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少女達の奏でる夢想曲  作者: まぐろどん
16章 見えない天使の話 ベゴニア編第2部
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片思い

私にはかつて夢があった。その夢はオーケストラの指揮者になる事。指揮棒を何度も振った。その振る行為は何よりも好きだった。自分が注目されている、みんなに見てもらえている、そんな気がしたから。私は振り続けた。振って、振って、振って振って振って…。いつしか私は、熱意が空回るようになっていった。楽しく振っていた指揮棒はいつしか操り人形を操る棒、程度にしか考えなくなっていた。言う事を聞いてくれなかったらすぐに怒鳴った。いつしか私は1人になった。名前の花言葉の通り、私はみんなに、片思いしてたのだと、失ってから気付いた。

「こちらです」


その部屋の扉には何も書かれていません。扉を開けます。扉は簡単に開きます。しかし、その部屋は空き部屋でした。もちろん、ダミーです。


「こっちです」


ベッドの下に隠し通路があります。地下へ、赤い絨毯が続いています。


「ここです」


「この人は…ベゴニア?」


同じ顔ですから、そう間違われても無理ありません。


「そうとも言えますが、今のこの方はケトラ。大天使の1人であり、防衛担当で、現在昏睡中の…私の妹です」


「…は?どう言う事じゃ?」


私は口を開きます。今から語りますは遠い遠い、過去の話…。



私は天界で生まれました。

双子で、妹がいました。

私は通常の天使を遥かに凌ぐ膨大な魔力を持っていました。しかし、妹は通常の天使の魔力を遥かに下回るほどの魔力しか保持していませんでした。

私の周りには常に人だかりができ、いずれ大天使となる。そう言われ続けました。

喜んだ親は私に名前を付けました。ケトラ、そう、未来の大天使ケトラ、と。妹には名前は付けてもらえませんでした。

私は下界が大好きでした。綺麗な花が咲き誇る、そんな下界が。

ある日、こっそりと下界に降りた際、花畑で1人の男と出会いました。その男は花を見て、愛でるように眺めていました。

私はその男には目もくれず、飛び去る事にしました。花畑なら他にいくらでもあります。1人でゆっくりと見たいのです。

ふと気になり、一度男の方を振り返りました。すると彼は1人の女性と並んで花を見ていました。

普通ならば、仲のいい夫婦程度に見えたでしょう。しかし、その光景は極めて異質でした。

人間の彼の隣にいたのは、あろうことか魔王。私は気になって気になって仕方が無くなりました。


『お主は何故花が好きなのじゃ?』


『あぁ、俺には妹がいてな、それはそれは性格のねじ曲がった妹だったよ。うちの親は花屋を営んでいてな、性格のねじ曲がった妹は花の前でだけ、普通の女の子のように笑うんだ。俺には、花にはもっともっと隠された力があると思う。俺はそんな力を秘めているからこそ、花が好きなんだ』


『そんなもんかのぅ』


『そんなもんだ。そんなお前にはかけがえのない物とかは無いのか?』


何気のない会話。脈絡も、山も谷もオチもない。そんな会話を魔王と男はしていた。


『妾のかけがえの無いもの…。そうじゃのう…』


魔王の事だ。天界で習った。魔王は力に溺れ、力を欲し、力こそパワーと言う脳筋だと。


『妾のかけがえの無いものはの、この世界じゃ』


『!?』


ありえない…私と同じ事を魔王が考えているなんて…。


『妾はこの世界が好きじゃ。この星が好きじゃ。花が咲き、川が流れ、風が吹き、狐が走り、兎が飛び、猫が寝て、犬が走り、それを穏やかに見つめる人間がおる。そんな何気ない、何も起こっていない、そんな世界が好きなのじゃ』


分からない…天界で習った事は間違いだったの?嘘だったの?…分からない…


『妾はの、もっとこの世界を知りたい。分からないのじゃ。魔界では世界は忌むべき場所。破壊すべき場所と教えられた。しかし、この世界を直に見て妾は、忌むべき場所などではなく、守るべき場所だと、そう感じた。妾はの、知りたいのじゃ。この世界が何なのか、ホントに忌むべき場所なのかを』


知りたい…私も…魔王と同じだ…。


『じゃからの?妾は今も何処かで起きている戦争を止める。もし、盗み聞きしておる奴でもいたら道連れにでもしようかの』


気づかれていたようだ…。私は逃げた。私も知りたい。この世界を。魔王の話を盗み聞きして、私もそう思った。

天界に戻ると、妹は指揮棒を振っていた。私と妹は双子だが、私は高校生、妹はまだ中学一年生。私は魔力適正で飛び級を果たし、天界からよく地上にも忍び込んだため、心身共に妹よりも圧倒的に歳上となっていた。

妹は中学では普通の成績なため、特にこれといったものはない。むしろ、魔力が少ない分かなり苦労しているのだとか。

妹は吹奏楽部に入部し、指揮者を務めている。聞いた話だが、顧問はいるにはいるが、始まりと終わりに少し顔出すだけ、他のみんなは演奏時間よりお喋りの方が長いらしい。

しかし、妹は真面目に取り組んでいる。ふと気になり聞いてみた。


『なんでそんなに練習するの?』


妹は答える。


『私にはこれしかないから』


私はもっと分からなくなる。


『あなたには他にも色々あるじゃない』


妹はさらに答える。


『いいえ、私にはこれしかない。名前も無い、才能もない、魔力も無い。でもね、私、この前の発表で指揮者やってね、お辞儀したら拍手が貰えたの。私はこの瞬間の為に生きているんだって、感じたの』


私にはやっぱり分からない。


『…でも、他のみんなは練習、真面目にやってくれないんでしょ?意味ないじゃん。そんなの』


妹はビクッとする。


『だいたい、音楽なんて将来役に立たないよ。そんな事やってる時間があるなら、勉強したら?』


妹は肩を震わせている。私は酷いことを言っている。止まれ…止まれ!しかし、私は、自制が効かなかった。


『だいたい、あなたには魔力がないんだから…』


『黙れ!!』


それは、妹が初めて声を荒げた瞬間だった。今まで、怒った事すらない、妹が初めて怒鳴った瞬間だった。


『お姉ちゃんには分からないよ!お姉ちゃんには、名前も!魔力も!なんでも持っている!私には無いもの全部!私に力があれば、こんなに頑張る必要もないでしょうね!でも、無いから!お姉ちゃんが全部持って行っちゃったから!私は一生懸命な姿を見せて、少しでも頑張ろうって!そう思わせるしか無いの!私はお姉ちゃんとは違うの!私は…』


妹は少し発言を躊躇う。


『私は…出来損ないだから…この家の、足手纏いだから…』


『…ぁ…』


何か言おう…何か…何か…


『…出てって…』


『…ぇ?』


『出てってよ!』


私は妹の部屋から追い出される。

バタン!

部屋の扉が強く閉ざされる。その時一瞬見えた妹の顔は、怒りや憎しみ、寂しさや悔しさが入り混じった、ごちゃごちゃした顔をしていた。

その日以降、その扉は開かなくなった。天使は切ったり、毒を盛ったり、殺意を込めなければ殺せない。逆を言えば、飢えて死ぬ事が出来ない。

妹の部屋からは常に音楽が流れてくる。

エレジー、アリア、カプリチオ、ノクターン、レクイエム…。

私はとんでもない事を言ってしまった事に、今になって気づいたのだ。

別の日、こんな話があった。


『そういえば、あなたの妹ちゃん、大丈夫?不登校なんだって?』


『えぇ、手は尽くしているので、いずれなんとかなりますよ』


私が原因なのに、白々しい。


『そっかぁ。いやね?私の妹も吹奏楽部だったんだけど…ちょっとその日ね、事件があったみたいで』


『事件?』


『妹ちゃん、指揮の練習を一生懸命やっていて、うちの妹はそれに感化されたらしく、一緒に練習しよ?って話しかけたらしいのよ。そこまでは良かったのだけどね、周りが良しとしなかったのよ。一生懸命になってやってるなんて、だっさーい。将来なんの役にも立たないのに、ねー。って口々に言ったらしくってね。それで怒っちゃったのよ、あなたの妹ちゃん。…あ、間違った事は何もしてないのよ?ホントに。でもね、怒った途端、うちの妹以外、口を揃えて辞めるって言い出したのよ。辛かったでしょうに…。あ、これ、妹ちゃんに。』


渡されたのは封筒。


『うちの妹からお手紙。良ければ渡してあげて?』


『うん、ありがとう!』


『それじゃあ、この後、頑張ってね!』


『…この後?』


『え…忘れたの?大天使就任の儀…』


『あ…てへっ』


『てへじゃないでしょうに…』


私は晴れて大天使となるのだ。


私は壇上へ上がる


『天使ケトラ。そなたを大天使と認め、防衛担当の役割を任命する。』


深くお辞儀をする。辺り一面から拍手喝采。しかし、妹の姿は無かった。

カンカンカンカンカン!

警鐘がなる


『魔王軍が攻めてきたぞー!』


魔王軍?そんなバカな…。だって、魔王はあんなに平和を愛していた…。なのになんで…?

理由はすぐに理解した。飛んでいたのは天使が使う使い魔の一種を改変したもの。魔王が作る魔物とは根本的に作りが違う。普通は習う事はないが、魔王を見てきた私にはわかる。…しかし、言っても信じてもらえないだろう。使い魔は一斉に私へと向かってくる。私の敵ではない。


『やぁ!』


魔法弾が勢いよく放たれる。次から次に使い魔を打ち落とす。

それにしても数が多い…100は優に超えるだろう。


『しまっ…!』


背後から攻撃をうける。攻撃自体大した事はない。しかし、手紙を落とす。

どうでもいい…手紙なんて…そう思っていた…はずなのに…!

私は手紙の場所へと直滑降で降りる。手紙をキャッチする。


『ふぅ…かはっ…』


手紙をキャッチしたその瞬間、総攻撃を受ける。咄嗟に反撃を開始する。しかし、一瞬下を見て驚く。


『…』


妹が使い魔に掴まれている。おそらく壁を破ったのだろう。その手の位置は、動けばどうなるか…分かっているな?とでも言いたがな位置だった。

私は反撃を辞めるしか無かった。

地面に叩きつけられる。

ドカッ…

妹が目の前で投げ捨てられる。私は怒りでどうにかなりそうだった。…否、どうにかなった。


『ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!』


私の体内の魔力バランスが崩壊していくのが分かった。体が発光する…。



………?


何も起きていない?体は普通に動く。使い魔は近くにいない。


『やった!やったよ!』


みんな、ボーッと、呆気に取られたようにしている


『助かったんだよ!?皆!?』


こちらが見えていないようだ…。


『…あれ?私、なんでこんな所に…?』


やがて1人が口を開く。


『大天使就任の儀…あぁ!そうだ!』


大丈夫。ちょっとボーッとしていただけのよう。


『大天使就任よ!ケトラちゃん!』


そうして彼女は手を握る。嬉しそうに。まだ気絶している妹の手を。


『おめでとう!おめでとう!』


拍手で包まれる。

私はついに、その場にいる事が出来なかった。

やがて理解した。私は天使にのみ、姿が見えず、記憶にすら残っていない。私は逃げ出した。

下界に降りて1番最初に会ったのがあの男。


『おや…キミの目は、片思いし続けている女の子の目だ…キミにはこの花が似合いそうだな。ベゴニアっていう花なんだ』


その男は変な事を言う。片思い?誰に?私が?

私は、泣き出した。たぶんこれは、見つけてもらった安心感なのだろう。きっと…そうに違いない。

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