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追跡

 あらたは必死に考えていた。

 この状態は絶対に普通じゃない。何かが一槻いつきに起きている。



 四日前のあの日、一槻は小さなスーツケース一つをお供に仕事へ向かおうとしていた。


「じゃー行ってくるよー。今日は打ち合わせだけなんだけどさ、ちょっと離れた所だから泊まりになるかもー。明後日には帰れると思うけど、その間、ここ使いたかったら入って良いから」


 そう言って一槻はギャラリー兼住居の合鍵を新に渡した。

 びっくりして固まる新の手を取って警備センサーの所まで引っ張って行き、解除とロックを教える一槻もどこか照れているようだった。


「いいのか?」


 ぶっきら棒にそれしか言えなかった新に、一槻はちょっと顔を赤くして目を逸らした。


「たまにはさー、新にも待っててほしいかなーって、はは」


 誰もいない家って、寂しいじゃんね? そうぽつりと付け足す一槻の頭に新はそっと優しく手を置いた。


「留守番なら任せとけ。俺の本業だ」


 へへっと笑う一槻。

 そんな風に珍しく甘えてくれた一槻が嬉しくて、彼の持っていたスーツケースを強引に新が持つと、最寄りの駅まで二人で歩いた。


 しかし手を振る一槻を見送ってから帰宅予定の三日が過ぎても新に何の連絡も無い。

 端末も電源が切れていて繋がらない。

 仕事先もどこか分からない。

 あの絵を描いている時以外は基本寂しがりの一槻が連絡を全く寄越さないなど有り得ない。いつもの彼ならきっと1日目から連絡を寄越していた。そんな一槻が何か予定を変更した時、新へ連絡をしなかったことなど今まで一度もない。


 帰宅予定から一日待っておかしい、と新は確信した。

 一槻は呑気な喋り方をするし素がのんびり屋なのは間違いない。だけど一人小さな個人ギャラリーを経営しオーナーとして切り盛り出来る程度にはちゃんと責任感があってしっかり者だ。頑張り過ぎる一槻にたまには新を頼って欲しくても彼は弱みを見せたがらない。

 特に心配させるのを嫌うあの性格を思うと、一槻がここまで音信不通になるはずはない。


 約束の日を過ぎてから、新は食事を調達しに外に出る以外張り付くようにして一槻の大切な家にいた。

 端末が使えないなら家の方に連絡があるかもと、新は電話のある居間に張り付いている。


 連絡が無い事に心配で仕方なくても、新は一槻の家族でも親戚でもない。

 ただの友達というよりは仲良くなったかもしれないが、それだけだ。

 絵のモデルと画家、ギャラリーの客とオーナー。

 二人の関係を表す言葉はまだあるかもしれないが、新にとって一番大切なのは「初めて出来た友達」だということ。

 だからこそ彼はデリケートな部分を抱えているようにみえる一槻のプライベートに出来るだけ踏み込まないようにしてきた。


 それがここにきて仇になった。


 一槻のプライベートに踏み込めない立場の新に出来ることはほとんどなかった。

 異常事態なのははっきり分かっている。だけど、ただの友達が警察に捜索願を出して助けてもらえるんだろうか。

 入り浸りに近い状態ではあったけど新は一槻の同居人でもない。今回の事で初めてこの家に泊まったくらいだ。

 新には一槻の身内として動ける要素が何もなかった。


 警察の線が新の立場でダメならば、出来ることは限られる。


 新は必死で記憶を探った。

 仕事で依頼人の所へ向かったのは知っているが、それが誰なのか新は知らない。一槻は個人で自身をマネージメントをしていたから、そういう点で誰に聞くべきかも分からない。


 ──とにかく情報だ。あいつは行く前何て言っていた? 端末のメールを見て何か言ってなかったか? 電話。そうだ、あいつの所に一度来たよな、あいつの言う「じーちゃんの内弟子」、名前は、うめ…梅田。


 新は立ち上がると事務室代わりの居間に作りつけられた棚へと向かう。


 一槻は家に届いた年賀状を纏めて、この上から二段目の棚にしまっていた。

 新にも出したいと言われたが「正月にも一緒にいるのに必要ないだろ」と話した記憶が蘇る。

 あの時「内弟子さんからの年賀状は凄いんだ、やっぱりセンスがさー」と憧れるように言っていたのを思い出す。


 ──ある、はずだ。梅田。


 戸棚には一槻が束ねた年賀状が年度別に積んであった。その新しいものをひっ掴み、宛名を見ていく。

 目的の葉書は上から三枚目であっさり見つかった。

 年賀状の宛名には、住所氏名は勿論のこと電話番号も載っていた。そこまで確認して新はぎくりと思考を止める。


 新はこの「梅田」と言う人物を知らない。あちらも自分に面識はない。その上、一槻の祖父は有名な彫刻家で、内弟子だった人達は皆その世界の重鎮になっていると一槻は言っていた。

 そんな立場の人間が、見ず知らずの自分と話してくれるだろうか? 

 自分だったら話も聞かないだろうとまで想像して、新は愕然とした。

 だが絶望したのは一瞬だった。


 ──手掛かりがあるのかないのか。試さなきゃ答えなんか出ねえ。


 新はゆらりとこの家の電話のある方へ向かった。

 面識のない自分の端末の番号より、この家の電話番号の方が内弟子の所まで繋がる可能性はある。この番号が

一槻の仕事場であるここの電話番号なのだから。

 気が急くのを必死に堪え丁寧に番号を打ち込むと、新はワンテンポ遅れた呼び出しの音に耳を傾けながら祈った。何度も、何度も。


 ──一槻、待ってろ。何がなんでも追ってやる。俺の全力でお前を見つける。助ける………だから、だから待ってろ。


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