一難去ってまた一難
目を開ける。見慣れない天井。寝苦しそうな天井の装飾。豪華なシャンデリア。ベッドはキングサイズより大きく、家具は白を基調とした高そうなものばかり。
「お目覚めですか?」
入ってきたのはアルテミスさん。
「はい、カトレア達は?」
広い部屋なのにベゴニアもカトレアも見当たらない。
「ご自分の心配よりお仲間の心配ですか…」
「すいません、自分の心配は心配を無くしてからしたいので」
「大丈夫です。別室に移ってもらっているだけでございます」
とりあえずの無事が確認できて安心した。さて…
「あのぉ…それで俺はどうなったのですか?」
「記憶の終着点に到達…まぁ、覚えている直前の記憶まで到達した所で、意識を失いました。過去の情報を知っただけならば脳への負担はそこまででもないんです。ただ、あなたは真の能力を同時に習得したため、処理しきれずに失神したのでしょう」
MFはやはり発現自体危険なものなのだろうか…今まで発現させようとした行為は身を危険に晒すような行為だったのだろうか…。
「MFの真の能力を覚えるというのは脳への負担がそこまで凄いのですか?」
「いえ、普通の方ならそこまででも無いのですが…あなたの能力は他人の能力を自分が使うというもの。天界からあなたを少し見ていましたが、黒猫、と呼ばれている者が使っている能力に近いものです」
なるほど、確かに黒猫は言っていた。能力は普通一つだけだと。脳への負担がすごい事になると。
「おそらく、苦渋の決断だったのでしょう。もし、脳が完全に回復していなければ良くても植物状態でしたから。その点、あなたは相当な運…いえ、精神力をお持ちなのですね」
「…どうですかね」
会話が途切れ、しばしの沈黙が続く。
「では、俺は行かないと…」
「なりません」
アルテミスさんは俺を静止する。
「あなたは病み上がりの身。しばらく安静にしてもらいます」
「でも!一刻も惜しいんです!こうしている間にもユルが!」
「…ここは天界。時の進みが最も遅い場所。大丈夫です。ここでの一年は地上での5分ほどですから」
にわかには信じられない。理屈が通っていない。
「…それは証明出来るのですか?」
「でしたら、ご自身の時計でもお確かめください」
腕時計を見る。日付も時刻も全然過ぎていない。電波時計で良かった…。
「…分かりました。でも、仲間には合わせてください」
「でしたら、ここの隣の部屋ですので、ご自由にお使いください。ここはあなたのお部屋となります。少なくとも3日は安静にしていてください」
「…分かりました。ありがとうございます」
「いえ、それでは」
アルテミスさんは部屋を出ていく。
この雰囲気、何か懐かしい。ユル…トレーズさんのいた屋敷を思い出す。間近にいたのに気付かなかった自分に怒りがこみ上げてくる。
「くそっ!!」
ベッドに拳を叩きつける。拳は沈んだ後に反発して跳ねる。黒猫は、どう思っていたのだろうか。記憶が無かった頃も解放軍の頃もあいつには助けられてばかりだ。口では軽く言っているが、忘れられたのはそうとう、悔しかったのだろう。
「…」
カードホルダーからカードを取り出す。今は誰も入っていない。
「サクリファイス」
カードを1枚、生成しておく。ベゴニア用だ。
この能力はカードに入っている人の身体能力や魔力、能力などを借りる事が出来る能力。たぶん剣術も魔術もからっきしだったのはこの能力に頼り過ぎていたのだろう。
とりあえず動こう。ベゴニアやカトレアに会いに行こう。体を起こす。
「うっ…」
頭痛、目眩。なかなかに辛い。若干の吐き気もある。サクリファイスは明日の方が良かっただろうか。
後悔していても仕方あるまい。起きられない事が分かった。しばらく寝ていようか。そうしよう…。
※
眼が覚める。
「おはようございます。お食事の用意が出来ております。こちらへ」
車椅子に乗せられる。歩く事すらままならないと思っていたのでありがたい。
部屋を出て、食堂へ。
「お、起きたかお主」
「おはようございます、ギューフさん!…いえ、こんばんはですかね」
車椅子に乗ったまま会釈をする。正直喋るのも辛い。
「うむ、喋ると吐き気なども悪化するかもしれんでの。構わん構わん」
「では、料理をお持ちします」
車椅子を引いてくれた人は厨房へと消えていく。
「…それで?記憶は戻ったのか?」
「…あぁ、おかげさまでね」
辛うじて声を絞り出す。
「こちらがギューフ様のお食事でございます」
言ってしまえば豪華な病院食。胃も辛い今はありがたい。
「こちらがカトレア様のお食事でございます」
肉が乗っている。ドン!という効果音すらしそうな超豪華な肉が。
「こちらがアルテミス様のお食事でございます」
一流フレンチレストランに出てきそうな、大きなお皿に小さな食材。絶対高級なものだ。
「では、お召し上がりくださいませ」
「む?以上か?」
ベゴニアの料理はまだ運ばれてきていない。
「えぇ、そうでございますが…何か問題でも?」
カトレアの顔が徐々に憤怒を込めたものへと変化していく。
「お主ら、無償で宿泊させて貰っている身だが、これは少々やりすぎじゃぞ…」
怒っている。空間が少し揺れ、割れるランプすらある。
「あ、あの?カトレア様?すいません、何がお気に召さなかったのか理解できず…説明していただけますでしょうか…」
アルテミスさんが状況をよく飲み込めていないらしく、説明を求めている。分かっているだろう?ベゴニアの料理が運ばれていない事くらい、気付くだろう?
「まだ料理が足りんじゃろう!」
「す、すいません!追加で希望される御料理は出来る限りお持ちいたしますので、なんなりとお申し付けください!」
「そんな事ではないわ!」
カトレアが声を荒げる。完全に怒りが頂点に達している。
「ここに!まだ料理を運ばれてきておらん仲間がおるじゃろう!?お主らはこの者をそこまで差別するのか!」
カトレアは言い切ったとでも言うように息を切らしている。しばらくの沈黙が続く。
「カトレア様…大変申し上げにくいのですが…」
「なんじゃ!」
「私達には、誰も見えませんが…」
「…え?」
アルテミスさんは訳の分からない事を言う。
「お主ら、見えぬフリか!?そうまでしてこの者を「もう…いいから」
ベゴニアが小さく声を出す。
「全部…話すから」
「ベゴニア…」
「すいません、少し場所を移します」
「すまんかったな…どうやら妾も心労が溜まっているようじゃ。外の空気を吸ってくる」
「…すいません、俺もついていきます」
こうして俺とベゴニア、カトレアの3人は部屋を出る。ベゴニアはとある一室は案内するのだった。