる。
痛かった。妹の拳は痛くなかったが、心が痛かった。
言えるはずない。
馬車が出る。後ろから見える妹の姿はとても、小さく見えた。
「ロベリア…」
妹の名を、花の名を口にする。
「花言葉は、悪意…」
言えるはずもない。妹は、ロベリアは傷つけたく無かった。
大国に着く。王宮に通される。俺は真面目に剣を振って、特訓するだけでお金が入ってくるという特別待遇だった。
「なんたって、勇者様ですから」
王様の口癖だった。
周りからは尊敬の眼差し。田舎生まれ、田舎育ちであっても、勇者の血を引いているだけで違うのだ。
訓練が始まった。俺は出身国1の剣士だった。誰よりも優れた剣の腕前を持っていた。
「はっ!やっ!とぉ!」
藁を斬り、丸太を斬った。出身国では大人しかなし得ない技だった。
ふふん、と胸を張る。嘲笑うかのように、後ろを見てやる。
その場にいる誰もが、藁を容易く斬り、丸太を斬り刻んだ。きっと何かの間違いだと思った。
いや、間違いであって欲しいと願った。切実に。
互いの実力を順位付けする事もあった。剣道のように、急所に当てれば勝ちの簡単なものだ。
俺は、一勝も出来なかった。簡単な話、最弱だったのだ。あの国は小さすぎた。見てる範囲が狭すぎた。
やがて、王様は腹を立て始めた。訓練の時間は増え続けた。
「俺は勇者だから…!俺は勇者だから…!」
それだけを希望に剣を振るい続けた。上位の人からはバカにされた。周りの視線は優しいものから厳しいものに変わった。
やがて
プツン…
何かが切れるような音がした。いや、していないかもしれない。心の中の、何かが切れた。
期待されるのが辛い事を知った。誰もが勝手に期待し、勝手に落胆する。誰も彼も、勝手だった。
勇者なんて、懲り懲りだ。
そして、国を飛び出した。簡単なことではすぐに足が着く。
華の国、碧の国、そして藍の国。ここらの国は情報管理が適当だった。なので利用させて貰った。
華の国では入国手続きした後、出国手続きをせず出国した。
碧の国では手続きをせず、物資を補給した。
そして、藍の国。ここの花畑はお気に入りの場所だった。そして、花の先、崖がある事も知っていた。そこから飛び降り、行く宛ても無い俺はそこで命を絶つつもりでいた。しかし、そこで見てしまった。
「あ…」
揺れる、カトレアの花の中央に立つ、魔王の姿。とても物悲しく、しかし凛とした姿だった。こちらに気づくと、ふっと消え去ってしまった。俺が倒すべき対象、しかし、1目見て恋に落ちたのだった。
翌日、花畑の崖は崩れ去った。全て偶然だった。土砂降りの雨が降り、土砂崩れを起こした。住民は伐採を繰り返し、崖に穴を開けようとまでしていた為、当然だと思う。不幸な事に、崖下に人口の大半が集中していた為、住むことが出来る国では無くなった。
ギューフと出会ったのはそのすぐ後だった。
面白いから。彼は一言そう言って快く仲間に加えて貰った。とは言っても、基本自由に単独で行動した。そして、アマテラスの国で魔王と再開したり、他の国では子供を助けようとして捕まったり、波乱万丈の人生を今の今まで送ってきたのだった。